第4話 天才は褒められない
アリア・ドルミエス・アルトレアには悩みがある。それは近頃レティシア・オルブライトという女学生が付きまとってくることだ。
アリア・ドルミエスの朝は早い。
おおよそ5時半、日の出とともに起床しご飯を作る。その後、家主であるレイラ・スウィングラーを起こし朝食。食べ終えると自室に戻り勉強を始める。
ティルティア学園の始業は8時半。アリアの自宅からは徒歩30分という距離である。すなわち一時間半ほど勉強の時間が取れることになるのだ。このとき、学校に行く時間になると同じ時間帯に家を出るレイラに声をかけられるのだが、何も言わないとしばしば学校に遅れることがある。
問題は登校時にヴェルリア・ストリートに出たあたりからだ。ここで約70パーセント前後の確率(本人談)でレティシア・オルブライトにエンカウントする。
「あ。アリアくん、おはよう」
「ああ、おはよう」
ヴェルリア・ストリートの朝も早い。イリアコド連邦の地方都市でありながら近年急速に発展したヴェルリアは朝から忙しく、その中心街ともなれば学園の登校時間には人でにぎわっている。たとえ近くにいたとしても意図的に探そうとしなければ偶然出会うことはそうそうない。
「……」
アリア・ドルミエスはあまりしゃべらないほうだ。友人がいたとしても、むしろその沈黙を楽しむほうである。しかし、世の学生というのはおおよそ知人との沈黙を嫌い、または極度に恐れる傾向にある。それを自覚しているアリアも、故に人と並んで歩かないようにしているのだが、そんなことお構いなしにレティシア・オルブライトはついてくる。
自分といてもさぞ楽しくないだろうに、彼女はさも楽しいといわんばかりにニコニコしている。
アリアはレティシアという女学生を計りかねていたのだ。
「じゃあ、ここで」
「あれ、教室に行かないの?」
「ああ。ちょっと保健室に用があってな」
「うん、いってらっしゃい」
「……」
行ってくる、などといってもいいのだろうか。自分と彼女の距離感はそういったことをいう間柄なのか。いや、そんなふうに考えることほど自意識過剰なのか。
彼女がどんな風に自分たちの関係性をみているのかアリアにはまだわからなかった。
「失礼します」
高等部の保健室のドアを開ける。
「ああ。アリアくん、おはよう」
「おはようございます。これ、先日渡しそびれてた保険調査票です」
「はい。確かに受け取りました」
「では、これで」
「──アリアくん」
「はい?」
「昨日、使ったでしょ?」
「……何のことですか?」
「しらばっくれても無駄よ。あんな魔力衝波受けたら誰だって気づくわ」
「……気づかなかった生徒もいるようですが」
「学園全体に魔力解析したでしょ」
「……空間解析とベクトル解析だけです」
「十分よ」
「必要でした」
「それは……そうかもしれないけど。でもあなた、魔術回路の通常制限も破ってたでしょ。だめじゃない。じゃなきゃ、あんなに疲れるはずないんだけど?」
「……レイスの存在域に侵入するにはああするしかありませんでした。自分はまだスピリチュアルビイングの存在を掴みきれてませんから」
「どうしてすぐ願い石を使わなかったの?」
「…………」
「はぁ、あなたのことだから「願い石を使わなくてもレイスの存在を解析して焼失させられるかと思った」っとかってところでしょ?」
「すごいですね、エスパーですか?」
「こらっ」
「いたっ」
「あなたの悪い癖よ。それで本当にできる時もあるけど、むやみに自分を危険にさらさない」
「……レイスを含む
「レティシアさんの命だってかかってたのよ?」
「だから、制限を解除しました。あれは自分が蒔いた種なので」
「……他人の命の代価に自分の命を使わない。どっちも危険にさらさないように努力しなさい」
「すいません……」
「ああ、もう。なんでこうなるのかな」
どかり、と養護教諭であるエステル・シネルヴォは座りなおす。
「お説教をするつもりじゃなかったんだけどなぁ……」
「すいません」
「なんであなたが謝るのよ?」
「……すいません、俺のせいで」
「ふふっ、いいわ。それじゃあ、保険調査票は預かったから」
「はい、それでは」
ガラガラと戸が閉められる。
「……イーシャ、どうだった?」
エステルが呼びかけると、保健室という空間からどこからともなく光をまとった精霊が現れたつ。イーシャと呼ばれる精霊はエステルの肩に乗るとか細い声をあげた。
「うん。脳にダメージはないみたい」
「そう、それならよかった。朝早くにありがとね」
「ううん、私じゃ脳機能の障害までは完全に治してあげられないから」
「そうよね……」
エステルは遠くを見つめながらコーヒーをひとすすりする。
「魔力過剰症候群か……」
◇◇◇
「おはよう」
「おはよう、エイリーン」
「おはようございますわ、レティシアさん」
「アンジェもおはよう」
「だから、その呼び方はやめるんですわ! ファミリネーム! せめてアンジェリーヌさんと──!」
教室に入るとアンジェとエイリーンが声をかけてくる。しばらくするとアリアも教室に登校してきた。
「最近、アリアくんと登校してくることが多いね」
横からフリーダが入る。
「ほんとだね。登校時間が一緒なのかも」
本当なのだろうかとアリアは疑問に思う。確かにレティシアは初日こそ遅刻しそうになっていたが、基本は早起きだ。教室に行けば必ずと言っていいほどレティシアが先に登校している。対してアリアは始業のぎりぎりまで自宅で勉強しているのだ。普通ならばったり出くわすことなどないはずなのだが……変わったといえば、あのレイス事件があったあたりだろうか。
果たしてこれが偶然なんだろうかと思ったところでアリアは考えるのをやめた。
「アリアくん、きょう温度操作の授業があるみたいなんだけど……また教えてくれる?」
「わかった」
「……」
ジョセフ・ベントリーは面白くなさそうに眺めていた。
◇◇◇
三時限目の授業は温度操作。もっとも基礎的な魔術の操作となる。担当教師はイーデン・ケリー。比較的温厚な先生で授業の妨害をしなければ別の教科の勉強も許されている。
自分の定位置は前から二番目、窓際の席だ。ほかの生徒も俺がここに座ることを認知しているようで、ほとんど座る者はいない……ただ一人を除いては。
後ろ目で見るとレティシアが慌てた様子で教室に入ってくる。遅れることが多いが、時間にルーズなほうなのだろうか。
「レティシアー!」
「んー、なーにー?」
彼女が俺の隣に座ろうとしたところでジョセフ・ベントリーが声をかけた。
「ここに座れよー、勉強教えてやるぜー」
「あ、ごめんね。先にアリア君と約束してるから……」
「……」
「お願いできる?」
微笑むように彼女は言う。ちらりとジョセフのほうを一瞥すると、露骨に出してこそいないものの不機嫌なことが容易にうかがえる。
ここで断らなければ面倒になるだろうなと考えて、いや、きっと断っても面倒になるだろうなという結論に至った。
「断れる雰囲気じゃなさそうだ」
「ふふふ、何それ」
彼女は嬉しそうにそう言うと俺の隣に座る。ふわりとやわらかい香りがした。人の家の香りというのは、同じ人間であっても何故こうも違うのか。
「……」
アリアはジョセフからよくない視線を浴びていることは感じていたが、そんなの日常茶飯事なのでさして気にしないことにする。そのまま授業が開始した。
「えー、それでは授業を始めます。教科書の32ページを開いて──」
温度操作の授業といっても座学は基本熱力学である。特に高校でやるような熱力学は物理ともかぶっている点がかなり多く、ボイル・シャルルの状態方程式と三態における熱運動の状態を理解しておけば、あとは量子力学や電磁気学、電子の世界に入る。
つまり、暇なのだ。
「あれ、アリア君は何読んでるの? 教科書じゃないよね」
「……魔術師四家って知ってるか?」
「あー、えっと。魔術師の中でも一番すごい四つの家系だっけ」
「そうだ。魔術の四元素たる火の属性を極めたとされる魔術家系の最古参だよ」
「なんで火属性だけなんだろうねー」
「それは四つの属性の中で火属性の魔術が一番難しいからだ」
「そうなの?」
「魔術の属性には四つあるとされた。火・水・風・土。現代の魔法学における分類に当てはめてみると土が化学結合操作、水と風が流体操作、そして火がプラズマ操作だ」
「火ってプラズマなの!?」
「ああ、まあな。プラズマ操作は化学結合操作と流体操作、それに加えて温度操作や、場合によっては圧力操作や電磁場操作なんかも加わってくる。水・風・土。四元素における他すべての属性を兼ね備えているからこそ火属性は四元素の中で一番格が高いとされていたんだ」
「それで火属性の魔術を極めた家系がそのまま魔術のトップになったと」
「そういうことだ」
「じゃあ、その四家についての本なの?」
「いや、魔術師四家にはそれぞれ家を代表する魔術があるんだがな──」
アーベライン家初代当主が開発した「
ベルツ家二代目当主ドミニク・ベルツが開発した「
カペル家現当主ブルーノ・カペルが開発した「
ディーゲルマン家16代目当主エルヴィン・ディーゲルマンが開発した「
「──の四つがあるんだが、そのうちのフラム・ランツの参考書がこの本だ」
「魔術師四家って本当に火属性ばっかりなんだね。しかも一つの魔術に参考書一個って……」
レティシアの前にはデカデカと分厚い教本が開かれていた。思わず目をそらす。
「ちなみに、それってどんな魔法なの?」
「高温のプラズマを白びた槍のごとく射出し対象を貫く対人魔術の最奥。とりわけ高速度で射出できないとされたプラズマを、これまた不可能と思われたローレンツ力を利用した次世代型レールガン機構によって射出する戦術級魔術の一つさ」
「今、それを調べてるわけなんだ」
「ああ、もともとプラズマっていうのは高速度で動かくすのは不可能とされていたんだ。気体を動かすには流体操作を使うしかない。けれど、流体操作じゃ空気抵抗の多い大気中を十分な速度で運動させれなかった。初代アーベラインは若かりし頃フラム・ランツのプロトタイプとしてプラズマを圧縮し一点開放することによって放射する圧縮式を開発したわけだが、加圧分の圧力が体積膨張によって相殺された時点で引き戻し現象が発生して使い物にならなかった。そこで、これまた不可能と言われたプラズマによるレールガン機構を振動する電磁場によって再現することで……」
「……あれ? どうしたの?」
「──悪い、しゃべりすぎた」
アリアは基本話し上手だ。話せと言われれば場をつなげるし、発表やスピーチなんかに至ってはそこらの大学生よりちゃんとできる。しかし、聞き上手ではない。
故にしばしば聞き手のことを考えずにしゃべってしまう傾向にある。コミュニケーションは共同作業だ。相手が成り立たないチームワークにおいて独りよがりな行為は下劣以外の何物でもない。それを十分に分かっていたからこそアリアも話す量には気を付けていたのだが、自分の好きなこととなると我を忘れがちであった。
「? 聞いてたよ?」
「いや、つまらないかと思ってな……」
それで何度も苦い思いをしたことがある。事実、アリアの話はそのレベルについていけないものからしたら退屈で「話が長い」とか「つまらない」といった印象を与ええる。最近はこういうこともなかったのに、なぜ今になってこんな失態をしてしまうのか。アリアは自分で自分を叱責する。
「ぜんぜんそんなことないよ」
「……本当か?」
本人が言うのだからそうなんであろうが、それでもなおアリアはレティシアの顔色をうかがう。
「そりゃあ、アリアくんっていろんなこと知ってるからたまにわかんない言葉とか出てくるけど、私が質問したらちゃんと説明してくれるでしょ」
「そりゃあ、まあ」
聞かれているのだから本人が求めるまで説明するのは当然のことと思っていた。
「ほら、私ってあんまり頭よくないでしょ」
「確かにそうだな」
「うっ、改めて言われるとダメージが……けど、そうだね。そのせいで私は周りの人から説明を放棄されたことがけっこうあったの」
「……」
耳障りのいい話ではないなとアリアは思った。
「最初のうちはみんな一生懸命説明してくれるんだけど、私が質問してるうちに「まだそこを理解するには早いかな~」とか「ちょっと難しかったね〜」って言われるの。たぶん、みんなも悪気があって言ったわけじゃないと思うけど……」
「でも、それは……」
「私って「あれなんで?」「これなんで?」って疑問に思うとなんでも人に聞いちゃう質なの。だから説明されてる時も途中で別の質問をたくさんしちゃって、それで説明してる人は嫌になっちゃうんだよね。自分ではわかってるんだけど……話してる人は一番最初の説明がしたいのに、私はその途中のことについて聞きたくなるから、それで最終的に話す人がもういやーってなるんだと思う」
「それも込みで説明するのが説明を求められた人の役割だろ」
「あはは、そうなのかな」
ニハハと彼女は笑う。その笑顔にいつものような元気はあまりなかった。
「だから、私は見捨てないでほしい、と思う。理解力はないし、たぶん途中で何個も別のことを聞くと思うけど、頑張って理解するから説明するのを諦めないでほしいの。ちゃんと理解したいから最後まで説明してほしい。無茶ぶりを言ってるのはわかってるんだけどね。その点、アリアくんは何個質問してもずばずばっ!って答えてくれるから、助かってるんだ……ありがとね?」
にっこりと彼女は微笑む。その顔に嘘やごまかしはなかった。
ああ、きっと俺がしゃべりすぎてしまうのは彼女が聞き上手だからなんだなと、アリアは一人納得する。
「……今の授業は聞かなくていいのか?」
「あっ、そうだった!」
「よければ説明するが」
「大丈夫! 私もアリアくんに教えられてばかりじゃないよ! ちゃんと一人でだって勉強できるんだから!」
ふんすと教科書に向かうレティシア。
「……アリアくん、この実在気体の状態方程式って何? 理想気体と何が違うの……?」
「……ふふっ」
「あー、今笑ったー!」
「すまん、すまん」
呆れと同時に安堵と一抹のうれしさを抱いた自分がいたことをアリアはまだ気づいていない。
■「不穏な影」■
「じゃあね、アリアくん」
「ああ、また」
四時限目の数学の授業を終えて私は屋上へと急ぎます。
今日の天気は快晴、雲一つない晴れ間に屋上でランチをすることになっていました。
メンバーは私とエイリーン、その友達ジンジャーさん。
ジンジャーさんは少し癖が入ったブロンドのかわいらしい子で、よくエイリーンさんと一緒にいます。性格は少し自信なさげですが、聞いたところ流体操作が得意とか。確か四年生の後半とか五年生から習うはずの授業だったはずだけど、この学校の生徒はみな予習をしないと死んじゃう生き物なんでしょうか。
「おまたせ、待った?」
「ええ、待ちくたびれたわ。早く来てちょうだい」
エイリーンさんはティーカップ片手にすまし顔でそういいます。テーブルには紅茶を入れるものと思しきセットが並んでいました。同じで気にジンジャーさんがいます。
「エイリーンさんは紅茶が好きなんだね」
「まあ、そうね。好きであることには間違いないわ」
「こだわりとかあったりするの?」
「こだわりねぇ。人並じゃないかしら」
「例えば?」
私がそう聞くと彼女は少し顎に手を当てて
「ティーポットは当然二つ。茶こしに茶葉を入れてただ通しただけのお湯をティーポットに入れる人もいるけど、あれは最悪よ。そのために大量に茶葉を使ってるけど、それじゃあいくら濃くなっても深層の味わいは引き出せない。はっきり言って茶葉の冒涜ね。砂糖水でも飲んでいればいいんじゃないかしら」
ひどい言い様です。
「お湯は大きな泡が出るまで沸騰したのがいいわ。先にティーポットを温めておいて茶葉をできる限り高温のお湯で蒸らすことによって茶葉に封じ込められた味わいや風味を最大限引き出す。時間も重要ね。長ければ余計な苦みが出て味わいが煩雑になるし、短ければ茶葉を完全に引き出しきれない。浅い味わいしか出ないの。だから、時間には正確でなくっちゃね。私は手元の懐中時計で計ってるわ」
そういってエイリーンさんは私に進駐色の懐中時計を見せてくれます。
「蒸らし終わったらそこで茶こしに通してサーブ用の二つ目のティーポットに入れる。コーヒーと同じようにペーパーフィルターなんかを使う人もいるけど、あれも駄目ね。茶葉を超すときには最後の一滴をゴールデンドロップと呼ぶの。紙製のフィルターなんか使ったら、それが抽出できないじゃない」
随分と熱心に紅茶について語ってくれます。まるでアリア君みたい。
「お湯はどうやって沸かしてるの?」
「温度操作で毎回わかしてるのよ」
「ええっ、大変そう」
「おいしい紅茶のためならどうってことはないわ」
水の温度操作は以外にエネルギーを必要として、沸騰させるのに相当の魔力量が要ります。すごく大変そうなのに、彼女はなんてことないと言わんばかりに紅茶を傾けます。
「そういえば、ジンジャーも紅茶好きだったわよね」
「え。う、うん」
ちょっと控えめにジンジャーさんはうなずきます。
「よかったらいくつか茶葉贈りましょうか」
「いやっ、いいよそんな。私にはもったいないし」
「あらそう。結構自信あったんだけれど」
エイリーンさんは少ししょぼくれます。こういうところもアリア君に似ています。
「ジンジャーさんはいつも何してるの?」
「なっ、何っていうと、、魔術の勉強とか?」
「魔術の勉強以外で」
「ええっ、ヴぁ、バイオリンとか?」
「え!?ジンジャーさんバイオリンできるの!?」
「う、うん」
「ジンジャーは実はお嬢様だからね」
「エイリーンやめてよ……」
「へぇ、すごいなあ」
「この学園にはそういうの多いわよ。なんてったってヴェルリア有数の魔法学園だからね。お嬢様みたいんのも多いのよ。ほら、アンジェとか」
「あぁ……」
改めてスケールの大きさを実感します。こんなところに私は合格したのでした。
「確かに、校舎も広いもんね」
おもむろに手すりに触ります。向こうのほうをちらりと見ると──
「あっ、アリアくんだ!」
「あなたアリアのことがほんとに好きね」
「ええっ、そんなふうにみられてたの!?」
「そりゃあ、よくあのアリアに近づくものだと感心してたわよ」
「ん?」
エイリーンさんがそう話す中、私は何か違和感を覚えます。
「あれ、なんか、あれ?」
「どうしたの?」
「いや、あれ!! ドラゴン、ドラゴンが浮いてる!! 浮いてるよ!!」
「そりゃあドラゴンだから飛ぶでしょう」
「違うの!飛んでるんじゃなくて浮いてるの!」
「なーに、もう……」
エイリーンさんが重い腰を上げてこちらへとやってきます。すると、アリア君のほうを一瞥して
「ああ……あれはアリアが浮かしてるのよ」
「えぇっ!? ドラゴンを!?」
「ああしないとドラゴンのお腹って拭くのが大変なのよね。一度実習でやらされたことあるけど、二度としたくないわ」
「いやいや! 体重2トンの大型動物だよ!? 毎秒10000ジュールだよ!?」
「あら、よく知ってるじゃない。計算早いわね」
「驚くとこそこじゃない!」
驚く私に対してエイリーンさんはひどく冷静です。また紅茶を口にして、ジンジャーさんもどこか居心地悪そうで、それでいて驚いていない風でした。
どうして驚かないんでしょうか。むこうでは鱗に覆われた巨体が軽々と持ち上げられているのに一向に興味を示しません。
「えぇっ!?いやっ、ええ!?」
「どうしたの」
「いや、えっ、みんなあんなことできるの!?」
「まさか、そんなわけないでしょ?」
「あ、あの──」
「ねえっ、どういうことジンジャーさん!?」
「ひぃっ!」
私が詰め寄ると小動物のような声をあげるジンジャーさん。
「気をつけなさい。その子、ハムスターよりも臆病だから」
「ああ、ごめんなさい。それで、どうしたの、ジンジャーさん?」
「あと、えと、学園では結構見慣れた光景なので、中学からの内部進学生なら結構有名というか、みんな知ってる話だったりします、です……」
「いやあ、それでもドラゴンは……」
「アリアならやるでしょ」
エイリーンさんは突き放すように言います。
「アリアくんってやっぱすごいんだ……」
改めて、すごい人とかかわってるんだなぁと実感しました。
◇◇◇
翌日の一時限目、今日はベクトル操作の授業です。
「──というわけだ。……そうだな、本来は流体操作の授業でやることなんだが、流体操作は知っての通りベクトル操作の応用によって成り立つ。さわりぐらいは学んでおいたほうがいいだろう」
そういってティム先生は私たちを見回すと
「ジンジャー」
「は、はい!」
「確か流体力学について学んでいると聞いたが、竜巻をここで発生させることはできるか? 教室を荒らさない微弱なので頼む」
「あっ、あのっ……わかりました、やってみます……」
ジンジャーさんは駆動音が聞こえてきそうなぎこちない動きで前に出ます。
「みんなから見えるように教団の前らへんで頼む」
「は、はいっ」
「じゃあ、始めてくれ」
先生の合図を聞くと少しだけ逡巡してジンジャーさんは魔術解析を始めます。
流体操作で行う魔術解析は二つ。空間解析と流体解析です。流体解析はベクトル解析の応用で空気の流れとかを調べるものだそうです。
続いてジンジャーさんは魔術の建造に取り掛かります。魔術解析によって手に入った情報をもとに前提命題を構築、その上に日ごろ研究している論理命題を構築して結論命題を先ほどの二つによって導出します。
魔術を建造している光景は、魔力が微弱な光を出すので傍から見ると本当に塔のような構造物が立ち上がっていっているように見えます。
まるでお城の建設のような圧巻の光景が教室を包み込んだあと、十秒ほどで魔術が完成しました。出来上がったシステムである魔術に魔力を込めると、教壇の前にひゅるひゅると空気の渦ができていきます。おお、と教室がどよめきました。
「あっ」
しかし、人の身長ぐらいまで育った竜巻が、突然流れを乱し瓦解してしまいました。
「惜しい。流線が乱れたな。けれど、魔術の構築は素晴らしかった。よく勉強している」
「あぅー……」
「どんまい、惜しかったわね」
「緊張して……いつもは大きな竜巻しか作ってないから……」
落ち込むジンジャーさんをエイリーンさんがなだめます。
「じゃあ、そうだな……アリア、できるか」
隣にいるアリア君が指名されます。
「できますけど、たぶんそんなに見えないと思いますが」
「ダストスティックで煙を出すから問題ない」
「いくつ作ればいいですか?」
「できれば二つ。奥の席にも見えるように高めにしてもらいたい」
「わかりました」
そういってアリア君は前に出ていきます。
すると、一秒もたたないうちにいきなりエッフェル塔のような大きな魔術構造物が現れ、あたりに解析空間を展開すると教室中の空気の流れが変わり、あっという間に天井まで届かんばかりの大きな、それでいて教室の紙や鉛筆を巻き上げない程度の竜巻が二つ、教壇の左右に出来上がりました。今度はどよめきさえ起こりません。
「あう~……」
「きにしなさんな、比べるだけ無駄よ」
エイリーンさんはさらに落ち込むジンジャーさんに声をかけます。
「ねえ、フリーダさん」
「なんだい?」
私は向かいの席に座っているフリーダさんに話しかけました。
「流体操作って五年生とかの内容でしょ?なんでみんなできてるの?」
「確かに予習してる人は多いけど、それはこの学園に意欲の高い人が多いだけだよ。とりわけ、アリア君はね」
「へえ~」
やっぱり、すごいです。
「それに、竜巻とかは五年生後半、下手すれば六年生で習う授業だし」
「えっ!?流体操作は五年生前半か四年生ってきいたんだけど!?」
「流体操作はそうだけど渦を勉強するにはちゃんと流体力学を学ばなきゃいけないからね。数学の分野の方のベクトル解析をちゃんと学ばないと……回転と発散ぐらいは理解してないとね。実用は難しいよ」
「それをあの二人は理解してるってこと……?」
「それも中学生の時から」
はあ~と私は息を漏らします。ここまでくるともはや次元が違います。
「みんなすごいなぁ……」
「それでも、レティシアさんのベクトル操作もなかなかだよ?」
「え、そう? まあベクトル操作には自信あるからね!」
「難しい操作は苦手みたいだけど、教室で見せたあの跳躍。あの出力は私も出せないし」
あっ、そっち。なにか、座学を褒められたと思ったのに実技教科を褒められた気分です……
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