Ⅳ 消せない執着

夜 港町の宿


 ベッドに横たわるコランは穏やかな顔で寝息を立てていた。

 その寝顔を見守りながら、ベッドに腰かけるレディは濡れたハンカチを握っている。水分補給をさせる為、時々ハンカチを少年の唇に押し当てて絞る。

 その時、手袋越しに指が少年の頬っぺたに触れた。


「……子供の肌って柔らかいのね」


 初めて知ったような声でそう漏らすと、まじまじと少年の顔を見つめる。

 少しは顔色もマシになったような気がする。

 薄い赤色を取り戻した唇は自分の指ぐらいの厚みしかなく、少年が子供なんだと改めて理解した。

 水を与えていたハンカチで自分の仮面の口元に触れる。

 ――これが本物の唇ならよかったのに。

 そんな風に考えながら、少年の手を軽く握る。


「ごめんなさい。解らなかったの、私には。この身体は飢えないし、喉も渇かない。君の唇が乾燥でひび割れているのも気付けなかったぐらいには、普通の人体らしい実感がないの」


 自分の言葉に辟易としながら、毒の息が漏れないように気を払いながら息を吐く。

 心の飢えなら痛いほど熟知している。

 しかし、呪いの力で飢えない身体となってから数世紀が経っているせいで、人間の肉体的問題は彼女にとって極めて実感の薄い、遠い記憶だった。

 風邪もひかない。傷もすぐに治る。飢えるほどの食欲もない。

 呪いによる健康が、かえって自分の心を不健全にしていると自覚していた。

 結果、その欠落のせいで大事な少年を死なせかけてしまった。

 指で少年の髪に触れる。


「潮風で張り付いてる。出会った頃はサラサラしてたから、船旅のせいなのかしら。それとも、この町? ……そうだ」


 ふと思いついて、自分の髪を一本乱暴に千切る。

 すると、すぐに切断面から新しい髪が伸び始めた。


「マンデヴィルは確か……願いが叶う呪いまじなだって言ってたかしら」


 当時教わったやり方を思い出しながら、少年が元気になるよう願いを込めて、不器用な手つきで少年の手首に自分の髪を結ぶ。

 少年の手首に不格好な結び目のブレスレットが出来た。

 レディはそれに見覚えがあり、解呪方法を探していた旅の日々を思い出す。


「フィタに似てる。『美しい結末』だったかしらね、ポン・フィタは。マンデヴィルが言うには切れたら願いが叶う、だったかしら。ふっ、願いがそんな簡単に叶うなんてね」


 どうにもしっくりこない。自分はそういう類のものが苦手らしいと再認識した。

 だが、自分の一部が少年の傍にあるのは悪い気がしない。


「っ」


 不意に少年が寝返りをうった。

 横になったせいで、少年の閉じられた眼から涙が一粒零れた。

 レディはその寝顔を見つめる。

 

「……全部言い訳。大事なのは君の気持ちよりも私の願いだもの。それなのに浮かれていたのね、私。君と一緒に居られる時間が一番気持ちがイイから」


 自嘲の笑みを漏らし、レディは俯いた。

 少年と過ごす時間が濃密で。

 心が満ち足りて。

 宝物のようだったから。

 、どこにも行かないようにしたい独占欲が産まれた。


「君が壊れるほど、私は君と一緒に居たい。ドラゴンだもの」


 少年への想いが強まるほど、独占欲が強まっていく。

 優越の為、自分の手で壊してしまいたい。


「……君が死ぬのは堪えられないわ。私を遺して人間らしく真っ当に死ぬなんて、そんなの裏切りよ?」


 呪いの作用なのか、生来の本性だったのかはわからない。

 残虐だという自覚はあるが、どうにも抑えが効かない。

 以前まではわからなかったが、悲劇の登場人物たちが自分の内から湧き出る欲求に苦悩するのが、今なら理解できる。

 大事なものほど、それが自分の手元から離れる事を恐れて支配したくなる。

 自分のものでなくなるくらいなら、せめて自分の証となる傷や痛みを遺したい。

 自分の感情を遠慮もなく、躊躇いもなく、容赦もなくぶつけられる独占だけが乾いた心を満たす。

 例え、それが残酷な暴力と破壊という手段でも。


「……いっそ、殺してしまえば、独りにされる裏切りに遭わなくて済む」


 そう呟くと、レディは少年を跨いでベッドに膝立ちとなる。


「自分勝手に友人を名乗る女は居たけど、私が大事に想う相手なんて今まで一人しか居なかった。彼女が私の言葉を守って、一人でずっとあの島にこもって私を想ってくれたなら私は独りじゃなかったのに。トワイライトは私のものだったのに、酷い裏切りよ」


 彼女の手がコランの首にかかる。


「けど、今は君が一番大事。一目惚れなの、裏切らないで」


 告白しながら両手の指はしっかりと少年の細い首に絡まる。

 いっそ壊す事で自分の物にしてしまおうという思考回路と大事なものを自分の好き勝手に壊す愉悦が心を喜びに染め上げる。

 レディは呪いと肉体の不死性を憎む。

 反対に心はまだ人間だと思いたい。

 だが、本人が認めたくなくとも、すでに彼女の精神性も怪物らしいものだった。

 

「ねえ、君は私を受け入れてくれる?」


 少年の首に指をかけたまま、恋人に語り掛けるように囁くレディ。

 愛しい相手から返答はない。

 指に力がこもる。

 

「……ぅ」


 少年の口から苦しげな呻きが漏れる。

 怪物の力を抑えて、じっくりと苦しむように首を絞める。 

 その苦悶の表情を喜悦の瞳で見つめるレディの背後から男の若干くぐもった声が上がる。


「後悔するぞ」


        ✕               ✕


 声に反応して、パッと少年の首から手を離すレディ。

 仮面の女はそのまま後ろを振り返らずに返事する。


「……遅いわ。役目を仕損じる所だったわよ?」

「そうだな、間に合って良かったよ。俺にとっても、その子供にとっても」


 軽く肩を竦めてそう言う男はそこそこ上等な服に身を包み、顔を包帯で覆っている。喉に大きな傷跡があり、古傷のせいで発声が苦手だとわかる。

 片方の手に美味しそうなオレンジを持っており、ベッドの未遂事件を特に気にも留めず入り口の扉を後ろ手に静かに閉めた。

 再度、レディは少年の首に指が触れるか触れないかの距離まで手を近づけて、絞首の痕を名残惜しそうになぞってから、ベッドから降りた。

 少年は未だに目を覚まさない。

 二人の男女は言葉を交わす事もなく、思いおもいに足音も立てず静かに動く。

 男は部屋のテーブルにオレンジを置いて、胸ポケットから小さなナイフを取り出し、皮をむき始める。柑橘の爽やかな香りが充満する。

 テーブルに近付いて来たレディがそっぽを向きながら出所について問う。


「どこから盗んできたの、それ?」

「丁度流れの品があったんで買ってきた。この町じゃオレンジなんて希少品だ、育てて無いしな。けど、近場の町でオレンジを育てて、売り物にならない品が稀にこっちに流れてくるんだ。あの子供は運が良い」

「オレンジの匂い……最近嫌いになったの」

「言ってるだろ、あんた用じゃない。その子には栄養を含んだ水分が必要だ。これが一番いい」

「……全部任せるわ」


 嫉妬まじりに吐き捨てると、レディは椅子に座ってテーブルに肘を付いた。

 男は手際よく皮むきを終えると、部屋に備え付けてある戸棚から皿を取り出す。


「お皿があるなんて気の利いたサービスね、しかも陶器なんて。ここはスペインの一級宿なのかしら」

「これが?」


 男がレディの方に皿を見せつける。

 陶器の皿はホコリ塗れで、縁にいくつも欠けがある。描かれている模様も掠れ、一目見て劣化が酷く質が悪いとわかる。

 

「ゴミじゃない」

「ああ、海のゴミだ。沢山の漂流物が海岸に流れ着くんだ。拾い物を使えば金がかからない。これはまだ上等な部類だから、宿の調度品に使われてるんだろうさ」

「……この辺りってそんなに貧しいのかしら?」


 かつて王国だった故郷を思い出し、レディは首を傾げる。

 ハンカチを取り出した男はテーブルに戻り椅子に座って皿を拭きながら、レディの疑問に答える。


「あんたの付き人になってから知ったが、ここの生活は世間的には裕福じゃないらしい。今ほど貧しくもなかった筈だけどな。漁業と観光、近隣の町との狭い交易ぐらいだ。昼間も港が静かだから、漁が上手くいってないんだろう」

「不幸が続いているのね。この辺りは大昔から、そういう因果にあるようね」


 故郷だと言うのに、レディはわずかに微笑み吐き捨てる。

 向かいの男も頷いた。


「俺もそう思うよ。あながち、この辺り全体が呪われてるのかもな」

「だとしたら、それは魔女の呪いじゃなくて、私やあなたみたいな町の住民を恨んだ事のある者の呪いかもしれないわ」


 すると、レディは不機嫌そうに男へ向かって手を広げる。

 男は何も聞かずに、懐からもう一本ナイフを取り出して、レディに手渡す。

 ナイフを受け取ったレディはもう片方の手袋を半分脱がし、腕の鱗に切っ先を押し付ける。少しずつ力を加えて、鱗を剥がそうとし始めた。

 チラリと横目でそれを見ている男は、まるで自分の爪を剥がされているみたいに感じ、嫌そうな顔になる。


「言ってるだろ、目の前でやらないでくれ。どうせ、大した意味もないんだ」

「うるさいわ。数少ない趣味に口出さないで……ッ」


 ベリッ、と鱗が音を立てて剥がれる。

 肉が裂けて少量の赤い血が白い手袋に飛び散る。

 

「演劇、旅行、本。趣味は多い方だし、それは趣味じゃなくて罰だろう」

「四つよ、三じゃない。知ってるかしら? 東方じゃ四という数字は嫌がられるの、ゲマトリアじゃそんな事もないのにね」

「誤魔化すな、それは悪い癖だぞ」

「自分を罰する事で許しをこいねがうのは信仰の形の一つでしょ。罪深いこの手は罰されるにふさわしいと思うけど」

「口の減らない女だな。自分以外を信じないあんたが、一体何を信仰するんだよ。そんな殊勝な態度でやってるんじゃないんだろ。何度あんたの猟奇的な趣味を見せつけられてきたと思ってる」


 レディはナイフを使って器用に鱗を切り取る。

 すぐに傷が再生を始める。

 それを見つめ、観念したようにポツポツと語り出す。


「鱗なんて人間には生えない。怪物の証みたいなもの。怪物には罰が必要なのよ。怪物を罰する為に、私は鱗を剥がすのよ。恨みを込めて、じっくりと確実に」


 まるで自分じゃない存在の事のように語り、切り取った鱗を指先で弄りながら傷付いた腕を見やる。

 鱗が剥がれた部分はもう傷が塞がり、新しい鱗が生えかけている。


「……言う通り、大した意味はないわ。だから、趣味なのよ。納得しなさい」

「何度も言ってきたが目の前でやるな、気色が悪い。久しぶりの故郷だからって感傷に浸りたいのか?」

「お互い様でしょ。ルールを忘れすぎてるんじゃない? 『過去を詮索し過ぎない』よ、


 レディの注意に、皿磨きを終えた包帯の男――ラヌが肩を竦める。

 十年前、港町近くの森で武装した老人たちに瀕死になるほどの暴行を受けていた彼は、通りすがりのレディに命を救われた。

 老人たちを死に至らしめた毒の息の中で、ラヌは耐性のおかげで辛うじて生存していた。トワと長く付き合った事で、ラヌにはドラゴンの毒に耐性が出来ていたのだ。

 瀕死の彼を発見したレディが興味を持ち、回収し、その後は毒耐性への強い関心とそれが彼に恋する心なのか確かめたいレディの一存で、回復したラヌを付き人として活動に同行させた。

 二人は旅の道連れと呼べる間柄。

 そのような関係にある為か、ラヌは相手が人間を簡単に殺せる力を持つと知りながらも、まるで旧知の仲のような態度を取り続ける。


「戻りたくも無かった故郷に、お互い戻る事になったんだ。全部あんたの過去のせいで。押し付けてきたのは、そっちだ」

「……」

 

 嫌味の言葉にレディは睨みを返すだけに留めた。

 礼儀や敬意にうるさいレディにしては珍しく、ラヌの無礼は許容しているし、自分も不思議と口調が砕けてしまう。

 レディを恐れず対等な言葉を交わすラヌは、無礼を許してしまうほど、恋愛感情を抜きにして特別な関係性の相手だったのだ。



 ラヌの言う通り、最近のトワイライトとの再会や帰郷の影響で気持ちが浮ついているのかもしれない。

 つい、余計な事が気になった。

 ――どういう風に言うのかしら、この関係性は?

 自分たちをどう表現するのか。

 上司と部下ではない。あくまで付き人だし、もう強制もしていない。

 トワイライトの件で友人という表現は嫌いになった。一番使いたくない言葉なので、内心で却下する。


「……」


 チラリ、とラヌを見やる。

 かつてはこの男を憎からず思った事もある。

 己の性として、そういう相手にはあらゆる手を尽くして愛してもらいたい衝動に駆られる。勿論、告白した事もある。

 しかし、この恐れ知らずの男はレディが怪物としりながら、勇敢にも自分には好いた相手が居ると言って拒絶したのだ。

 ――腹立たしいったらない。

 ――最初から望みが無い相手なんて、裏切りだとも思えない。

 その後、ラヌの想い人がトワイライトだと知った時にはもっと驚いたものだ。

 その時、互いに過去を詮索するのは止めようというルールを作った。

 知ってしまえば、互いに自分の命を含めて、他の何も目に入らなくなってしまうだろうから。

 ――彼女がどうなったか、ラヌは知らない筈だ。

 ――まさか世間から隠れて、二人っきりで少年を育てていたとは思うまい。

 ――何故、彼女は子供を育てていたんだろうか。あの少年はトワイライトにとって何なのだろう?

 ――私のように愛に飢えていたのか?

 


 思考の中で、彼の事が同志のようにも思えてきた。

 ――そう、同志が一番しっくりくる。

 ――執着を止められない。トワイライト、罪作りな娘……。

 ――都合がいい。彼も必要だ、決着には。

 いつの間にか、レディは思考の沼にはまってぼんやりとしていた。

 ラヌの疑問の声が、沈思からレディの意識を引き上げる。


「あの子供、ここまで連れてきてどうする気だ?」


 オレンジを皿に並べ終えたラヌがそう尋ねた。

 レディはベッドを一瞥し、すぐに視線を外して呟くように答える。


「……解呪をしに島に行くの」


 レディの言葉が部屋を凍てつかせた。

 潮風香る夜の清涼な空気が緊張で重苦しい物に変わる。

 包帯に皺が寄るほど眉間を険しくし、少年が眠るベッドの方を一瞥するラヌ。


「あの子の名前は?」

「知らないわ。彼が名乗りたいと思うまで待つつもりよ」

「名前も知らない子供を道連れにする気か? まさか騙して連れて来たんじゃないだろうな」


 解呪方法を知るラヌは少年の身を案じている。

 レディは苛立たし気に、人差し指の爪をテーブルに突き立てた。


「侮辱しないで。この事で嘘なんて吐く筈ないでしょう。解呪のリスクはしっかり伝えたわ」

「攫ったんだろうが」

「負い目を感じろとでも? あり得ないわ。私は一途に幸せを望むし、それには彼が必要なの。彼には私たちの運命を見届けてもらうつもりよ。その上で、彼に私を選んでもらいたいの」


 願いを口にするレディに対して、ラヌは怪訝な眼を向ける。


「それが叶わなかったら? さっきみたく怪物の振る舞いで大事な相手を殺し、今度は腕の鱗全部を剥がすつもりか?」


 棘のあるラヌの言葉に、レディが自嘲気味な笑みを浮かべて答える。


「そうならない為の布石は打ったわ。貴方もその一つよ、ラヌ」


 言葉の真意がすぐには掴めなかったラヌは首を傾げるが、やがて得心がいったと言わんばかりに頷いた。


「……だから、俺を呼んだのか」


 クツクツと喉を鳴らした。


「あの子供に振られた場合か、それともあの子供でも解呪できなった時の保険か。……あんた、まだ俺に気があるのか」


 ラヌは面白そうな顔で、わざとらしく窓の方を見ているレディの横顔を見やる。

 対するレディは鼻を鳴らして、思い上がった男の言い分を跳ね除けた。


「自惚れないで、私は一途よ。横恋慕は性癖じゃない」

「けど、あんたの好きな劇にはよくあるじゃないか。他人の妻に恋するも、自分の母と交わるも。俺はいつも途中で寝ちまうがな」

「横で寝息を立てられる度に失望したから知ってるわよ。それに癖じゃないと言ったでしょ、呪いを解く為の勉強だと思って多様な演目を観劇したの。貴方が知っているのはそれらの内の一握りに過ぎないわ。なんだったら教えてあげるわよ」


 レディが得意げに演劇講座の続きを語り出そうとしたので、ラヌは首を振る。


「興味ないな。俺は劇よりも劇場の食事が好きなんだ」


 ラヌが皿に切ったオレンジをキレイに並べ終えた。

 彼は用の済んだナイフをテーブルに置き、自分をここに呼んだ目的を尋ねる。


「で、実際の所、保険なのか? 俺はまだ目的を達してない。悪いが、命の恩人のあんたにこの命はまだやれないぞ」


 目的が達せられたなら、愛せないレディの為に生贄になってもいいとも聞こえる言い分。

 レディは彼のその答えも織り込み済みだった。


「私は今回で自分の運命に決着を付けるわ。解呪できる可能性がある要素は全て島に集まるよう布石を打った。少しも惹かれないけど、毒耐性のある貴方も解呪候補。用意しておくに越した事はないの」


 レディはラヌに視線を向け、白い手袋の指で彼の胸の辺りを指差した。

 念押しと言わんばかりに、改めて言葉を口にする。


「少しも、わずかばかりも、これっぽっちも、さらに言えば微塵も! 貴方に憧れなんてないのだけれどね」


 ラヌが面倒そうに頷きを返す。


「ああ、わかったよ。悪かった」

「……私たちの向いている方向は同じよ、ラヌ。私はレディ・オブ・ザ・ランドの全てに決着を付けたい。あの島――レディ・オブ・ザ・ランドに運命が集まるのよ」


 迂遠なレディの言葉の意味を理解したラヌが目を見開く。


「まさか、見付かったのか、彼女が……!? ぐ、ごほっ……」


 興奮のあまり喉に負担が掛かり、咳き込むラヌ。


「ええ。私の友達だった彼女、貴方の想い人の彼女。トワイライト、貴女はトワと呼ぶのよね。あの娘は少年を追ってあの島に来るわ、必ず」

「……」


 呼吸を整えたラヌは、しばらく沈黙しながらテーブルをじっと見つめた。 

 先にレディが口を開いた。


「少年とトワイライトの関係、気にならないの?」

「……気になるさ。今は、喜びを噛み締めたい。世界の広さを知る度に……再会は叶わないと覚悟した……」


 声がさらにくぐもっていた。一言ずつ喋るだけでも、苦労していた。

 ラヌの喉の現状は芳しくなく、笑ったり興奮したりすると、負担が大きくて発声がし辛くなってしまうのだ。


「気持ちはわかるわ。私も再会できるなんて思ってもみなかったもの……」


 少年の眠るベッドに視線を向けたレディが続きを言葉にする。


「因果なものよね。トワイライトはあの少年のメイドをやっていたの、彼を取り戻す為なら必ず島に戻って来るわ」


 同じように少年を見ていたラヌに、レディが神妙な視線を向ける。


「……ねえ、彼女は今も貴方を覚えているのかしら?」


 仮面の女の試すような言葉の後、ラヌは躊躇せずくぐもった声で返す。


「……彼女の呪いを解ければ、死んでもいい」

 

 そう答えたラヌは皿を持って、ベッドの傍に移動した。

 ベッド脇の小テーブルに皿を置くと、少年の看病に専念する。


「この子供を死なせる訳にはいかない。次に殺そうとしてるのを見たら、力ずくで止めるぞ」

「それでいいわ。お互い夢を叶えましょうよ」


 レディの言葉にラヌは答えなかった。

 傷の痛みが理由ではなく、言葉が無くとも、呪いとの決着について二人は同志だからだ。

 代わりに別の話題を思い出したラヌが、それについて進言する。


「町の空気がピリついてる。この町は……変わらない。古いままで、呪いに囚われ、自分たちの凶暴さを島のせいにしている」

「そう。邪魔になるなら殺さなきゃね」


 レディは素っ気なく方針を告げる。

 一度、大きく深呼吸するラヌ。

 潮の匂いが郷愁を想わせ、同時に不快にも感じた。

 ここは故郷だが、すでに忌まわしい記憶の土地でもあるのだ。


「思い知らせてやればいい。人の幸せを壊そうとすれば……殺されても文句は言えないんだって」



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ここまでお読みいただきありがとうございました。

よければ好評価等、よろしくお願いします。


 


 

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