実るほど頭を垂れる稲穂かな、とはよく言ったものだが、その一張羅を瞬時に全て食い荒らす輩がいる。蝗である。この時期になると、実家の水田で蝗を採っていた幼少期を思い出す。太陽より眩しい笑みを湛えた半袖シャツの少年は、稲の波をかきわけては無邪気に蝗をむんずと掴み、虫篭に次から次へとぶち込んでいた。平成の時代のものとはとても思えぬ遊びである。採った蝗は三日の絶食の後に佃煮となった。あの小エビに似た独特の食感は忘れられない。

 今もあのレシプロ戦闘機みたいな肢体と殺意の高い顔面は覚えている。だがなぜあの頃あれほど虫という生き物に興味を抱いていたのか、今ではわからない。小学生時代の昼休みは形の整った蝉の抜け殻を、夜の街灯の下ではカブトムシを探していた。だが今私は蝗という字面に興味を抱いている。昔の中国では蝗害が皇帝の不道徳に起因するとされたそうだ。素直な五感が鈍るのが大人の定めなら、寂しいものである。

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