第15話

社長室に入り、目深に被った大きな帽子を脱ぐと、彼女は大人びた笑顔を見せた。時折笑い声も聞こえるが、会話の内容までは聞こえない。幸か不幸か社長室はガラス張りになっており、中の様子がよく見える変わりに、外から覗くおれも見つけやすい。細心の注意を払い、物陰からそっと様子を伺うしかない。

「…例の企画……社内の準備……」

所々聞き取れる単語と、時折漏れてくる楽しそうな笑い声に、おれは頭がはち切れそうになる。

「山田君のことだが…」

社長から自分の名前が出たことで、全身の毛穴がカッと開くのを感じた。その瞬間に、聞き覚えのある電子音が廊下に響き渡る。

ピロリロピロ…


気がつくとおれは帰り道のコンビニにいた。非常階段を走って降りたのだろう、大粒の汗が首元を伝う。ここまでのタイムは現役の時よりも断然早かったに違いない。無意識に弁当とビールをカゴに詰め、レジへと向かう。

「山田さん!」

不意に声をかけられ、ハッと我に帰る。同時に少し腰が抜ける。なんとも間抜けな様子のおれを、その声の主は不思議そうに見ていた。


「タイミング悪かったんですね、すみませんでした。」

事情を説明したおれに、マナーモードにしておけと言わんばかりの不服そうな顔の彼女は、例の綺麗な声で形式上の謝罪をした。

無意識に2本買ってしまった缶ビールを、おれはおもむろに彼女へ差し出す。

「私、お酒飲めないんです。」

そう言うと、彼女はカバンから手帳を取り出し、何やらメモを書き始めた。

「一旦状況を整理しましょう。」

メモ帳には嫌と言うほど考えてきた人物名と特徴、その関係性が、スラスラとまとめられて行く。

「待って」

突然の大きな声に固まった彼女の手から、おれは手帳を半ば奪う形で覗き込む。

どのくらい経ったのか、おれはまた、今回の事件のいきさつを振り返っていた。やはりあの人しかいない。なんであの時気付かなかったのか。いや、気付いていたとして何ができる?

「…もう、いいですか?」

香澄の声に、張り詰めていた思考が少し緩む。ごめんと呟きながら、おれは手帳を返した。

少し時間をくれとだけ告げ、おれはその場を後にした。

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