第7話 あっというまの一日

 大通りよりたくさんの店がところ狭しと並び、店頭で声を張る人たち。活気づいたこの場所いちばは情熱に満ちあふれていた。


「みんな元気いっぱいですね」


「そうか? 毎日こんなもんだぞ」


「じゃあ毎日元気なんですね」


「そうはならねえだろ。みんな人が来るよう一生懸命なんだよ。毎日毎日、ご苦労なこった」


 ミルトは初めてだから知らないが、ダールは知っている。この場所が、静まり返った日が一度もないことを。常に声が響いて、にぎやかな場所だ。


「今日はいねえけど、音楽隊の演奏が聞こえるときもあるぞ」


「演奏! どんな感じなんですか?」


「タッタッタ~タラララタッタッタ~みたいな感じだな」


「えと、明るいとか楽しそうとかのほうです」


 ミルトが困惑すれば、ダールは大きなため息をつく。勘違いをしてとんだ恥をかいた。


「くそが。明るいぜ、とにかく明るい。ここと相性バッチリだ」


「聞いてみたいなぁ」


「毎日行けば聞けるんじゃねえか」


「毎日……」


 ミルトは気がかりなことでもあったのか、神妙な顔つきで視線を落とす。


 「毎日」が原因だろうが、ダールには想像もつかない。たかだが「毎日」になにがあるというのだ。


「どうした?」


「あ、いえ。ちょっと思い出したことがあるんです」


「なんだ」


「ボク、料理とかお掃除とか得意だったなぁって」


「なるほどな。他に思い出したことはあるか?」


「他はまだ思い出せないんです……ごめんなさい……」


「気にすんな。じきに思い出すだろ」


 なにかと思えば記憶に関することだった。けれど、「毎日」との関係性は分からない。


 ミルトは他にも言いたいことがあるのか、もじもじとしながら口を開く。


「あの、ダルミスさん。そこでなんですけど、お礼というかお詫びというかでボクに家事をやらせてください」


「かまわねえが、洗濯以外はやることねえからな」


「ありますよ。あの散らかった木箱とかどうするんですか?」


「放置」


「ダメです! ダルミスさんは知らないと思いますけど、あそこ虫がたくさんいたんですからね」


「いいだろ虫ぐらい。森の中なんだから諦めろ」


「ダメです。ボクは絶対に掃除します」


「そうか。じゃあ頼んだ」


「そしたら次は料理です!」


 ダールは今までと違うミルトに少し困惑する。前までビクビクして、おっかながってたのが嘘のようにいきいきとしている。


「ダルミスさんは苦手な食べ物ありますか」


「ねえよ。なあミルト、めしなら適当に……」


「よくないです! ダルミスさんはなんの仕事をしてるんですか?」


「炭鉱夫だ」


「ならしっかり食べないとです。体が大事じゃないですか」


 いきいきとしたオマケなのか、みょうにお節介焼きだ。ダールにしてみれば、よけいなお世話なほどに。


 ミルトは勢いこんでいるのか鼻息を荒くして店を見渡す。料理のことでも考えているのだろう。


「とりあえず食材を見て決めましょう」


「待てよ」


「えっ――」


 猪のようにぐいぐい進もうとするミルトに、思わずダールの左手が飛び出した。


 「ダルミスさん?」。ミルトに名前を呼ばれてダールはハッとする。とっさとはいえ、ダールはらしくないことをした。


「迷子になったらめんどくせえだろ」


「は、はい」


「……おい、いつまで握ってんだ」


 ダールはすぐに手を放したのに、ミルトはなかなか放してくれない。それどころか、ミルトはほのかに頬を赤らめて、ダールの手と顔を交互に見る。


「んだよ」


「ダ、ダルミスさん。このままじゃダメですか? なんだかすごく落ち着くんです。だからその、握って欲しいです……」


「はぁ。分かったよ、これで満足か?」


「ありがとうございます」


「ったく、調子が狂う」


 ダールは慣れないことをしたばかりに、全身にぶつぶつでもできそうな気分だ。

 ミルトの手はダールの手よりひと回りふた回りも小さく。力をいれたら簡単に壊れそうなほど柔らかい。いったいどう握れば正解なのか、ダールは頭を悩ませる。


 しかし、ミルトは悩むダールを知るよしもなく、生き生きとして楽しそうだ。ダールはそんなミルトを見て、悩んでいるのがバカらしく思えてきた。


「行きましょうダルミスさん!」


――――


 ガス灯がともる日没後の王国。店の多くは閉店して、人の通りもまばらになった市場をダールとミルトは歩く。


 紙袋で片手がふさがろうと、繋いだ手はほどけていない。ミルトは笑い、ダールはぶっちょう面だが、義理の兄弟にも見えるほど仲むつまじい。


「ダルミスさん。今日は楽しかったですね」


「そうだな」


「本当に思ってます?」


 ダールの適当な返事はミルトに見抜かれていた。ミルトは怪訝な顔でダールの顔をのぞきこんでくる。おおよそ、信じていないみたいだ。


「あたりまえだろ。ぶっちゃけタバコが吸いてえしなによりも酒が飲みてえがな」


「うわ、あたりまえ~とか絶対うそですよね。最後のが本心じゃないですか」


「どうだろうな」


「意地悪です」


 ダールがあやふやにして鼻で笑えば、ミルトはふくれっ面だ。


 実際のところ、ダールも楽しかった。見慣れた景色が、少しばかり新鮮に感じた。だが、ミルトにそれを伝える気はさらさらない。


「ボクはすっごく楽しかったですよ。ダルミスさんとだったから、きっとすっごくなんだと思います」


「変わらねえだろ、俺以外でも」


「そんなことないです! ダルミスさんだから、ソーバさんにシキメさんに会えたんです。いろんなとこに行けたんです」


「そうか?」


「それに、ボクはダルミスさんに救われたんです。あれだけ感謝しても、ボクはまだ感謝が足りないくらいです」


「気にすんなよ。再三いってるが、俺はあいつが気にくわなかった。それだけの話だ」


「だとしてもです。ダルミスさん、わがままだって分かってます。でも言わせてください。ボク、ダルミスさんと一緒がいいです!」


「あの狭い家でもか?」


「はい!」


 ミルトはダールの目をじっと見つめてくる。その目には、並々ならぬ覚悟が宿っていた。


 ダールはミルトの覚悟を受け取り、断ることをあきらめる。こういった目は、絶対に折れないとダールは知っている。


「はぁ。親が見つかるまでな。見つかったらさっさと帰れ」


「もちろんです。あ、帰ったあとはたまに遊びに行っていいですか?」


「好きにしろ。家にいるか知らねえけど」


「やった! それとダルミスさん、約束覚えてますよね?」


「ああ、もちろんだ」


「じゃあ約束はなんでしょう?」


「酒のうまさを教えればいいんだろ」


「正解です!」


 ダールがみごと正解すれば、ミルトの機嫌はぐんぐんと上向く。


 聞き慣れない……いや、ダールがここに来たときに教えたリズムを口ずさみ、いろいろと絶好調だ。


「ミルト。それは俺をおちょくってんのか?」


「おちょくる?」


「バカにしてるのかってことだよ」


「してないですけど……やめたほうがいいですか?」


「いや、悪意がねえならかまわねえ」


「よかったです。ボク、このリズム好きなんですよ。早く演奏も聞いてみたいほどです。あーあ、早く聞きたいなぁ」


「前も言ったが、ここに毎日来れば聞けるだろうよ」


「……ボク思いついちゃいました。毎日ダルミスさんのご飯を作れば、毎日ここに通えますよね」


「大変じゃねえか?」


「そんなことないですよ。こうやってお店を見るのも、人に会うのも、全部好きですから!」


 ミルトが変に気を遣ったのかと心配するが、ダールの気にしすぎなだけだった。


 陰りも偽りもない。純真無垢なミルトの笑顔は、本当の好きから生まれた笑顔だろう。


 ならば、ダールが止める理由はない。好きならば、好きなように、好きなだけやればいい。


「そうだダルミスさん。ボクもシキメさんみたいに、ダールさんって呼んでいいですか?」


「言っただろ。ダールでもダルミスでも好きに呼べって」


「じゃあ、ダールさん――」

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