第25話 覚醒(アステルト視点)

ここでの生活を始めて3ヶ月が経った。最近まではとても満たされていた。二人で欲望の限りを尽くす廃退的な生活が至上の喜びを与えてくれた。だが一度既視感を感じてしまって、日常について考え始めてしまった。


(彼女は甘すぎる。)

それは優しさではない。ただ都合が良いだけである。それに気が付いてしまった瞬間に彼女との日々は味気ないものへと変貌した。何をしても肯定する本質的にテンプレートな彼女はまさに、自分の欲望の具現化であった。

「はぁ~」

人間の醜さを見て精神を擦り減らす自分が求めていた事は肯定であり、彼女に、いや超常の存在に都合のいい救済をさせるべく行動していたことになる。超常の存在から肯定される為に、頑張ったアピールの為に、命を賭けるほどには歪んでいた。その心の根底には楽観的で浅慮な考えと、自分の頑張りは必ず報われなければいけないという、まるで世界の中心は自分であるかのような傲慢な考えがあった。加えて自分の悲劇に酔っている節さえある。奇しくも今まで星の数ほど見てきた人間の醜さと一致するところがある。

「帰ろう」

自分の欲望が必ず叶う予定調和な世界は、それに気付くまでは最高だった。気付いてしまってからは虚無感しか生まれない。現実世界には絶対的な救済も、都合のいい展開も無いだろう。それでも、この世界で虚無感を抱えながら欲望の限りを尽くすよりは、自分の醜さと馴れ合うよりは、数倍もマシだとそう思った。次の瞬間視界が暗転した。


「第二の試練は合格じゃ。取り敢えずおめでとう。」

「ありがとうございます。」

「最後の試練じゃが、お主には超常の存在になって、あの熊と戦ってもらう。とは言っても殺し合いではないのじゃが。そしてそれを儂が見て合否を決めさせてもらう。覚悟が決まったら教えよ。」


構えを取り、熊と向き合う。

「始め!」

開始の合図とともに読心魔法を発動する。すると、熊が半透明になり、線が複雑に絡み合った頭部と、頭部に繋がる背中の太線から各部位に伸びている線が見えた。また、頭部から直接伸びているものもあった。それだけではなく、走り寄って来る熊が一歩一歩手足を踏み出す前に、頭部から背中の太線を介して手足へと光が伝っている。光が伝ってから刹那の間をあけて手足が踏み出されるのだ。そんな事を考えているともう熊が眼前まで迫っていたが、読心魔法で左腕でのアッパーがくることは分かっていたので、熊の停止位置を読み、頭部からの光が左腕に向かった瞬間に体を屈めて脇下から背後に回る。

ビュンと豪快な風切り音が鳴る。

完璧なタイミングの回避だ。次の攻撃までの短い時間の中で、アッパーの体勢で伸びきった熊の背中を殴打する。狙いは背中に伸びている太線だ。ドゴッと重たい音が響く。

「そこまで!」

まさか一撃で沈むとは思ってもいなかった。

「合格じゃ。そこまでその体に適応できるとはの~素質はあったようじゃの。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「それでは、森の入り口まで送るとするかの。では、達者でな。」

視界が白く染まり、次の瞬間には森の入り口にいた。神殿の方角に一礼してから帰路に着いた。


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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

誤字脱字報告助かります。ありがとうございます。










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