第6話 最底辺の隊長
「シキメさん。ご苦労様です。君の成長は著しく将来が楽しみです」
「ありがとうございます隊長」
「次に君。というかまた君ですか。できることなら、君の顔を見ることは金輪際ないと願いたいですね」
「とんだご挨拶だなバラクラ。相変わらずネチネチと歯についた食べカスみてえなこと言いやがってよ」
「能のない言い回しです。出身が出身だけに底が知れますよ」
隊長と呼ばれる男はメガネを持ち上げて、人をバカにした目つきでダールを見上げる
黄金で縁取りされた純白のマントに鎧。隊長と呼ばれるだけあって、身にまとう装備は一級品だ。
だが、性格は三級のさらに下の下、最底辺だ。ダールがピキっているというのに、隊長は三白眼をすごませて好戦的だ。
「君が関わるとろくなことがありません。ドアに、壁に、今回の修理費はどこから出るんでしょうねえ?」
身振り手振りをまじえた隊長の大げさな態度はダールの神経を逆なでする。イライラはふつふつと溜まり、額に浮かび上がる青すじが1つ、2つと増えていく。
親玉を逃がさなかったのだから少しは労えと、ダールが露骨な舌打ちをこぼすも隊長の口撃は止まることをしらない。
「君の給料? それとも国のふところ? もう分かりますよねぇ?」
「うるせえアホ」
「ああ怖い怖い。暴力でしか解決できない、対話ができない。これだから教養が足りない人間は」
「隊長。今回は私の責任でもあるので、ダールさんを悪く言うのはやめてもらえませんか」
「すみませんシキメさん。短絡的な人間をおちょくるのは実に楽しくてね。ダルミス君、せいぜいご苦労様。邪魔だから帰っていいよ」
「ご苦労様」に労いはこれっぽっちもなく、「邪魔」の一言は隊長が思っていることの全てだ。隊長は相変わらず、ダールにだけ執拗にうざい。
ミルトは顔を真っ赤にして、去る隊長の背中におかんむりだ。
「なんですかあの隊長さん。すっごく嫌な人です」
「ミルトくんごめんね。信じてもらえないと思うけど、普段はいい人なんだよ」
「昔から俺にだけ、みょうにつっかかってくる。なにをしたわけでもねえのによ」
「すみませんダールさん」
「お前はなんも悪くねえ。これはあいつと俺の問題だ」
とは言ったものの、ダールに心当たりはない。いくら思い返しても、バラクㇻの恨みを買うようなことはしていないからだ。それなのに、なぜか恨まれて嫌われている。
理由を知らない以上、解決する方法はないが、理由を知りたくもない。バラクㇻと腹を割って話すなど、腹を割って死んだほうがマシだ。
「そういえばダルミスさん。隊長さんとは知り合いなんですか? その、関わるとろくなことがないって言ってましたけど……」
「まあな、いろいろあってな」
「いろいろ?」
「いろいろは、いろいろだ」
ダールが答えをはぐらかすと、ミルトはどこか不機嫌そうだ。「シキメさん」とミルトが言うも、シキメはそそくさと視線をそらす。
「ダルミスさん」
「なんだ」
「嫌じゃなかったら教えてほしいです。ボクだけ知らないのは嫌です」
「はぁ。ミルト、勇者って知ってるか?」
「分からないです」
「勇者ってのはな、魔王と戦える特別なやつだ。俺は昔それの候補として選ばれたんだよ」
「まっ、待ってください。魔王ってなんですか?」
「なんだって言われてもな……シキメ、なんなんだ?」
「ダールさん……。曲がりなりにも元勇者だったのなら覚えていてくださいよ」
「俺は実践以外でてねえから分からねえ」
重々しい空気で始まったダールの昔語りは、無知によって台無しになる。潔い告白にミルトは苦笑して、シキメはため息をつく。
「まったくもう」。シキメは呆れた様子を見せつつも、なんやかんやダールの代わりを務めてくれる。
「魔王はね、悪い王様だよ。魔族っていう特別な力を持った人たちを指揮して
「そんなやつだったのかよ、ひでえな、魔王ってやつは。今も生きてんのか」
「倒された……あ、いえ、魔王は倒されたんですよね」
「そうだよ。99代勇者によってね。けど、魔王の手下にはもっと強い家来がいたんだ。その家来に99代勇者は倒されてしまったよ」
「そりゃあ悲しいな。ま、とにかく俺はその勇者の次の候補になったんだ。そんで、そのときに
「そうだったんですね。なんだか、隊長さんよりダールさんの昔にびっくりしてます……。勇者にはなれたんですか?」
「素行不良で速攻落とされた」
「え」
「酒にタバコにギャンブル……サボりに……まあいろいろだ」
ダールが指折り数えていると、わんさか出てくる落とされた理由。
ケンカを売られれば即買いしてボコボコ。酔いながら実践に出たり、ギャンブルのために借金をしたり。
元から勇者になるつもりはないから気にしてないが、思い返せばずいぶんと好き勝手にやった。
「そろそろ仕事に戻らないとなので、私はここで失礼しますね」
「はい! また会いましょう」
「ダールさん、最後に1つだけ聞かせてください。私の戦いはどうでしたか?」
「タバコ吸っててほぼ見てねえけど……相変わらずいい動きだぜ」
「もう、また見てくれていない……」
「お前が負けるわけないって知ってるからだよ。勝っただろ、ちゃんと」
「勝ちましたけど、今回はミルトくんに怖い思いをさせてしまいました」
シキメはうつむいて、目にうっすらと涙をうかべる。
勝った、負けた。ダールにはそれが全てだが、シキメはそうではないため時々めんどうだ。
「反省してんなら、次はないようにがんばれ」
「がんばります」
ダールはいつも通り適当にほめたが、今回は裏目に出てしまった。
シキメはミルトの件を気にしてか、まだ落ちこんでいる
あまり使いたくない手だが、今後のためなら致しかたない。ダールはフッと息を吐いて、奥の手を使うことにした。
「あんまり気にすんな。お前のおかげでみんなが助かったんだから誇れ」
「そうですよ。それに、シキメさんすっごくかっこよかったです」
「二人とも……そんなに言われたら照れてしまいます」
「辛気くさい顔すんな、胸はって仕事行け」
「はい!」
シキメはいつもの表情と一緒にいつも以上の元気を取り戻す。ダールだけならともなく、ミルトにまでほめられたからだろう。
ダールは、奥の手を使ったことを軽く後悔する。ミルトにまかせておけば、こんならしくないことをせずに済んだ。そう思うと、小恥ずかしくなってきた。
「ダールさんがタバコを吸いに行ったの、てっきり本当に吸いたいからだと思ってました」
「ばーか、吸いたくて行ったに決まってるだろ。シキメが負けないのは建前だ」
「うわ、知りたくなかったです」
「本音なんて言ったらそろそろ刺されそうだからな。やめただけだ」
「がっかりです。最後にほめたのもですか?」
「そうだよ。あいつが気にしてると、酒を飲むときの話題がそればっかりでよ。酒の席が重いしまずいしで最悪になるからな」
「ダルミスさんのことを信じたボクがバカみたいです」
「勝手に信じて、勝手に残念がるんじゃねえ。そもそも信じたお前が悪い」
ミルトの呆れ顔に動ずることなく、ダールは冷たく淡々と言い放つ。
最初から全ての行動は自分のため。自己犠牲などの美徳をダールは持ち合わせていない。
「俺らも帰るぞ。時間は……分かんねえけど夕飯と明日の飯くらいは買えるだろ」
「どこで買うんですか?」
「あっちだ。俺たちが行ってないとこだな」
「指だけだと少し分かりづらいです」
「ったくめんどくせえな。最初に門くぐっただろ。で、俺らは左に行ったが右にも道があんだよ。そこだ」
「どんなところなんですか?」
「市場だ。食べ物から酒にタバコに、なんでもあるぞ」
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