第1話 蛟龍〜水の拳〜 第三十節

 あきらの話はこうだった。


 まず、ナディアが彬の養女になる事で、独身の彬では養育権が無い筈なのだが、妻が居る『らしい』為、夫妻に引き取られるという形になるようだ。

 次に彬は大阪のアパートを引き払い、福知山市内に部屋を借りたのでそこにナディアも住む事、それに伴いナディアは福知山市内の中学校に転入する事、大きくはその3つだった。


「そんでナディア、お前の意見は何か有るか?」

 彬がナディアに聞く。

「意見カ……ソレと言ッテ無いガ、私の存在ガ世間ニあまり広マルとマズイのデハ?」

 ナディアはそう答えた。

 それを聞いた彬は、

「そうやなぁ、派手な事やらかしてニュースにでもならん限り大丈夫やろ」

 と、楽天的に答えた。

 そして、

「あとは……手荷物以外の荷物は有るか?」

 と訊く。

「イヤ……先日買ッタ衣類位ダ」

 ナディアが答える。


「よっしゃ、ほんなら早速やが、アパートへ向かおか」

 彬はそう言うと、テーブルに広げた各種の書類をアタッシュケースに仕舞い、

「服やら何やらもついでに運ぶか、部屋はどこや?」

 と言った。その言葉を聞いたナディアは、

「案内スル」

 と席を立ち、現在身を寄せている那美の部屋へ彬を案内した。


 それからしばらくして、両腕に荷物を一杯抱えた彬と、手荷物を両手に下げたナディアが廊下に現れ、ナディアが静江と那美、そして照真と亜美と小菰に、

「短イ間ダッタガ世話にナッタ、マタ稽古を受けニ来ルからヨロシク」

 と言いつつお辞儀をして、

「ナディア〜、玄関開けてくれ〜」

 と彬に呼ばれて玄関の扉を開けて、彬のフルサイズバンに荷物を積み込むと、助手席に乗り込んで彬と一緒に去って行った。


「行っちゃったね……」

 照真が那美の傍に来て言った。

「ああ、いきなり来ていきなり去って行ったな……とはいえ稽古は受けに来るようだが」

 那美が応える。


「ところで那美ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……部屋まで行って良いかな?」

 照真が雑誌を読んでいる静江と、さっきからずっとゲームで対戦し続けている亜美と小菰を交互に見てから言った。

「もちろん構わないが……」

 そう言って那美は先に立って部屋へ向かって歩き出した。


「アミーゴ、あの二人一体何の話ッスかね……?」

 小菰がいつの間にか愛称呼びになった亜美に言う。

「さぁ?他人の事はあまり詮索しない方がよろしくてよ……それより、もう一勝負ですわ!!」

 涼しい顔で答える亜美。


 那美がナディアと共に席を外している間に亜美と小菰の二人での対戦プレイが始まっていたのだった。

 その時に照真も対戦に誘われたのだが、格闘ゲームで遊んだ事が無い事と凄腕の二人な真剣勝負を是非見てみたいという申し出で、亜美と小菰とが対戦プレイを続ける事になったのだ。


 それから数戦、今の所お互い使用可能な各キャラは全て使って、キャラ同士の強さの相性で勝敗が拮抗きっこうしている状態だった。

 そしてテコンドー使いで勝利した小菰に、怪力自慢っぽい巨体のレスラーで亜美は対戦を挑んだ。


 那美がすぐには戻って来ない事が気に掛かった照真はそのタイミングで中座し、玄関の方へ向かうと、彬とナディアを見送っていた那美を見付けたのだった。


 那美と照真は廊下を無言のまま歩いて行った。

 そうしてナディアの荷物が無くなり、元の簡素過ぎる部屋に戻った那美の部屋に、那美は照真を迎え入れた。

 そして押入れから座布団を出し、照真に座るよう勧める。照真は座布団に正座すると、


「那美ちゃん、前に農協の前の広場で助けてもらった時の事なんだけど、大勢の男の子たちと乱闘になった時に、腕に巻き付けられた鎖を切ってたよね、それから、ナディアちゃんがウチに飛び込んで来た時も突き出されたナイフを叩き切ってた……」


「……」

 照真のその言葉に那美は答えず、目をつむって聞いている。


「そのどちらでも、那美ちゃんの手から青白い光が出ていたように見えたんだけど、那美ちゃんって、空手で身体を鍛えてるだけじゃなくて、何かその……特別な力があるの……?」

 怖怖こわごわとだがはっきりとした照真の詰問きつもんに、那美は目を閉じたまま、座布団に正座し、背筋を伸ばし姿勢を正すとゆっくりと目を開き、語り始めた。


「いつかは話す事になると思っていたが良い機会だ、ちょっと長い話になるが、話そう……。昔々むかしむかし、日本がまだ大和の国と名乗る以前の神代かみよの昔、大八洲国おおやしまのくにであった頃の事だ、遥かつ国、唐天竺からてんじく波提はだいという国の大王であった建御名方命たけみなかたのみことが外つ国の神として摂津に上陸し、各地に武勲と子孫を残しやがて信乃国しなののくにに入定し、諏訪大明神として崇めたてまつられる事となったのだが、その武勲の要となったのが、水天ヴァルナの加護であり、それこそが……」

 そこまで一息に話していた那美が右手を顔の横に差し上げ、手刀の型にすると、青白い光が右手全体を覆った。


「この『水の拳』だ」

 那美がそう言いつつ、手を握りしめると、青白い光は一瞬にして消え去った。


「やっぱり……見間違いなんかじゃなかった…その青白い輝き……」

 先日、あの時見た那美の手の光を改めてハッキリと見せられた照真は、額に汗を浮かべ、生唾を飲み込んだ。


「これは見せ物では無いし、人の手には過ぎた力だ。だが、生きて行く上で人の身ではどうにもならないような危機や困難に直面すると、度々使わざるを得ない時が来る……」

 訥々とつとつと語る那美。


 そして照真が言葉を失っている様子を見て、寂しそうに、

「遥か昔から受け継がれて来た力とはいえ、生まれながらにしてこんな力を持ってる私は、不気味だろうか……?」

 と照真に問い掛けた。


 すると突然、照真は那美に抱きつき、

「凄っっっごいよ、那美ちゃん!!」

 と叫んだ。

「ふぇ!?」

 いきなり抱きつかれて慌てる那美。


「だって、こんなに小っさくてかわいいのに、そんなに強い力を持ってて、でも乱暴につかうんじゃなくて、悪い人相手にも優しくて、それに…それに、私はそんな那美ちゃんに助けられたんだよ!!それも二回も!!!」

 そう叫びながら那美を強く抱き締める照真。

 照真の温もりが伝わって来る。


「て、照真ぁ……」

 いつの間にか那美は涙を流していた。


「私は、あの時、窓を破って知らない人が襲いかかって来た時に、もう駄目だ、って思った。でも違った。すぐに那美ちゃんが駆けつけてくれて、その凄い力で守ってくれた。私と、私のお父さんとお母さんの命まで救ってくれた。だから、自分で自分の事を不気味だなんて言わないで!!那美ちゃんは、強くて優しくてかわいい那美ちゃんは、私の、一番大切な人なんだから!!!」

 そう叫びながら那美を強く抱き締める照真も、いつしか大粒の涙をボロボロと流していた。


 それからしばらく、二人で抱き締め合って子供のようにわんわんと泣きじゃくった。


 やがて、二人は泣き止むと、どちらからとでは無く抱き締める腕を離すと、座布団の位置に間を開けて、照れ臭そうに笑い合った。


 そして、そんな二人の熱い友情の姿を襖の隙間から見つめる四つの目が有った。


「そんな所で覗き見してないで、用があるなら入って来たらどうだ、竜王院、それに小菰」

 既に気配で気付いていた那美が言う。

 だが、その口調は呆れたような口調でありながら穏やかだ。


 すると廊下側の襖がバッ!!と開き、腕を組んで立つ亜美と、済まなさそうに頭に手をやり、冷や汗を垂らしている小菰の姿があった。


「オーッホホホホホホ!!照真さんと那美さんの友情ラブラブ大スクープなお宝シーン、とくと拝見させて戴きましたわっっ!!!」


「いやー……お二人さんの邪魔をしちゃ悪いと思いまして、早々に退散するつもりが……申し訳無いッス」


 口々に『バッチリ見ちゃいました宣言』をする亜美と小菰。

 だがそんな二人の頬にも、涙の跡が残っていた。


「ちょっ、二人とも見てたの!!?やだもーーー!!!」

 顔を真っ赤にして両手で覆う照真。

 そのままやんやんやん、とかぶりを振る。


 那美は鋭い目付きになり、亜美と睨み合う。

 二人の眼光が火花を散らす。


「それでは、お話もお済みになった所ですし、わたくしと勝負して下さいましっ」

 亜美が大袈裟で挑戦的なポーズを取りつつ言い放つ。


「望む所だ!!」

 拳を握りしめ立ち上がる那美。


 ……そうやって勇ましく亜美にゲーム勝負で立ち向かった那美だったが、結果的には負けであった。


 しかも、それはもうメタクソのボロカスに連敗しまくった。


 世の中そう何もかも都合良く上手くいくものでは無いのである。



 ―――――――――――――――――――――


 夜が明けたばかりの木立の合間を緩やかな風が通り抜けていく。

 古来から千丈ヶ嶽と呼ばれるその山深くの雑木林の中に、不意に木々が途切れ開けた草地があり、その中央に周りの木々より一際大きい巨木があった。

 大人が腕を回しても半分程しか届かない立派な幹だが、梢を見上げてもその先に拡がる枝や生い茂る葉は無く、誰が何を用いて為したのか、幹の途中からが異様な角度で断ち切られている。

 そして、その巨木の前に少女が一人、幹の鋭利な切り口を見上げて立っていた。

 黒いおさげ髪を左右に垂らし白い空手道着を身に付け、腰には黒い帯を巻いている。

 足は砂礫混じりの草地を気にしていないのか裸足である。


 少女は険しいとも真剣であるとも取れる凛とした表情で、しばらく幹を見上げていたが、何かを決意したかのように頷くと、両腕を脇腹に沿って締めるようにゆっくりと曲げ、両足を肩幅程に開き息吹を付き始めた。

 やがて少女の息吹と共に辺りに霞が掛かったような大気のゆらぎが生じ、次の瞬間、

シャッッ!!」少女の右腕が消えたかの如く閃き、巨木の幹へ手刀が叩き込まれた。


 やがて少女は、構えを解き、身体を屈めて巨木の傍らに脱いでおいた鉄下駄を履くと、背筋を伸ばし木に一礼をし、草地を後にした。


 そして少女が立ち去った後に、巨木の幹はじわじわとずり落ち、地響きを立てて落下した。


 その少女の名は御槌那美みづちなみ―――――

 その身に宿りし力は神之剣、森羅万象あまねく全てを断つ。



 ――――――――第2話に続く――――――――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

建御名方之剣 タントラム @Tantrum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ