いきなり裸を見ちゃったカントリーガールとひと夏を、スローじゃないライフで

おれごん未来

第1話 6月22日 渡米初日からお祭りに行けば

 たったのひと房。


 全て荷物を出し終えたはずのバッグの片隅に、ちょんと残ったラベンダー。

 税関で見つかれば種や花粉の密輸だと騒がれて大目玉のはずが、厳格な彼らもさすがにひとかけらでは見落としたらしい。


 ついとつまんで。


 やはり吸った。おもいっきり。

 青く小さな花の集合体は、たったそれだけとは思えないほどの強い香りをもたらして。


「ああ……」


 それと紐づけられた事柄を呼び覚ます。


 オレゴンだ。


 アメリカはオレゴン州。

 ひと夏を過ごした、念願かなって訪れた語学留学、カタカナで言うとホームステイ。

 予期せぬ形で始まり、思わぬ終わり方をした今年の夏。


 とても短い。

 とても短かったオレゴンの夏。

 彼女と共に過ごした特異な今年の夏を、追憶のオレゴンを振り返る。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 目の前に居るのは190センチ超えの大男。

 ホームステイ先の親父さんからお家の使い方について手ほどきを受けるのはいいんだけど。


 めっっっっっちゃくちゃ長い。


(これ、あと何時間つづくのかなあ……?)


 最初に時計を見るのを忘れたからスタート時間は不明だが、わかっているだけでも2時間以上なのは間違いない。


 そりゃあいいよ、親父さんはお酒を飲んですっかり上機嫌。こっちはたらい回しの後のうえ、時差でフラフラなんだ。


 今度はじめたのは暖炉の使い方。

 そんなの僕が直接使う時ないよ、だって夏が始まる時にきて、夏が終わるより先に帰るんだ。


 そろそろそれを言おうとした時に、上にずらりと並べられた写真立てに目がいった。

 そういや、事前情報でふたり家族って確か。超絶幼妻ではないだろうから、これは娘さんでまちがいない。

 それで。


「僕と同じくらいの娘さんがいらっしゃるんですね?」

「ああ、ソフィアいうねん。今日は祭りに行っとんねや」


 クラス写真があった。

 ソフィア・M・シューメイカー。これはかなりの美人さんだ。


「へぇ、お祭りに。え? でも、もう8時を回っていますよ? 心配じゃないですか?」

「ええねん、ええねん。もうちょいしたら帰ってくるさかい」


 そうは言うけど。

 こんなかわいい娘さんが周りに家もない夜道をひとりで?

 危ないに決まってる。最近は景気が悪くて家を失った人が出歩いているって、この家に送ってもらう時に聞いた。それに親父さんの長話をどうにかして中断させたいところでもある。


 僕は逃げるように玄関へと向かいつつ。


「ちょっと迎えに行ってきます」

「お、ちょい待たんかい自分。ええねん。ええねやってあいつのことは」


 あとは二言三言、止める親父さんをふりきって外に出た。

 ああ、やっと解放された。


 僕みたいな留学生を急な話にもかかわらず泊めてくれるくらいだ、いい人なんだろうけど。話が長くて、お酒くさい。

 それにずいぶんとなまりがすごい。このあたりの方言なんだろうか。あのまま大阪弁みたいな英語を聞き続けていたらこっちまでああなってしまう。

 もっと普通な、若い人の英会話をこそしたい。


 とりあえず、なかば強引に家を出たものの。


 さて。


「ウソついておもてに出たけど、することなんてないもんな……」


 澄んだ空気。

 虫の音と動物の鳴き声と。

 ここは森の中の一軒家なんだ。


「行くか本当に、娘さんを迎えに」


 顔がわからないだろうとの親父さんの言葉に、家族写真をスマホで撮ってから出てきた。名前はそこに印字してある。


「ソフィア・M・シューメイカー、ね」


 家どころか街灯もない、でもまだ明るい。

 壁の時計が狂っていなければ確かに8時を回っていたはず。夕暮れどころかまだまだ日が高いなんて。緯度が高いとは聞いていたが——


「そうかサマータイム、どおりで。普通より1時間早いのか」


 少しくらい時間が下がっても夜道のひとり歩きじゃなかったのか。


 ……ま、いいよね。

 とりあえず散歩がてら行ってみよう。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 かなり距離があったが。

 1時間近くは歩いただろうか。涼しいオレゴンの夕暮れ時、散歩にちょうどいいとは思ったがこれほどとは。日本に帰っても趣味が散歩になりそうな勢い。


 『午後ぅマップ』の案内でやってきた。お祭りが開催されているというペニンシュラパークに。


 公園に入るやいなや、とんでもないものが目に飛びこんできた。口があんぐり、夢じゃないかと疑うレベル。


 目の前を横切るのはおじいさん。

 口の周りからアゴ、もみあげとも全部つながっている、真っ白なヒゲをたっぷりとたくわえたおじいさん。太っていて、頭はツルツルだ。

 そのおじいさんが……!


(はぅああ! ハダカああああああ?)


 ギリギリ大声出さなかったけどもぉぉぉぉ!

 な、なんで裸?

 公園内の歩道をペチペチと、かわいい足音を立ててはだしのおじいさんがゆく。

 足を前にふみだすたび、お毛々をツルツルに処理されたゾウさんが左右へかわいくゆれる、ゆれる。


 ぶらん、ペチン。

 ぶらん、ペチン。


「奇行種? あれが世にいう奇行種なのか?」


 2m級?

 食べられは……しないのだろうが。

 実に異様なものを見せつけられた。あんなおじいさんが棲息しているんだこの地域には。


「き、気をつけよ……」


 どころでは済まなかった。

 汗が眉間を通って頬へ流れる。


「ど、どういうことなんだここは……」


 肌色率の高さが尋常でない!

 白黒黄色、まるであらゆる肌色の海。何百人もいるのだ裸の人々が。

 この公園では、ひしめくように人々が、裸でそこらを歩いているぅぅぅぅ!


 そ、そうだったのか。


 ようやく合点が。

 なるほど祭り、これは裸祭りなのだ。理解、理解。


 そうそう、日本でも一部あるらしいもんね。ほとんど全員がすっぽんぽん、脱ぎっぷりがまるで違うけど。


 そうなると、彼女の目的は。


 そうかそうか。

 なるほどね。


「男の人の下半身を眺めにきたんだろうなぁ。気になるお年頃だろうし。あの家には娯楽も何もないみたいだったもんなぁ」


 そうつぶやいた次の瞬間、なんと本人とそこでばったり。


 まちがいない。あの写真の子、ソフィアさん。

 そうか、その可能性もあったとは。


 そうかそうか。

 なるほどねっ……!


「すっぽんぽんで自転車に乗っているぅぅぅぅぅぅ!」


 てっきり見物に来ていたんだと思いきや、まさかのガッツリ参加とは。確かに、よく周囲を見ると女性もかなり混じっている。

 あまりに驚きがつきぬけて声をかけてしまった。


「あ! あ、あ、あなたがソフィアさん?」

「はあ? 知り合い? ……知らねえやつ……。あ、まさかおまえが今日くるとかって留学生か?」


「イエスアイアムぅぅ」

「あ゛あ゛ああああ! 見たなああああ! 全部見たなおまえええええ!」


「ごめん、見ちゃった! 全部見ちゃったごめんんんんん!」


 胸を腕で隠しても、もう片方の腕はハンドルを離すことができない。しかも足はペダルをこぐのをやめられない。それでいろんなものがどうしても、見え隠れ、見え隠れ。

 自転車とは、足を完全に閉じてはこげない乗り物なのだっ。


「なんで家を出てきたんだよぉっ! 明日から面倒見てやるだろ! 明日からあ!」

「だって夜道が危ないと思って、それで迎えに」


「つうかおまえ、ついて来んじゃねえよ! なんでさっきからくっついてくるんだよっ!」


 いちいち言うことごもっとも。この件に関しては完全に僕に非がある。でも追いかけるのをやめるわけにはいかない。


 なぜなら。

 もっと間近でガン見したいから、じゃなくて。


「だって帰り道わからないから! 午後ぅマップって目的地しか履歴残ってないから! 家を登録して出るのを忘れたから!」

「わかったからついてくんじゃねええええっ!」


「だから道がわかんないんですってば! この人混みではぐれたら絶対二度と会えない。僕を置いて行かないでくださいいっ!」

「だったら目隠ししてろ、このエロ日本人んん!」


「じゃあ目をつぶるからふたり乗り——」

「ダメに決まってんだろ!」


 なんなんだその、いたずらっぽい輝くような笑顔は。


 ともあれ分かったことがある。

 話し方からしてたぶん、ソフィアさんはおてんばな人物だってこと。

 それと、全部見ちゃったスタイルはもちろん、かわいいってこと。






〜 ★ 〜 ★ 〜 ★ 〜 ★ 〜 ★ 〜


 この回は、全世界で行われているWorld naked bike rideにヒントを得て作劇しました。nakedとは裸のこと。直訳すると『裸自転車乗り』。『裸自転車祭り』と訳した方が合うでしょうか。

 オレゴン州ではポートランドで、Portland’s world naked bike rideが毎年開催されており——


 この続きは本作と並行する私のエッセイ、「変人おれごん未来の生存報告、あるいはひとりごと。第3作までの道!」にて詳しく語ります。


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