42:ザロモンの逆襲

 そろそろ出産の予定日が近くなってきた頃、フリードリヒの商売が上手く行かない日が続いていた。あの忌々しいザロモンが、余分に仕入れた穀物の値段をフリードリヒの品よりも一割引きで売り出したのだ。

 長く付き合いのある店はフリードリヒから買ってくれたが、付き合いが浅い店になるとそうも行かず、彼らはより安いザロモンの品を買った。


 本来余分に穀物を仕入れたのはあちらだ。だが残る品が常にあちらになるとは決まっていない。

 現に値段の高いフリードリヒの品が余り始め、むしろフリードリヒの方が在庫を抱えて倉庫を圧迫するようになっていた。


「やむおえん、本来なら利益から一割引けば運賃分赤字になるが、売れずに回収できないよりは赤字でも売る方がマシだろう」

 フリードリヒはかなり早い段階で赤字を覚悟の決断を下した。しかしザロモンはそれを待っていたとばかりに、今度は二割引きで穀物を販売し始めた。


「くっ二割か……」

「お待ちくださいフリードリヒ様」

「なんだリューディア?」

「きっと二割に付き合えば、今度は三割になるはずです」

「どうしてそう言える?」

「なぜならザロモンは赤字でも構わないからです。きっと彼は別の方・・・でそれを上回る利益を上げているのです」

「チッ! ザロモンめそう言うつもりか!?」

 伯母様の耳があるので、奴隷やら阿片と言った噂に関する話は濁して伝えた。だがフリードリヒにはそれで十分。彼はわたしが言いたいことをちゃんと理解してくれたわ。

「種は判りましたが、残念ながらこちらに対抗する手段は有りませんわ」

 同じルールなら絶対にフリードリヒ様は負けない。

 しかし今回は違う。それこそうちを潰すためならば、最後はタダで配り始めるかもしれないわね。


「ねえフリードリヒ、少し聞いてよいかしら?」

「なんでしょう伯母上」

「あちらの商会は利益が無いと言うのにどうして商売が成り立つの?」

「それは……」

「つまり彼の商会は言葉を濁さなければならない様な事をしていると言うことかしら」

「伯母様、今から言う事はあくまで噂です。そして証拠はございません。

 その噂によれば、彼は国外で奴隷や阿片を取引していると言われています」

「まぁ! それが本当なら、これはフリードリヒの件だけでは終わらないわよ」

「わたしはむしろそうなって欲しいのですが証拠が有りません」

「ある意味このような手が使えることが証拠とも言えるが……

 残念ですが、いまの俺に対抗する手段は無いようです」

「穀物の量はいかほど?」

「はい?」

「残っている穀物の量よ」

 フリードリヒは帳簿を捲り大よその数を告げた。

「そのくらいなら何とかなるわね」

「本当ですか!?」

「仮にもうちは伯爵家よ。伝手を頼ればその位の量なら何とかなるわ。

 ただし今回だけ、次は無理だと知りなさい」

「いえ十分です。どうかよろしくお願いします」

「ありがとうございます伯母様!」

 今月の被害はなんとか運賃分の赤字で済んだ……

 だがこれで相手が諦めるとは到底思えない。


 伯母様のと話が終わった後、

「ふぅ、何とか売れる見込みは出来たのだし一芝居うってみるか」

 急にフリードリヒ様が悪い顔を見せて嗤った。

「あの~いったい何をなさるんですか?」

「さっきリューディアは言っただろう。値を下げれば奴は付き合うと」

「ええ言いましたけど」

「知り合いの店に協力して貰って、来週から俺が半額で卸すと言う噂を流して貰う。するとザロモンはどうするだろうな」

 ザロモンが売らなければそれで終わりだが、もし噂を信じて半額以下で売れば彼の資金は削れる。

 今後の事を思えば、こちらに害が無いのだしやってみる価値はあるわね。

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