【完結済】無感情な悪役令嬢がスパダリ王子の溺愛に気づくまで〜前世は飼い主であった令嬢と、愛犬だった王子の愛情物語〜

宮野入翠珠

第1話 異世界に転生ですか!?

「マイラ・カレンベルク! お前のような執拗に嫌がらせする悪女を、俺は妻にしたくない! 婚約破棄だ!!」


「こんな悪女が王太子妃になるなど、誰も認めない! 聖女のように慈悲深いエルネスティーネ様が王太子妃に相応しい!!」


 誰かが声高に言うと、賛同する声が会場に響いた――――





 瞼がピクリと動き、開いた。


(夢? 夢にしては随分リアルな夢だったなぁ)


 ベッドから上半身を起こし、手をおでこに当てた。断罪される夢を見て、身震が起こる。


 飼い主の起床に気づいた犬は、鼻を鳴らしてケージに前脚をかけて立ち上がり、散歩に行きたいとアピールしている。



 馬立うまたて茉依まいは一年前に黒柴犬を飼い始めた。


「福くん、散歩に行こうか?」

「ワン!」


 麻の葉柄のバンダナが似合う愛犬にハーネスとリードを付け、外に出た。


 早朝は空気が澄んでいて清々しい。

 通勤時間にはまだ早いこの時間は歩く人もおらず、のんびりと散歩する一人と一頭の大切な時間だ。




 茉依は両親に放置ネグレクトされて育ち、人と距離の取り方も分からずに孤立して成長した。

 

 人の感情も、場の空気を読むこともできない。


 ポーカーフェイスといえば聞こえがいいが、喜怒哀楽の感情がごっそりと抜け、どんなものなのか理解できない無感情なアラサーである。


 福はペットショップで売れ残っていた犬だ。


 通りがかった店の前で黒柴犬を見ていると店員に声をかけられ、見ていた幼犬と対面する。


 店員は、この子は人に興味を示さず飼い主候補が触れようとすると嫌がり、終いには威嚇する始末と、ため息混じりで話してくれた。


 黒柴犬は死んだ魚のような目をしていたが、茉依と目を合わせていると徐々に目が輝き、ぎこちなく尻尾を振り始めて。


 店員は驚愕の面持ちで幼犬と茉依を交互に見ていたが、好意を示してくれた幼犬と一緒いたいという思いが湧き、お迎えを決めた。




 今までの茉依には縁がなかったが、これからはこの幼犬と幸せに暮らせたらと思いを込めて「福」と命名した。


 福と過ごす日々は茉依の内面に変化をもたらした。

 福に対し、可愛くて仕方がないという感情が芽生え、一緒にいて安心したり心が温かくなる感覚を初めて体験した。




 今日は福を迎えて一年になる記念日で、福のためにさつまいもやかぼちゃクッキーを作り、赤身の牛肉を焼いてお祝いしよう。 

 

 プレゼントのおもちゃも用意した。

 気に入って遊んでいる姿を想像すると口元が緩む。




 交差点で信号待ちをして間もなく、歩行者信号が青になり福と共に歩き出した。


 突然、エンジンをふかす音とタイヤが鳴る音がして、横を向いたら目前に車が――――――


 目の前が緋色に染まった。










〘……守りたかったのに、守れなかった……大きな体で生まれたい。今度こそ守るんだ……〙





〘叶えよう〙



〘だ……れ……〙

 













 ……


(え?)



 …………!



(何?……)


 ――――――!!


(女性の……声?)


「マイラ様! 起きてください! 卒業パーティーに間に合わなくなりますよ!!」


 重い瞼をゆっくり開く。

 目に飛び込んできたのは、声をかけたらしい年配女性とメイド服を着た女性が四人並んで立っている姿だった。


(……メイド服。パーティー、何それ?) 


 上半身を起こして何度も瞬いた。胸元にはらりと落ちた髪は緩やかなウェーブがかかっていて、ライラック色の髪の毛だ。しかも、リラ色がメッシュが入っている。


「何コレ? ウィッグ!?」


 思わず髪の毛を勢いよく引っ張ってみると、プチッと小さな音とともに数本の髪が指に絡まり抜けた。


「痛い。え、うそ! 本物? 私、髪の毛を染めたことが無いのに、何でこんな派手な色になっているの? 私の髪って、こんなに長かったっけ?」


 寝起きの頭では状況が理解出来ず、髪を握りしめたまま呆然としている。


「マイラ様、変なことを仰らずに、早くお支度を!」


 ベッドから引っ張り出され、ぼんやりと立っているとパジャマを剥ぎ取られ、着付けをされていく。それはもう、テキパキと。流れ作業のようにドレスを着せられ、姿見の前に座らされた。


 薄い青紫のライラック色の髪に紫がかるピンクのリラ色のメッシュ、漆黒の天上で柔らかく光を放つ銀色の月のような瞳をした美しい少女が映っていた。


「…………誰? この子は誰なの?」


 姿見に映る少女をまじまじと見つめて振り向く。


「誰って……カレンベルク侯爵家のマイラ様じゃないですか。先ほどから変ですよ? しっかりしてください。今日は卒業パーティーの日ですよ」


 ドレスを着付けてくれた年配女性は髪を整えようと手を伸ばす。


(カレン……ベルク? マイラ様? 侯爵って、爵位があるの? なんで? 私は福と散歩中に――――)




 突然、頭を金づちで叩かれたような痛みが襲う。あまりの痛さに頭を抱えた。


「マイラ様?」


 年配女性は訝しむ声で名前を呼ぶ。




 目を閉じると画像が頭の中を通り過ぎる。巷では走馬灯と呼ぶ現象なのか、目まぐるしく画像が変わっていく。


(何コレ? なんなの? 中世のヨーロッパで貴族が着ているようなドレス? これはいったい……)


 パズルのピースがパチンとはまったように思えた。パズルの全容を見るように、この体が体験した人生が流れ込んでくる。





 彼女の名前はマイラ・カレンベルク。

 侯爵家の一人娘だ。

 ファーレンホルスト王国の王太子、フォルクハルト・ファーレンホルストの婚約者である。


 マイラとフォルクハルトは政略的に結ばれた婚約だった。


 幼いながらも侯爵令嬢としての振る舞いを身につけ周りから称賛を浴びていたマイラと、王子としてまだ自覚がなく、粗暴さが目立つフォルクハルト。


 貴族の目は厳しい。

 年相応にヤンチャだったフォルクハルトは、優秀な婚約者マイラの足元にも及ばないと貴族たちに見下され、蔑まれていた。


 フォルクハルトがマイラと比べられ、蔑まれていることに気が付いてからマイラに対し、妬み僻みを募らせてきた。


 その思いがフォルクハルトを歪ませるきっかけになったらしい。


 フォルクハルトはマイラがいても、居ないものとして振る舞っていた。

 マイラは居ないもの扱いをするフォルクハルトに対し、当たり障りなく過ごしていた。


 十五歳になり、王立高等学園に入学しても二人の関係は変わらなかった。




 ある日を境に、マイラから人々が離れていった。

 マイラを淑女の鑑と褒め称えていたその口は悪女、性悪女と正反対の言葉を吐く。

 マイラが遠巻きにされるようになった頃、フォルクハルトの隣には伯爵令嬢が並び立っていた。



 灰色がかった赤紫色、ローズドラジェの髪にライムグリーンの瞳を持つ可愛らしい女生徒だ。

 鼻にかかった甘ったるい声を上げ、フォルクハルトにしなだれかかるように腕を絡ませている。



 フォルクハルトはスプリンググリーンの髪にアンティークゴールドの瞳の持ち主だ。

 頭は良くないが見目麗しく、生徒には愛想がよく、女生徒から大変人気がある。



 生徒から距離を置かれたマイラは、嫌がらせ行為を受けるようになっていたが、嫌がらせに反応しないマイラに苛立ち、事態は酷くなるばかりで。

 耐えきれなくなったマイラは加害女生徒を咎めた。


 女生徒はマイラから嫌がらせを受けていたと嘘をつき、フォルクハルトに泣きついた。

 女生徒の嘘を真に受けたフォルクハルトがマイラに対し、見下した発言をしたことで、マイラは悪女のレッテルを貼られてしまったのだ。








「マイラ様? 大丈夫ですか?」


 年配女性の声で我に返る。

 

(さっきの記憶は何? 私は別人になってしまったの?)


 マイラに転生した茉依を中心に、卒業パーティーで誰も予想がつかない大波乱が待ち受けていると、このときのマイラ《茉依》は知る由もなかった。

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