20:初めての汽車

 目的の街の名はシュリンゲンジーフ伯爵領にあるベアトリクス。なんだか女性っぽい名前の街だなと思ったのは大当たりで、街の名は初代シュリンゲンジーフ伯爵夫人の名前が付けられたそうだ。

 自分の名が街の名となり後世にまで残ると言うのはどういう気分かしらね。

 ベアトリクスは内陸部にあり、海が無いのだから当然馬車で行くものだと思っていたが、それにしては馬車に積まれた荷物が少ない。消耗品などは買いながら行くのかしら~と思っている間に馬車は停まり、着いたのは駅だった。

「まさか汽車で行くのですか?」

「当たり前だろう。汽車以外に何があるというんだ?」

「馬車ですけど……

 あっ! でも馬車ではもう間に合いませんね」

 ベアトリクスは国境の最西端、汽車ならば八時間だが馬車だとゆうに三日掛かる。

 最初から汽車以外の選択肢なんて無かったのね。

「それもあるが、例え間に合ったとしても馬の負担に御者への手当、おまけに時間まで掛かるとなれば、商人ならば決してそんな無駄はしないだろうよ」

「なるほどそう言うものですか」

 よし覚えたわ。



 わたしたちが駅のホームに入るとすでに汽車が停まっていた。

 絵で見たことはあるが、実物は想像以上に大きくて、このような大きな物が本当に動くのかしらと心配になってくる。

「顔色が優れないようだが、汽車は初めてか?」

「はいそうです」

 生まれそだった領地では専ら馬車で、領地からこちらへ来るときは最寄りの港から船を使ったから汽車に乗る機会は無かった。

 そもそもザカリアス子爵家は貴族とは名ばかりの借金まみれ、お高い汽車に乗るお金があるのなら少しでも借金返済に充てるのが当たり前よね。

「それは良かった」

 普段は夜走る寝台付きの汽車に乗るそうだが、今回はわたしが一緒なので景色が見えた方が良いだろうとフリードリヒは昼の切符を準備してくれていた。

 こういう何気ないことが、こそばゆくて少し恥ずかしいわ。


 汽車の座席は劇場のボックス席の様に完全に個室。

 これから八時間の移動だもの、他人に気兼ねなく過ごせるのは有難いわね。

 汽車が発車して最初の二時間は、もの凄い速さで後ろに消えていく景色に驚いているうちに終わった。

「リューディア、そろそろ食事にしないか?」

 十時過ぎに汽車に乗ったから、時刻はすっかりお昼どきだ。

「つまりそろそろ汽車がどこかの街に停まるのですね」

 ここまでの二時間も二度大きな街で停車していたから、その時に食事を取るのだろう。しかし汽車の発車までの時間は僅か十五分ほど。

 どれだけ急いで食べなければならないのかしら?

「はははっ心配には及ばないぞ。汽車の真ん中あたりに食堂車があるんだよ」

 あーそう言うのがあるのね。

「無知で済みません。ぜひそちらでお願いしますわ」

「では行こう」

 フリードリヒが立ち上がり手を差し出してくれた。

 微笑みながらその手を取ると、フリードリヒも優しく微笑み返してくれた。

 出会い方は最悪だったかもしれないけれど、すっかり仲睦まじい夫婦のようでとても嬉しくそして気恥ずかしい。

 でもこの人に出会えてよかったと心から感謝したわ。

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