第2話 藤咲 綾乃
午前
綾乃との恋愛ごっこを始めて数日が経った。クラスはこの状況に早くも慣れていたが、ぼくは慣れなかった。朝っぱらからしてくる綾乃のアプローチやいつの間にか埋まっていた外堀の野次はぼくにはキツかった。それでも今日は綾乃の事を考えようと思う。今この状況だからこそ、改めて綾乃との関係を整理しようと思う。
「おはよう、優。恋愛ごっこは私の勝ちになりそうだね♩」
「…おはよう、綾乃。そもそも恋愛に勝ち負けってあんのかよ。」
今のぼくを見て上機嫌になっている女子は藤咲 綾乃(ふじさき あやの)、幼馴染だ。詳細は省く(というより思い出したくない)が、数年前までは流行の本について言い合っていたが、今は事あるごとに彼氏について言い争っている。少女漫画や恋愛小説の影響で恋愛脳になったのは理解出来るが、ぼくが嫌がってるのにそれを押し付けるのは理解出来ない。改めて、ぼくは今の綾乃が嫌なんだと思った。
「「おはよう、優。」」
「おはよう、純、友和。」
「また今日も綾乃に負けてるのか?」
「…綾乃にも言ったけど、恋愛に勝負ってあるのか?好きか嫌いか以外に何があるんだよ。」
「…そう言われればそうだな。その勝負で嫌いになったら意味ねえしな。」
「…純ちゃん、優と付き合いたいの?」
「友達としてなら付き合いたいな。また昼休みに色々遊びたいし。」
「じゃあ、口を出さないでよ。これは私と優の問題なんだから。」
「…恋人としては口に出さないけど友達としてはあまり独占しないで欲しいと口に出したくなるね。」
2人は話し終えるとお互い睨んでいた。
「2人の言いたい事は分かるけど、優の気持ちを考える事が大事じゃないかな?ほら、それに予鈴も鳴ってるから席に着こう。」
友和の言葉を聞いた2人は渋々自分の席に座った。
…本当、ぼくの平和な学校生活を返してくれ。
気づけば中休みになっていた。机に寄りかかって呆然としていると誰かに肩を叩かれたので起き上がった。
「お疲れですなぁ…優くん。でも、好きな人に好きだと言われる時が一番良い時なんだぜ!」
「…誰だよ。急にそんな事言われても“はいはいそうですか”としか言えねえよ。」
「おっと、そういえば優くんは綾乃ちゃんのせいでクラスの自己紹介を聞いてなかったんだったな。オレの名前は白紅 猛(しらべに たける)。エッチな事が大好きな健全な男の子さ!オレの事は皆ピンキーって呼んでるぜ!」
堂々と自分の事を変態というピンキーにぼくは呆れていた。
「まぁ、その反応が普通だな。オレの事よりも綾乃ちゃんの事考えてくれよ。優くんの事を好きだと言ってくれたんだぜ?その思いに早く応えた方が良いと思うぞ。」
「…その思いに応えられないからだよ。綾乃の事は恋人ではなく友達だと思ってるから恋人として応えられないからだよ。」
「それならお試しで付き合っても良いんじゃないか?好きかどうか分からないし付き合ってみたら分かる事だってあるだろ。」
「お試しで付き合うにしても、それは恋人として好きかもしれないと思ってるから付き合おうって思えるんだろ?友達として好きだと思って付き合う関係って恋愛関係なのか?そもそもお試しで好きになるっておかしくないか?」
「…じれったいからいやらしい雰囲気にしようかと思ったけど、優くん君真面目すぎるな!もう少し欲望に正直になろうぜ。綾乃ちゃんとヤレる所までヤるイッちゃう所までイッちゃう特別な関係になろうぜ!」
「そんな方法で特別な関係になったら俺は綾乃を恋人と見れなくなる。綾乃と特別な恋人関係になるのが目的じゃなくて恋人関係から特別を得るのが目的になるからな。」
「…優、そこまで私の事を考えてくれてたの?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので後ろを振り返ると、綾乃が身体を震わせながら顔を手で覆っていた。
「え…俺は綾乃とは友人関係だと証明してるだけだぞ?」
「そうだね、優は私の事本気で好きになろうとしてるから私の事を真剣に考えてくれたんだよね!ごめんね、いつも面倒臭そうにしてたから自分の事しか考えてないと思ってた。私も優の事を考える様にするね❤️」
ぼくとピンキーの話を聞いていた周囲のクラスメイトの一部は綾乃の言葉に頷いていた。
「…本当に勝負に勝ちたいのか自分を理解して貰いたいのか分からねえわ。」
「私は只私が優の事が好きだと伝われば良いと思ってるだけだよ。それ以外の事は考えてないよ。」
「だから、分からねえんだよ!もう綾乃が俺の事が好きなのは伝えてるだろ?何でまだ伝えようとするんだよ!俺が好きだと言い返すまで伝え続けるなら、それは綾乃が俺に自分の好意に対して同意を求めてきてるだけだろ!」
「!!!…優が好きだからそうしてるんだよ!優に好かれたいからそうしてるんだよ!!それが悪い事なの!?」
「だったら、俺に嫌われない様にやってくれよ!それが悪い事ではないにしろ、俺に嫌われたらそれは悪い事になるだろ!」
「…。」
ぼくの本音に綾乃もクラスメイトもしばらく沈黙していた。
「…まぁ、それはお互い納得いくまで話せば良いんじゃねえの?恋人や友達になるのに先ずはお互い理解しないと始まらねえしさ。だから、また1からやり直せば良いんじゃねえか?」
その沈黙を破ったのは純の言葉だった。純の言葉を聞いた皆は動き始めた。
「優、正論はかますのは良いけど余り周りを困らすなよ。言いたい事は分かるけどさ…優がそれで優が嫌われたら意味ねえだろ?」
「…分かったよ、俺にも悪い所があったみたいだから気をつける様にはするよ。それでも俺は謝らないぞ。俺が謝ったら綾乃を認める事になるからな。」
「それで良いよ、優は今の自分が好きなんだろ?今の自分のまま綾乃を好きになれる様にしてくれれば良いさ。」
「…ありがとう。」
本当に純は良い友達だ。
「そう言えば友和はどうした?」
「あぁ〜…友和は下ネタが苦手だから多分図書室にでも行ったんじゃないかな?」
「へぇ〜、意外だな。あの友和にも苦手なものってあるんだ。」
「苦手というか下ネタの何がエロいのか何が面白いのか分からないんだ。それで下ネタの会話の時は周りから避けられるから気を遣って自分から遠ざかるんだ。ついでに、チャイムが鳴る数分前に教室に戻るから時計代わりになるしな。」
「はぁ〜…下ネタが分からない人って存在するんだな。」
「悪かったね、下ネタが分からなくて。」
「おぉ、友和。噂をすれば影ってやつだな。朝はありがとうな、本当に助かったよ。」
「いつも優に助けられているからお互い様さ。」
「…優、突然友和が現れて驚かないのか?おれは驚いて何も言えなかったぜ。」
「まぁ、いつも友和はそんな感じで現れるから慣れちまったな。」
「…このクラスの空気、優がまた正論言って皆を困らしたかな?」
「大体それで合ってるぜ。俺は只俺なりに今どう好きになるのか考えたるだけなのにな…。」
「仕方がないさ。皆、自分が好きでいる為に自分が今好きなものを離したくないからね。優だって今の自分を手放したくないだろうし、綾乃だって今の優との関係を手放したくないだろうから。」
「…そうなのは分かってるけどさ。もう少し俺の事見てくれても良いと思うんだよな。」
「えっ、ちょっと…優、平然と会話してるけど何で友和は全部理解出来てるの!?」
「まぁ、いつも友和は…」
「…そんな感じで話してくるから慣れちまったなって言うんだろ?もう分かったよ、おれが悪かったよ。」
「…純、怒るなよ。」
「怒ってないよ…只余りの出来事に頭がついていけないだけだよ。」
「友和だから仕方ないと思うしかないのさ、俺も最初はそうだったから余り気にすんな。」
「2人共、僕をエイリアンみたいな地球外生命体だと思ってる?」
「一年間、友達だったけど正直そう思う時がありました!」
「おれは友達になって数日間だけど、先読みしすぎて預言者だと思う時がありました!」
「…2人共そう思ってたのか。」
「優…。」
3人で茶番をしていたら綾乃が真剣な顔でぼくを見ていた。
「…綾乃、少し言い過ぎた。ごめん。」
純や友和に言われて気づいたから綾乃に謝った。綾乃も綾乃でぼくと同じ様に今の自分でどうぼくと接すれば良いのか分からないと思ったから。
「そうだよね…優は私の為に頑張ってくれてるんだよね。待ってるからね。」
「…はぁ〜……。」
盛大に溜め息をついていたらチャイムが鳴っていた。それを聴いたクラスメイトの面々は慌てて着席し始めた。
本当にどう好きになれるのか考えているだけなのに何でどう好きになりたいのか考えている事になるのか…。
小さな恋愛ごっこ 迷人 @meizin
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