絵描きの図書室

自由らいく

付き合う前の小さな日常たち

side翔平

屋上花火

「二人ともー。こんなのあるんだけどどう?」


 そう言って司書の浜辺先生が入ってくる。

 彼女は本当になんで司書をやっているのか疑問に思うほど元気な女性で、昔はきっとザ・JK みたいな女子だったのだろうと想像が安易にできる。


 そんなテンションの高い先生が持ってきたのは袋に入った花火。確かに初夏になったとはいえ、学校に持ってくるものでもない。


「浜辺先生、なんでそんなの持ってるんですか?」


 由美が俺が思っていたことと同じ質問をする。というかこの場に人がいたら必ずこの質問をするだろう。この図書室に人が来ることがまずないが。


「えっとね、なんか本屋行ってたんだけど、帰りにキャンペーンみたいなのでもらってきた」

「どうするんですか」


 先生の計画性のなさにあきれながら訊く。


「屋上で遊んできていいよ。二人で」

「いや人来ないからって空けるわけにはいかないでしょ」

「私が代わりに当番してあげる」

「そもそもどこでしろと」

「そこは青春っぽく屋上?」

「空いてませんよ」

「はい、マスターキー」


 この学校の屋上は基本閉まっているのだが、職員のみがマスターキーで空けることができる。なので基本的に人はおらず、利用されているところを見たことがない。

 これが権力の乱用か、と思いながら何かと行かせようとしてくる先生から逃げられずジト目を指す。


 結局先生に背中を押されながら屋上へ向かうこととなった。

 由美はなんだか乗り気だし悪くないとも思った。

 適当に屋上近くの掃除用具入れからバケツを拝借し、水を入れる。


「そういえば火つかなくね」


 他に足りないものはないかと頭の中で確認していたが、大切なものがないことに気が付く。

 あの人はやはり頭のねじが外れてるのだろうか。ちょっと花火に乗り気だったので残念になる。

 あの人は煙草も吸ってないので、都合よくライターなど持ち合わせていないだろうからこればっかりはあきらめるしかない。先生の気まぐれに付き合わされただけだった。


「せんぱい。ほら」


 そういって彼女がポッケからライターを取り出して着火する。


「…なんで持ってるの」

「せんせいから受け取りました」

「いつ?」

「せんぱいが出て行ったあと私がでる前」


 なんかほんと微妙な一瞬で渡されていたらしい。

 本当にめんどくさい人だ。


 そんなこんなで屋上へとつながる扉の前にたどり着く。


「…ほんとに何やってんだろ」


 ふと思いつく。

 あのせんせいに振り回されたからと言って、さすがに学校の屋上に無断侵入して花火など何がしたいのかわからない。

 こんなことで退学になったら洒落にならない。


「まあまあ。思い出作りだと思って」


 乗り気な彼女が俺のつぶやきを拾ってそう言う。


「それもそうだな」


 そう思えばまあいっかと思えてくる。見つかったときはその時だ。


「なんかいけないことしてる気分ですね」


 戸を開くと同時にそんな彼女の声が聞こえた。


「閑散としてますねー」

「だな」


 いざ初めての屋上に出てみると本当に静かで何もなかった。

 ただし、夕日はきれいだし外は街並みが一望できるのでかなり好きだ。

 ここで絵を描きたいけどさすがに無理だろう。


「絵描きたいって思いましたね」

「ま、まあ」


 彼女に心を読まれたのを気恥ずかしく思った。

 そんなに行動パターンがわかりやすいだろうか。


「ま、せんぱい。今は花火しましょう。花火」

「なんで由美は乗り気なんだ?」

「え、いやまあ。こういうの久しぶりですし」


 そう言いながら彼女はてきぱきと袋を開けて準備をする。

 キャンペーンでもらったものということもあって、スーパーで見かけるようなファミリー用の大きなものではなく、数種類の花火が入った割とこじんまりしたものだ。案外すぐ終わってしまいそうだ。


「ささ、せんぱい。始めましょ」


 そう言って彼女がさっそく花火を手渡してくる。

 乗り気なのはいいことだが彼女だけに準備を押し付けてしまったのは申し訳ない。


 いざ花火を始めてみると、数年ぶりかはわからないがかなりきれいだった。

 打ち上げ花火のほうがもちろんきれいではあるものの、手持ち花火にも良さがある。

 そして夕方ではあるものの、そこそこ暗くなっているため割と気にならなかった。


 彼女のほうを見てみると、たかが手持ち花火なのに打ち上げ花火を見るかのような、キラキラしたまなざしで花火を見ていた。

 その姿も子供っぽさもありながら、花火が彼女の美しさを掻き立てていて、風情があった。

 じっと見つめているのも申し訳なく思って花火に目を戻す。


 散っていく姿を美しく思うものの、散っていくために生まれた産物だと考えると寂しくも思った。


 いつか彼女と一緒に夏祭りに行ってみたい。ふと、そんなことを思った。

 本物の花火を見た彼女はどれほど目を輝かせるのだろうか。

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