39:過保護で子煩悩で……
最初こそ一緒にやっていたが、半月も経つとアウグスタも要領を得たのか、徐々に一人で書類を片付けるようになった。
そうなるとフリードリヒは、わたしが執務室へ入るのを嫌がるようになった。
まだ大丈夫ですよと言うのだが、妊娠四ヶ月目に入ると、見た目にもお腹が少しぽっこりしているから、駄目だの一点張り。
過保護っぷりがさらに増した。
仕事がそんな調子だから、夜会の出席なんて言語道断。
妻が居ないと格好がつかないって話はどこに行ったと思うが、彼は一人で夜会へ出掛けるようになった。
まあ裏では、顔の広いオストワルト子爵閣下が、わたしが妊娠中だと言う事を触れ回っているから問題ないのは知っているけどね。
このまま行くと最後はどうなってしまうのかしら?
さらに月が過ぎ、服を着てもお腹が目立つようになると、フリードリヒは夕刻に帰って来るや早々、わたしの所に大型犬のように駆けてくる。
そして彼は決まってお腹に耳を当てながら、お腹の子に向かって何やら話し掛けるようになった。それは仕事の話だったり、お昼に食べたご飯の話だったり、職場での笑い話もあった。
どうやらわたしの旦那様は思いのほか子煩悩なタイプの様ね。
だが、とても微笑ましいと思っていたのは最初の二週間っきり。いよいよ鬱憤が溜まってわたしはキレた。
「フリードリヒ様、今日はどうしても一つ言いたいことがございます!」
「な、なんだろう?」
「子供にお話をするのは構いません。
ですがどうしていつもわたしが後なんですか!? おまけに昨日と一昨日は挨拶を返しても下さりませんでしたわ」
まだ見ぬ我が子に嫉妬するのは情けないけれど、わたしは初めての出産なのだ。少しくらい労わってくれても良くない!?
「えーとそうだったか?」
「はい。子供に話し掛けた後は、執事に呼ばれて執務室に籠りっきりです」
「あーそうだったか。それは悪かった、明日からは交互に話すことにしよう」
交互って……子煩悩も過ぎるわね。
七ヶ月目はフリードリヒと結婚して一年でもある。わたしは一周年記念のサプライズにいつもより豪華な食事とデザートを用意して貰った。
フリードリヒはいつも通り夕刻前に帰ってくると、その足でわたしの部屋を訪ねてきた。そしてお腹の子に話をしてから執務室へ向かった。
さて晩餐。
「ん? 今日は何やら豪華だな」
「今日は結婚記念日ですから執事にお願いしていつもより豪華にして貰いましたわ」
「ああ今日だったか」
は? 何それ?
まさか覚えていないなんて思ってもいなかった。嬉しい気持ちはすっかり冷めて、わたしは黙々と食事を食べるとさっさと席を立ちそのまま自室へ。
後ろから慌ただしい足音が聞こえてくるが当然無視だ!
苛立ちを隠さずドアを乱暴に開けると、ベッドの上に見知らぬ小箱が置いてあった。
ベッドに近づくと再びドアが乱暴に開けられた。
「リューディア!」
「これは?」
ベッドに置かれた小箱を載せてそう聞けば、
「結婚記念日だろう、当然覚えていたよ。びっくりさせようとそれを仕込んで置いたんだが、どうやら冗談が過ぎたようだ。本当に済まない」
「いえこちらこそ知らずに癇癪を……
みっともない真似をして申し訳ございませんでした」
「今回はお互い様と言うことで水に流そう」
フリードリヒはニッと笑いつつ、「開けてみてくれ」と言った。
「指輪ですね」
「俺につけさせてくれるか?」
わたしは了承の代わりに左手を彼の前に出した。
薄暗い部屋の中、廊下から漏れる仄かな明かりが指輪の宝石を照らす。緑に輝くそれは、きっと彼が好きだと言うわたしの瞳の色にそっくりなのだろう。
結婚なんてと斜に構えていた最初とは大違い、もうすっかり彼は愛妻家だわ。
「ありがとうございますフリードリヒ様」
「こちらこそ、結婚してくれてありがとう。
そしてこれからもよろしく頼む」
「はい!」
感極まって勢いよく飛びついたのが失敗で、出張ったお腹が先に当たってぐぇっと……
何とか無様な声を上げるのは堪えたけれど、案の定くっくと嗤われたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます