16:ドッグレース

 先ほど玄関先で、気軽な服で良いと言われたので、わたしは仕立ての良いだけのワンピースに着替えて再び玄関に降りた。

 フリードリヒもわたしと同じく仕立てが良いシャツとズボンを召していた。

 言われるままに馬車に乗り、後はお任せ。


 街の門を抜け、ほんの五分走った辺りで馬車が停まった。

 目の前にあるのは大きな建物。

 わたしはフリードリヒの手を借りながら馬車を降り、顔を顰めながら「ここは?」と聞いた。

 なぜって、畑に使う肥えでも撒いたのかと言わんばかりに臭いのだ。

「リューディアは馬のレース場を知っているか?」

 馬のレース場とは、馬の順位を競う賭け事が行われる場所だ。貴族の場合は賭けに興じる以外に、馬主になり名声や賞金を得ることが目的な人もいる。

「はい勿論です。それがこれですか?」

 だったらこの匂いの理由も理解できるわね。

「いや馬ではないが、似たようなものだと思ってくれていい」

 馬以外? はて、何かしら。


 場内はまるっきり馬のレース場と同じ様相を見せていた。ただしそのレース場の広さはかなり控えめ。

 それもそのはず、レースを走っているのは馬ではなく犬だった。

「あれは犬ですよね?」

「ああそうだ。馬は高くて平民にはとても手が出ない。だが犬なら~と言う訳さ。

 ルールは知っているか?」

「いえ生憎縁が無かったもので」

 ザカリアス子爵の領地にレース場はない。

 もしも有ったとしても、わたしは当たるかどうかわからない賭けに頼るつもりはないから、きっとそのまま借金の返済に充てただろう。


 フリードリヒからルールのレクチャーを受けて、少々の小銭を貰った。

 彼から教えて貰ったのは一番簡単な奴で、一着になる犬を当てるだけ。見事当たれば、賭け率に応じた金額が返ってくるらしい。

 一着を当てるだけの買い方では難しいが、もっと複雑な買い方をすると、場合によっては賭け金が千倍や万倍にもなるそうだ。

 銅貨一枚が金貨にも変わるのだからこんなに混んでいるのね。

 ついでに言うと犬に送る声援と言うか、野次と言うか、会場の熱気が凄いわ。


 そんな熱気に気圧されたわたしは一度も賭けることなくレースを眺めていた。

 フリードリヒは何度か売り場に行って券を買ったようだが、どうやらハズレばかりでちょっと不機嫌だ。

 折角の休日にストレスを溜めてどうするのよ?

「リューディア、直感でいい。あの犬のどれが好きだ」

 そう言って示したのは次のレースに走る犬たちだった。

「いま、勝てるではなくて、好きと仰いました?」

「ああそう聞いた。

 どうやら君は楽しくなさそうだから次で最後にしようと思う。だったら最後くらい、君の好きな犬に賭けようと思ってな」

 そう言う理由ならばと、言われるまま二頭の犬の番号を告げた。


 券を買ってから聞いたが、とても人気の無い犬だそうだ。

 しかしレースが始まってみると人気を覆すほどの走りを見せて、犬たちは見事一着と二着でゴールインした。

 まさにビギナーズラック。

 千倍や万倍には及ばないが、数百倍になったそうで、フリードリヒは「取り返したぞ」と歓喜の声を上げてわたしを抱きしめてきた。


 公衆の面前でこのようなことをされてドギマギとしていると、

「次はどれが勝つ・・かな?」

 フリードリヒは興奮を隠さず、目を輝かせながらそう問い掛けてきた。

 わたしは彼を手招きして耳を借りると、それを指先でつまんで捻り上げた。

「痛ッッ!」

「ふふふっフリードリッヒ様ったら、もうお忘れですか?

 先ほどこれが最後だと仰いましたよ」

「わ、わかった。俺が悪かったから許してくれ」


 さてフリードリヒの話では、賭け事で手に入れた銭はあぶく銭と言うそうでパァーッと使うに限るそうだ。

 と言う訳で、その日の夕食はお値段の張るレストランに行き、とても豪華な食事を食べ、その帰りには初デートの記念だと綺麗な靴を贈って貰った。

 最後の最後。

 悪くない想い出に変わったのは何よりだわ。

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