46:愛妻家の一派

 子供が生まれてからと言うもの、フリードリヒはすっかり夜会に行かなくなった。

 わたしやアデライードを置いて出掛けたくないと言う気持ちは嬉しいのだが、しかしフリードリヒは夜会に遊びに行くわけではなく、情報を仕入れたり、商売相手との繋ぎと言った、仕事に関わる目的で行っていたはず。

 ならばあまり休むのは良くないのではないかと思い、ある日の就寝の時にわたしに気にせず出掛けるように勧めてみた。

 最初は渋っていたのだが、ザロモンの事もあるから貴族との顔繋ぎは最重要事項ですと言うと納得し、出席してみようと返してくれた。







 リューディアと結婚してからはずっと一緒だったから、一人きりで夜会に来るのは一年半ぶりだろうか?

 前は何とも思っていなかったのに、一度それを経験してしまうと、隣にリューディアが居ないことにとても違和感を覚えた。

「おや君はフリードリヒではないか?」

「これはお久しぶりです、シオドマク子爵」

 シオドマクは三十代後半の細身の紳士で、彼を一言で表すのならば〝別大陸かぶれ〟だろう。

 そう言えば彼と彼の一派とのやり取りがリューディアとの結婚の発端だったな……


「今日はご夫人の姿が無いようだがどうかしたのかね」

「実は先日子供が生まれまして、妻には泣く泣く留守を頼みました」

「よもやご夫人が居ない間に、逢瀬を楽しもうなどとは思っておるまいな?」

「はははっご冗談を、妻よりも惹かれる女性などこの世のどこにもおりませんよ」

「ほぉ若造がずいぶん生意気を言うようになったな。

 だがな妻比べでは儂も負けんぞ?」


「突然失礼する」

 横合いから割って入って来たのはシオドマク子爵と同年代らしき紳士だ。名は知らないが顔は覚えがある、シオドマク子爵と同じく彼も〝別大陸かぶれ〟の一派だ。

「なんだディモ子爵ではないか、会話に割って入るとは無礼だぞ」

「非礼は詫びよう、だがなシオドマクよ。一番は私の妻だ、こればかりは譲れん」

「何を言うか、儂の妻に勝てる者がどこにいようか!」

「おいおい二人とも、この話に決着は無いと何度言えば判るんだ」

 さらに一人、別の紳士が入って来た。四十代前半か、この中では一番の年輩だ。顔に見覚えはないが、会話の内容からするに彼もその一派に違いない。


「確かに閣下の仰る通りです。

 私にとってリューディアは代えがたい存在ですが、他の人にそれを共感して頂くのは難しいでしょう」

「まったくその通りだよ。

 おっと失礼、わたしはベルトラム。一応伯爵位を頂いている」

「これは失礼しました。

 ケーニヒベルク男爵です。しがない商人をしております、どうぞお見知りおきを」

「ベルトラム伯爵、彼は貴金属などを扱っておりますぞ」

「それはいい。今度妻に似合う宝石を探して貰おうじゃないか」

「ありがとうございます!」

 まさかこのような伝手が手に入るとは、リューディアの勧めに従って良かった。


「そう言えば商人の君に是非聞きたいことがある」とディモ。

「なんでしょうか」

「これは先月の話だが、穀物の値が大きく崩れたことがあっただろう。

 いったい市場では何が起きているのだろうか?」

 憶測の混じる話をしても良いのだろうかと、フリードリヒは一瞬頭を悩ませた。しかし脳裏にリューディアの顔が浮かび腹を括った。

 リューディアが行けと言ったから今日俺はここに来た。いままでリューディアがやってくれた事に間違いはない。ならばここはすべて話すべきだ。


 フリードリヒは「憶測が混じりますが」と前置いて、ザロモンがやったことを洗いざらい話した。

 特にリューディアにちょっかいを掛けてきたザロモンを殴りつけた辺りは拍手喝さいを貰った。


「……なるほどな。そう言うことであったか」

「うむぅ安いからと飛びつく前で良かった。感謝するぞフリードリヒ」

「はぁ……

 ですが彼が扱う穀物は間違いなく正規の品です。ならば安い方が良いのではないでしょうか?」

「いやその様ないわく付きの品を買って間違って利益を上げれば、要らぬ飛び火があるやもしれぬ。避けられるのなら避ける方が良かろう」

「そう言うものですか」

「まあ根っからの商人の君には判らん考え方だろうな。

 ところでフリードリヒよ、先ほどの話だが今月の君の仕入れはどうなっておるのだ」

「実はまだ悩んでおります」

「ふむ……

 ところでフリードリヒよ。そなたが扱っている穀物の量は如何ほどだろうか?」

 フリードリヒは質問の意図が判らず、首を傾げながら大よそのトン数を答えた。


「儂は三割が限界だな」

「すまんが私は一割と少しだな。だが代わりに伝手を当たってみる。きっとあと二割ほどなら何とか出来るだろう」

「ならばわたしはその残りをすべて買い取ろう」

 シオドマク子爵、ディモ子爵、そしてベルトラム伯爵の順で口を開いていく。

「いったい何を……?」

「ザロモンとやらが尻尾を出すまで、我らが君の穀物を買い取ろうと言うのだ」

「よろしいのですか?」

「よいよい。儂らの商売の邪魔をするほどザロモンは馬鹿ではあるまい」

「それにな我らは君のためではなく、君の愛する奥さんと子供の為に買うのだ。そこは勘違いせぬようにな」

「ありがとうございます!」

 ここでもまた上手く収まってしまった。

 いよいよ俺はリューディアに頭が上がらなくなってきたな……

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