第二十話 本音と建前
ケインズが疲労と緊張のあまり、まともに思考することも儘ならない間に、ヴァラガンは直近の出来事と頭に押し込めた
まず交差点での出来事は単に信号機の不備とは思えない。出来すぎている。仮に人為的であるならば、なんらかの細工が施されたはずだ。それがハッキングだとするなら、目の前の少女が『ハイ・モンキー』である可能性も十二分に考えられた。
「さすが、ヴァラガン」
少女は右耳のピアスを弄びながら、ヴァラガンの隣で目をしばたたくケインズを見る。
「猿のピアスがヒントだよ。ティム・ケインズ警部補」
これで疑惑は確信に変わった。驚きを隠せないのか、愕然とするケインズ。ヴァラガンは同情するようにケインズの肩を叩くと、少女の方に向き直る。
「交差点の件は、お前の仕業か」
「うん。信号機や自動運転車のハッキングなんて朝飯前」
少女は屈託のない笑みを浮かべると、屋上から交差点を覗き込む。ヴァラガンも同様に身を乗り出せば、目下には黒煙と車両だった残骸が散見された。一応は助かったが、手放しで喜べる状況ではなかった。なによりもこの惨劇を目の当たりにしても笑っていられる少女に、ヴァラガンは幾許かの危機感を覚えた。
「お前のおかげで命拾いしたが、やり方を考えろ」
気がつけば、口を衝いてそんな言葉が出ていた。随分と図々しい言い分になってしまい、自身に嫌気が差したが、返ってきた言葉は思ってもみないものだった。
「……そっか。次は気をつける」
意外にも少女は口を尖らせて、親に窘められた子どものように萎れる。少々派手な髪色と思春期後半の外見からは想像もつかない返事に、ヴァラガンは肩透かしを食らった気分だった。そうして茫然とするヴァラガンに、少女は困惑の色を浮かべる。
「ど、どうかした?」
「いや。そうだ、ついでに本名を聞いてもいいか?」
唐突なことに少女は動揺を露わにしたが、渋々答えた。
「まあ、いいか。
はにかみながら優は、二人を屋内へと促した。
「このパーカー見て。ヴァラガンとお揃いなんだよ」
階段を下りながら、優は羽織っているパーカーのうしろを指差す。黒の布地は、優の趣味なのか絵文字やバッジで飾られていた。若者の好みそうな装飾だ。だが、ヴァラガンの眼中にそんなものはなく、どこか上の空だった。原因は数瞬前の優の発言。たしかに村門と口にした。ガントレットの言った通りだ。さらに、その優が龍灰窟の金庫番ときた。最初は信憑性の欠片もない虚構だったというのに、それはいつしか真実へと変わっていた。
「ねえ、聞いてる?」
振り返った優に首肯すると、ヴァラガンは話の主導権を奪う。
「ところで、どこで俺の名前を知ったんだ」
その質問に、優は愚問だと言わんばかりに片眉を上げる。
「『ハイ・モンキー』に情報は全部筒抜け。あと、デルフォード市の逃亡劇あったでしょ。あのときに、こっそり記憶の再解釈の材料になってもらったから」
「道理で。警察の追跡を妨害したのは、お前の仕業か」
呆れた様子のヴァラガンに、優は得意げに笑みを浮かべ「いい再解釈ができたんだよ」とポケットから出した紙切れをヴァラガンに渡す。それを広げれば、黄色みがかった紙面には達筆で『恋焦がれても、もう貴方はいない。五指を絡め、温もりを分かち合おうと、哀しき空蝉の戯れ。夜は泡沫に沈み、想い出は朝露となりて』と、書き留められていた。
いつかのD13の記憶の再解釈とは大違いだ。ヴァラガンは優の想像力に舌を巻く。それでも記憶の再解釈というものは所詮、想像であって事実ではないのだと痛感した。
例の不気味なマネキンに挟まれた廊下を抜けて、二人は小さな作業部屋に通される。優曰く、この廃墟は秘密基地兼、機材置き場でもあるという。
部屋の奥では小型サーバーが整列し、辺りにはノートパソコンやギターケースが丁寧に並べられていた。ガントレットの家との対比が頭に浮かんだが、ヴァラガンは案内されるままに手前のソファに腰をおろす。ケインズも、その隣に収納されるように小さく座る。
優は手近な作業椅子を取り、ヴァラガンと向かい合うように陣取る。先ほどからケインズは蚊帳の外だったが、本人は特に気にするような素振りはみせなかった。
「それで龍灰窟の金庫番が、どうして俺たちに構う?」
ヴァラガンは部屋を一通り見回してから、優に視線を戻す。
「……どう説明すればいいか」
「ああ、ケインズは心配するな」
言い淀む優に、ヴァラガンはそう前置きする。おそらく優は、ケインズにも情報が流れることを危惧していたのだろう。そんな予感は的中した。優は静かに肯いて口を開く。
「あの複製素体の件、手伝いたいなって」
「どうやって知った」
優の真意がわかりかねる状況に、ヴァラガンの声音はやや低くなる。それに優は顔を引きつらせつつも、
「あの夜の逃亡劇を見てから、ヴァラガンのことが気になって色々調べたんだ。
そう言って優は、隅に置かれたノートパソコンの一つを膝の上で開けて見せる。眩く光る液晶画面には賭博場をあとにするバンや、クラブの駐車場に立つヴァラガンの姿が映っていた。どれも監視カメラの粗い映像だったが、人物を識別するのは容易だった。完全に盲点だったことにヴァラガンは舌打ちをこぼす。
「これはまだ、王さんに渡してないから!」
目に見えて不機嫌になるヴァラガンに弁明して、優は作業椅子に座り直す。
「それでさ、複製素体の件を手伝う代わりに、私もヴァラガンと一緒に行動したいなって思ってるんだ。王さんは同胞以外をごみ以下に思ってるし、私も用済みになったらきっと捨てられるから。その前にヴァラガンの起こした混乱に紛れて、王さんから逃げたいんだ」
龍灰窟での優の立ち位置を鑑みるに王との決別を選ぶのは時期尚早に思えたが、優は既に覚悟を決めているようであった。ヴァラガンとしても、優を仲間に引き入れることになれば手間が省ける。そんな中、ずっと話に入り込めなかったケインズが優のノートパソコンを前傾姿勢で覗きながら会話に割って入る。
「その複製素体が少年だというのは事実なのか?」
ケインズは複製素体の詳細を知らない。大通りで襲撃を受けた際に、要点を簡潔に話しただけだ。一旦、優に断りを入れてヴァラガンは詳細をケインズに説明する。
曖昧に言葉を濁すという手もあったが、いっそのこと巻き込んで引き返せないようにしてやろう、というヴァラガンの
「少年を模した複製素体。法的サンクションの観点からはあり得ない話だ。そもそも延命管理法では『複製素体における外見上の年齢設定は、満二十歳以上とする』となっている」
つまり少年の複製素体が存在することは、法的にも不可解なことであった。ケインズの裏付けは、さらなる謎をもたらした。ヴァラガンはとんでもない爆弾を抱えたことを再認識して顔をしかめたが、あとに引けない状況だということは明白だった。
「面倒だが乗り掛かった舟だ。あいつは助ける。優、お前もついて来い」
「優! 今、優って言ったよね!」
なぜか浮かれた様子の優を、ヴァラガンは咳払いで現実に引き戻す。
「とりあえず。王さんをどうにかして、少年は助けて、ヴァラガンは記憶を取り戻すために頑張る、ってわけだよね。できる限り協力するから」
そう言って胸を張る優。ヴァラガンは微笑を浮かべると、ケインズを見やる。
「さて、俺との取引は継続か?」
「少し考えさせてくれ」
ここに来てケインズは躊躇いをみせる。大方、自身の本音と警察官という建前が頭の中でせめぎ合っているのだろう、とヴァラガンは推察する。それとも、あわよくば手柄を独り占めしたいと思っているのか。顔色を見るに、後者の線は自然と消えた。
「俺は公務員だ。お前たちは知らないだろうが、公務員は退職後まで精神置換技術を受けられない。つまり生身の体だ。この案件は、俺には少し荷が重い気がする」
なにを言い出すかと思えば、泣き言ときた。命が惜しくなったと。こちらは常に死と隣り合わせの生活をしているというのに。振り出しに戻ることへの危惧と焦燥でヴァラガンは顔を険しくさせるが、そこにケインズが次なる言葉を投げかける。
「ラッキーマン。お前はどうして、その複製素体を庇う」
ケインズがこちらの顔を覗き見る。ヴァラガンは反論の手札を用意していたが、その質問に手札がすべて散った。素朴な疑問に心のうちを見透かされたようで、得も言われぬ感情が胸を突く。ヴァラガンは宙を見て意に介さない様子を演じたあと、ぽつりと呟く。
「誰だって、自分を肯定してくれる奴の傍にいたいだろ」
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