第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二十三節
篠山町の東西を繋ぐ府道の旧道である通称『
篠山町の東部にあり竜王院家が経営する
「確かに血痕が続いているな……」
あちこちに散らばっている枝や葉を踏みしめながらトンネルへの道を車で進む内に、何かを引き摺った跡の上に点々と続く血の痕が鮮明になって来た。
「あのトンネルの
道が悪い為低速で慎重に進みながらトンネルの前に車を付ける。
「ナディア、中を見て来るからライトを点けて待っててくれ、もし10分経っても私が戻って来ない時は、さっき言った通りに竜王院たちを連れて逃げるんだ」
那美が車外へ出ながら言う。
「大丈夫、那美ナラバきっと勝てるヨ、乙女ノ涙と乙女ノ口づけノ加護もアルんだからナ」
ナディアのその言葉に自らの唇に触れて顔を赤らめる那美。
今になって恥ずかしさがこみ上げて来る。
しかし、それと同時に大切な人を守りたい、という使命感と暖かな感情が胸の辺りに灯った気がした。
その那美の姿を見たナディアは、思い出したように身体を屈めると、車内の下から発煙筒を取り出して那美に手渡した。
「それにワザワザ危険なムカデの巣ニ入り込マナクても、コレでムカデをDefumada……煙で追い出してヤルと良いヨ」
「なるほど、それは良い手だな、ありがとう、ナディア」
発煙筒を受け取り一礼する那美。ナディアはサムズアップで応える。
「じゃあ行ってくる」
そう言って那美は旧道のトンネルへ歩を進める。
『
心の中で"水の練気"をイメージし、精神を集中させる。
これによって那美の身体は多少の攻撃では傷付かない、
とはいえ他の人間が見ても外見的には変わりは無いように見えるだろう。
車から見守っているナディアの目にも、那美の見た目は変わらなく映ったが、雰囲気が変わったのは感じられた。
それは、ナディアが侵入者として那美と日野家で戦った時とは比べ物にならない感覚であった。
小さな空手少女が戦車にでも変化したかのような変貌ぶりにナディアは額に冷や汗が伝うのを感じた。
もし別の場所であの那美と戦う事になっていたら無事では済まされて無かったかもしれない。
那美がトンネルに近付いて行くと、入り口は苔むしていて、上部にはかなり腐食が進行し、文字が薄れている『篠山隧道』のプレートが添え付けられているのが見えた。
内部は薄暗く、足元はぬかるんでいて、何か重い物を引き摺ったみたいな跡と血痕が続いている。
そして、何かが腐っているような強烈な腐臭が鼻を衝く。
そのトンネルの闇の向こうに目を凝らすと、車のライトが届くギリギリの範囲に、何やら通気用ダクトのような太い管があるのが見えた。
いや、管では無い。その下部には無数の脚が並んでいる。
通気用ダクトのように見えたのは巨大なムカデの胴体であった。
その全長は闇に溶け込んでいて見えないが、こちらに尻尾を向けた状態でずっと奥まで胴体が続いている。
なんという巨大さだろう……。
那美は、持って来た発煙筒を抜き出すと筒の先端の赤燐に擦り付けて着火した。
シュボッ!という音と共に火と煙が噴き出す。
その音と光に反応したのか、大ムカデの長い胴体が闇の中へ潜り込もうとする。
那美は発煙筒を筒にセットし、闇の奥へ投げ込んだ。
何が飛び出して来ても良いように構えを取ろうとする。
しかし、身体が構えを取ってくれない事に気付く。
無理も無い、人より巨大な化け物サイズのムカデと戦うなんて生まれてこの方無かった全くの想定外の事態なのである。
水影心を使って戦闘態勢には入った物の、どう戦えばいいのかなんて考え付きもしなかった。
ならばただ無我夢中で拳足を振るうのみだ。
人間相手じゃないのであるなら、フェイントなんて考えない全力の一撃を叩き込んでやる、この化け物め。
那美はそう覚悟を決めた。
一瞬の後、闇の中からコウモリが数匹、飛んで来たかと思うと、次の瞬間、
シャラシャラシャラ……と音を立てて大ムカデが那美の足元を目掛けて襲い掛かって来た。
那美の足首にその鋭い毒牙を突き立てようとする大ムカデ。
那美は飛び上がって回避する。しかし、着地した足にまた咬み付いて来る。
ぬかるみに足を取られて転んでしまえば絡み付かれて咬まれてしまうだろう。
だが足を滑らせる事無く着地する那美。
「ちぃっ!」
再び飛び上がった那美は、大ムカデの頭目掛けて、飛び下段蹴りを見舞う。
だが、予想以上に硬いその頭に弾かれる。しかし、長い身体をくねらせて逃げようとする所を見ると、少しは効いたようだ。
すると大ムカデはトンネルの天井に這い上がり、那美の頭目掛けて落下して来た。
その巨体を使って抑え付けに来るつもりか。
落下して来た大ムカデの巨大な毒牙が那美の頭を捉えようとした瞬間、青白い光を発した那美の
地面に落ちて全身をくねらせて悶える大ムカデ。
その全身から闇より黒い煙が噴き出すと、その巨体はみるみる内に萎んで行った。
やがて20cm程の大きさに縮んだムカデは、元来の生命力の強さから、青緑の液体を撒き散らしながらクネクネと身体をくねらせる。
ムカデが元の大きさに戻る様子を見届けた那美は、トンネルの奥に進んで発煙筒を拾い上げると、ムカデの元に戻って、身体をくねらせて苦しむムカデの身体を発煙筒から噴き出す炎で焼いて止めを刺した。
凄まじい異臭が辺りに漂う。
「終ったノカ?」
車に戻るとナディアが声を掛けて来た。心配そうな素振りが無いのは、那美の腕を信じていたからだろう。
そして『水の練気』を解いた那美の雰囲気から、元の那美に戻った事を察する。
「ああ、やはり"歪み"の影響を受けたムカデだったよ、思っていたより手強くは無かったが気分の良い物では無いな……それじゃ、竜王院の家に向かってくれ」
那美の言葉を聞いて車をバックさせるナディア。
「無事でヨカッタ、ナミ、Bom Trabalho」
左の手のひらを那美に向けるナディア。那美は右手を叩き合わせる。
そして車を待避所で切り返したナディアは、府道沿いの竜王院家へ向かった。
玄関を開けると、心配して待っていた亜美が那美に抱き着いて来た。凄い勢いで抱き締められる。
「竜王院、もう大丈夫だ。大丈夫だから、離して……ムギュ……」
亜美の熱烈なハグに苦しげに呻く那美。これはこれでかわいい。
「ハッハッハ、やっぱり亜美は那美ちゃんの事が大好きなんだな」
亜美の父・
「べ、別にそんなのではありませんわ……!!ん"ん"っ!?何だか煙臭いですわね……」
慌てて那美を押しのけつつ、今になって匂いに気付く亜美。
「ああ、トンネルで発煙筒を炊いてな……。おじさん、トンネルの中に居た不審な動物が逃げて行きましたよ、姿はよく見えなかったんですが、ここの豚を盗んで行ったとか亜美に聞きましたので……」
那美が哲也にそう伝える。
「何だって?そりゃ大事だ、豚達の様子を見に行った後でそっちも見に行かないとな……」
憤慨しながら豚舎の様子を見に向かう哲也。
後ほど、トンネルの内部を探索しに行った哲也が、変わり果てた姿の豚と、無数の鹿や狸等の異様な死骸を発見して腰を抜かし、警察に通報して『
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