05◆先生とサシ

入学式が終わると、個々人に配られたプリントに書いてある教室に行く。

私は3階にある音楽室に行けとのこと。音楽室でオリエンテーションすんの?

しかもエレベーター使っちゃダメだから、3階まで階段で上がらなきゃいけないし。


さて、新入生が音楽室まで無事に辿り着けるのか?そんな訳なかろう!

スマホのアプリ『Welcome to KAMIDAMA』の中にある学校内地図を見るのだ。これは学校独自のアプリで、入学前にインストールさせられたもの。

アイコンは神霊高校の校章のマークになっていて、ベースが羅針盤、針の中心部分が白い菊の花を模した魔方陣のようなもの。学校内の地図と、授業の時間割、学生証、学校からの連絡メールが届くなどの機能がまとまっている、学校生活の為のアプリらしい。


「…あれ、そういやバドル居なくなってるじゃん」


目視した訳ではないが、何となく席を外しているのがわかる。左側がスカンと空いている感じだ。流石に常時張り付いている訳ではないらしい。


「まぁいっか……失礼しまーす」


ノックをして特有の重たい扉を開けると、中には先生らしき一人の男性が椅子に座って居た。


30代くらいだろうか。アゴに若干生えた無精髭が印象的だ。少し癖のあるふわっとした茶髪をゴムで縛っていて、首の後ろからちょこんと飛び出した短い髪が見える。

カジュアルな黄土色のセットアップに白Tと、何というか…如何にもモテそうだ。音楽室がバーに見える程の大人の色気と、アンニュイさが見事に同居している。


「…お、来たか。んじゃ、そこ座ってくれ」


先生らしきその人が座っているのは、1つの学習机を挟んで置かれている、2つの椅子の内の片方。

待って?なんでそんなサシ飲みみたいな座席なの?なんで私の分しか席ないの?


「あの、他の生徒は…」

「居ないよ。悪魔なんか連れてる奴はこの学校で俺とお前だけ」

「ど…どういうことですか?」

「あー、悪い。説明の順序間違えた。ま、いいから座んな」


仕方なくリュックを下ろして、先生の対面になるように座る。

先生の方から、香水の匂いが鼻腔を通った。洋酒のような甘くほろ苦い香りの中に、タバコっぽいスモーキーな感じ。

…うん、やっぱりモテそうだ。


「俺は艷無あでなしミツヤ、お前の担任だ。この学校は、加護を受けている霊的存在の宗教やジャンルによってクラスを分けていてな。悪魔連れてる生徒はお前だけだから、お前は俺とサシで授業を受けることになる。ま、一般教養の授業は集団だけどな」


マジかよ…私、このアダルトの象徴みたいな人とサシなの…

普通に気まずいし緊張するわ…なんか色気にあてられておかしくなりそうだし…


「それから…あ、そうだ。スマホ出してくれるか」

「え?はい」


ブレザーの右ポケットからスマホを出すと、先生は懐からプリントを取り出した。4回は折り畳まれているのでめちゃめちゃ見えづらいが、中には2つのQRコードが印刷されていた。


「これらのコードを読み取って、アプリをインストールしてくれ。それぞれ説明していくから」


言われた通り、まずは左のコードを読み取りインストールしてみる。

すると、かわいいおばけがマイクを持っているイラストのアイコンが現れた。アプリ名は『レイキャス』と書かれている。


「レイキャスは配信アプリだ。リモート授業の時に使ったり、あとは定期試験の様子の配信・アーカイブが見られる」

「えっ!?定期試験の様子の配信って、いいんですか!?」


めちゃめちゃカンニングじゃん!!いいの!?するよ!?全然する!!

てか、アーカイブって需要あるの…?テストやってた様子を後から見てどうすんの…復習とか?

あ、もしかして動画サイトによくある『study with me』ってやつ?動画に映ってる人と一緒に勉強するみたいな…

でも、それならわざわざテストの様子じゃなくていいんじゃ…?


「あ、また順序間違えちまった…ま、定期試験については追々な」

「はあ…」

「んじゃ、もう1個の方やってくれ」


追々ってなんだ…気になって朝も起きれないヤツだよそれ…こんだけ説明の順序間違えられたら先が思いやられるし…てかバトルの話まだ?

腑に落ちないまま右の方をインストールすると、またかわいいおばけが黄色のコインを持ってルンルン楽しそうにしているアイコンが。


「『カミカミインカム』?」

「学校から貰えるお小遣いみたいなやつだな。寮生活でバイト禁止じゃ食ってけないだろ?普段の授業で高い成績をとったり、定期試験で高い順位を取るとその分多くインカムが貰えるんだ。校内にある売店や食堂での支払いに使えるし、勿論外部のレストランとかでも使える。試しにログインしてみな」


アイコンをタップして起動すると、カミカミインカムのロゴが現れた後にカレンダーが映った。

どうやらログインボーナスらしく、例のおばけの吹き出しには「入学おめでとう!今日のログインボーナスは 5万 インカムだよ!」と書いてあった。


「5万インカム!?!?インフレだ!!」

「今月は稼げる行事が少ねぇからな。授業やテスト以外でもちょっとしたことで100円とか貰えるから、色々やってみたらいい」


確かに『デイリークエスト』の欄を見ると、ログイン何日で何インカム貰えるとか、授業に出るだけで100インカム貰えると書いてある。アプリゲームでの通貨がリアルで使えるみたいで、何だか楽しい。


「そんじゃ…説明も終わったことだし、自己紹介してもらおうか」

「えっ!?」

「新学期と言ったら自己紹介だろ、おもしれー自己紹介頼むわ」


おい、いきなり無茶振り食らったぞ…私この先生苦手かも!!

しかも一対一で自己紹介とかお見合いかよ…


「えっと、えーと…木屋根 桜です!えと…好きなものは犬と中トロで…」

「お。俺も好きー」

「あと、あとは……あ、ソシャゲが原因で悪魔と契約してしまいました!よろしくお願いします!!」


精々これくらいしか笑いがとれそうなエピソードは無い。もう名前だけ覚えて帰ってくれ。

私が勢い良く頭を下げて伝えると、艷無先生は黙り込んだ。頭上から沈黙が返ってくるのはなかなかにツラい。


「…ソシャゲが原因で、悪魔と契約だと…?」


え、やば。これ怒られるやつかな。

確かに、そんな簡単に魂売るなって怒るよね…私もそう思うもん…絶対人道的に良くないよねこんなの…


「ハッハハハハハ!!ソシャゲが原因で契約かよ!!ハハハハハ!!そいつぁ傑作だ!!」

「…こわい」


まさかの大爆笑だった。

この先生からこんなたっかい陽気な笑い声出ると思わなかったんだけど…怖いくらいうるさいし…


「いいじゃねぇか!魂の扱いなんざ生きてる内にゃわからねんだ、快楽の為に売っちまった方が人生楽しいもんな!ハハハ!!」


ああ…私、この人と同じ考え方なんだな…

…悪魔的だ…悪魔を選ぶ人もまた、悪魔なんだな…

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