43:出産

 あの日以来、フリードリヒは来月分の穀物を仕入れるかずっと悩んでいた。

 その答えが出ようが出まいが関係なく、生まれてくる子供は待ってくれない。朝食を食べ終えた後、お腹に痛みが走り、朝食の何かが悪かったのかと頭を捻った。

 しかしアウグスタが、

「陣痛が始まったのですわ!」と言って部屋に連れて行ってくれた。

 そこからは産婆が呼ばれ、伯母様がやってきてと、てんやわんやの大騒ぎ。

 その日の殆どを出産に費やし疲労困憊の中、産婆から「安産でしたよ」と笑顔で言われて『これで安産!?』と愕然としたわ。


「リューディア? もう入っていいと言われたが、良いだろうか?」

「あっフリードリヒ様どうぞお入りください。

 無事生まれました、女の子だそうです」

 今朝はいつも通り仕事に向かったから、伝令を受けて急いで帰ってきてくれたのだろうか? だったら随分と待たせたかしらね。

「ほおそれは楽しみだ。

 きっと将来はリューディアに似て可愛い子に育つだろう」

 自分の凡庸さに自覚があるから、その物言いには苦笑を漏らすしかない。


「それよりも先ず、この子に名前を付けてください」

「ああそうだな。あとで二人で相談して決めよう」

「あら子供の名前は男性が決めるものだと思っていましたわ」

「それは貴族の風習だろう。平民は夫婦で決めるんだよ」

 一応うちは男爵家で貴族なのだけど、フリードリヒは最初に言った通り必要が無い限り爵位を名乗る事が無く、自分はリースと言う名の商人だと言う。

 ならばそれでいいのかなと思った。


 フリードリヒが去ると伯母様が部屋に戻って来た。きっと気を使って二人きりにしてくれたのでしょうね。

「ねえリューディア、無事に子供も生まれた事だし……」

「もう帰られるんですか?」

 わたしが先んじてそう言えば伯母は不満そうに口を尖らせた。

 あら何か違ったかしら?

「違います!

 無事に出産した事だし、夫とアルフォンスを呼んで良いかと聞きに来たのよ」

 あーそっちね。

「はい勿論です」

 許可を出すと伯母はいそいそと出て行った。


 人が去ると疲れが襲ってきて途端に瞼が重くなってきた。うとうとと微睡んでいると、耳元で「ほぎゃぁぁ~」とけたたましい泣き声が聞こえてきて飛び起きた。

 何のことはない生まれたばかりの我が娘が泣いていただけだ。

 抱き上げてよしよしと上体を揺らす。

 しかし一向に泣き止む気配はいない。どうしようと途方に暮れていると慌てる様子も無く産婆がやってきて、赤子をチラリ。

「どうやらお腹が空いているようですね。お乳を上げてください」

 ああそういう事ね。

 胸をはだけて口に近づけると結構な力で吸われて驚いた。小さくとも生きるのに必死なんだわ。

 おっぱいを飲んだ後は産婆の教えを受けつつ、首を支えながら立てて背中をトントンと優しく叩く。するとげぷっと景気の良い音が聞こえてこれでひと段落。

 世の貴族女性のように乳母に任せて自分で子育てしないのならば、このような事は覚える必要も無い。だけどフリードリヒは貴族の風習を嫌うから、わたしは伯母の反対を押し切って乳母は無しと決めた。

 しかし一時間に一度泣く我が子を見ると、乳母って偉大ねと思わずため息が漏れたのは仕方がないと思いたい。

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