第27話 海底の異界迷宮へ

 三団体による合同作戦会議の翌朝。多くの漁猟団員や海賊たち、そして、ギルドの仲間らが見守るなか、エルスたちは港町カルビヨンのふなつきにて、完成したせんすいてい〝ノーティラス号〟の進水式へと臨んでいた。


「すげェ……。本当に一日で完成させちまッたのか……!」


「ランベルトスからも、応援をしてもらってさ。徹夜の総動員でなんとかね」


「なんだか、かわいいね。丸くて。トゲトゲしてて」


 アリサの言うとおり、貨物船のきょだい金属竿クレーンげられた潜水艇は銀色に輝いており、全体的にえんがたを帯びている。船体の下方部分には、太いもりじょうの武装が多数取り付けられ、船と呼ぶにはいささか奇妙な形状だ。


「だろ? だから、あたしは〝ハリセンボン号〟って名前にしようって言ったんだけどさ。オーウェルさんが『どうしてもノーティラス号で』ってね」


「やっぱ、潜水艇なら〝それ〟かなって! ここはオーナー特権ってことで!」


 オーウェルが欠伸あくびをかみ殺しながら、真新しい船体に目を細める。おかへ残る彼女は仮眠もとらず、夜を徹して、作業の陣頭指揮を執ってくれていたらしい。



「そうだ、エルス。借りてた〝観測者のレンズ〟を返しとくよ」


「おッ、もういいのか?――ッて、なんだこりゃ?」


 ドミナから差し出されたアイテムは、おおむね平らな形状をしたてのひらサイズの魔水晶クリスタルばんだった。それは、ティアナが使用している、探索者クエスターよう魔導盤タブレットにも近い。


「悪いんだけど、に組み込ませてもらったよ。さすがにバラすわけにゃいかなかったんで、普通の魔導盤タブレットよりもなっちまったけどね」


「いやぁ、別にいいけどさ。俺、魔導盤こいつの使い方は知らねェぞ?」


「機能は最低限にしぼってあるからね。それを通して〝る〟だけで充分さ」


 エルスは言われるがまま〝かんそくしゃ魔導盤タブレット〟で、ドミナの姿をのぞき視る。彼の眼には相変わらず謎の文字や数列が浮かぶのか、反射的にから顔をらせた。


「うんうん、バッチリみたいさね。んじゃ、そろそろ出発といこうか」


「ああ……。いよいよって感じだな。オーウェルさん、行ってくるぜ」


「よしきた! それじゃ、フェルナンド船長。彼らをよろしく頼むよ!」


 オーウェルからの指令を受け、船長フェルナンドと漁猟団員らが、思い思いの敬礼を返す。続いて、エルスたちも貨物船へと乗船し、出航の準備が整えられた。


             *


「それでは、行きやしょうか。所定のポイントまでは、あっしらがお連れしやす」


「ノーティラスには最低限の機能しか無いからね。本当に〝ただもぐるだけ〟さ」


「オレたちは船上で待機し、万が一の対応にあたる。ノーティラスの操船はドミナたちがやるが――。エルス、アリサ、ミーファ、ティアナ。気をつけて行けよ?」


 事前の話し合いの結果、異界迷宮ダンジョンないへとおもむくのは彼ら四人。そして、潜水艇の運航にあたるのはドミナにザグド、数名の漁猟団員と海賊たちということになった。


異界迷宮ダンジョンって、わなとかもあるんだろ? ニセルがいりゃあ、心強いんだけどなぁ」


「ふっ。オレの義体からだは、海水が苦手でな。それに、がいるだろう?」


「うん! 異界迷宮ダンジョンなら、たとえ火の中、水の中ってね! 任せて、エルス!」


 いつになく上機嫌なティアナが独特なポーズを決め、全身をはずませながら気合いを入れてみせる。そんな彼女の様子につられ、エルスも満面の笑みをこぼした。


「そうだなッ! よしッ、頑張ろうぜ! みんなッ!」


「ホホホ、あまりさかるでない。本番の〝お楽しみ〟はこれからじゃ!」


 ヴィルジナからの指示のもと、エルスたちを乗せた貨物船は〝霧〟に包まれた海を進み、やがて、大きな〝うずしお〟へと到着した。


 あらかじめ周囲のかいじゅうらのそうとうにあたらせていたのか、霧の中にはうすぼんやりと、海賊船らしき影がいくつも浮かんでいる。



「すごいおおうず……。ヴィルジナさま、ここが?」


「うむ。この渦の底に、異界迷宮ダンジョンの入口が眠っておる。秘宝の姿はあくしたな? アルティアナ――そして、勇者エルスと勇敢なる仲間らよ。よろしく頼んだぞ」


「ああ。絶対に〝オディリスのともし〟を取ってくる。待っててくれよな!」


 目的のせんこうてんへと到着したことで、貨物船上にも、さらなる緊張が走る。


 そして、ぜんとしてられた状態のノーティラス号には即席のはしが装着され、乗組員らが続々と集合しはじめた。小型船であるためか、ドミナやザグドを筆頭に、選出された者らは小柄なドワーフ族やゴブリン族、ノーム族のみとなっている。


 その中には、エルスたちと行動を共にした漁猟団員・ドルガドの姿もあった。自身の元へと駆け寄ってきたエルスに気づき、ドルガドは水色の瞳で彼を見上げる。


「ドルガドさん! ありがとな。巻き込んじまって、わりィ」


「ああ。……いや、これは俺自身のためでもある。こちらこそ礼を言う」


 ドルガドは深々とエルスに頭を下げ、顔を伏せながらノーティラスの後方へとまわる。そんな彼に続き、他の乗組員らも移動をしはじめた。



「おっと、エルス。あたしらは、だ」


「ん? そうなのか?」


「ああ。詳しい説明ははぶくけど――潜水艇は、いくつかの小さな区画ブロックに分かれててね。こんなかは、繋がっていないのさ」


 ドミナにうながされ、エルスたち四人は、ノーティラスの前方上部にある出入口ハッチから船内へと入る。内部は非常にせまく、二つの操縦席と、三人掛け用の座席しかない。



 操縦席にはドミナとザグドが着き、後方の座席にはエルス、アリサ、ティアナが着席する。さらに、ミーファがエルスと向かい合う形で、彼のひざの上へと座る。


「ふっふー! まさに特等席なのだー!」


「なんで、抱きつくんだよ……。狭いッてのもあるけど、なんか息苦しいな……」


「ここは空気圧が調整されてるからね。海に潜るにゃ、こういった処置が必要なのさ。ああ、そこらの機械や計器には触らないよう、気をつけとくれ」


 潜航にあたり、ドミナはエルスたちに、ひと通りのしょちゅうを述べる。


 さらに、彼女は携帯バッグから二丁の〝じゅうヴェルジェミナス〟を取り出し、グリップ部分にそうてんされていた、透明な魔水晶クリスタルカートリッジを抜き取った。


「あれっ? それって、ニセルさんの?」


「ああ、借りてきた。どうしても、こいつの〝本当の力〟が必要でね」


 続いて、ドミナが二枚の〝紫色の石版〟を出し、〝デン〟と〝ライコウ〟へと装着する。そして、紫色に発光しはじめた二丁の拳銃を、そうじゅかんへとセットした。



「いけそうだね。――よし、最終確認だ! 総員、準備はいいかい!?」


「へい、艦長。機関室、問題ありません」


「魔導器管制室、異常なし」


 ドミナの声に反応し、雑音混じりの音声が次々と船内に響きわたる。その中には、さきほどのドルガドの声だと判別できるものも含まれている。


「これも、ザグドが使ってた〝マイク〟ってやつなのか?」


「ああ、そうさ。――ニセルくん、外の状況は?」


「すでに海上だ。いま着水させる」


 貨物船とも会話が成立できるのか、今度は聞き慣れたニセルの声が響く。その直後、ノーティラス号を軽いれがおそい、エルスたちが小さな悲鳴をあげる。


「着水確認。ふっ、安定しているようだ。いつでもいいぞ、ドミナ」


「それじゃ、いくよ! バラスト注水! 潜航、開始――!」


 ドミナがマイクへ向かってさけび、ヴェルジェミナスのトリガーを引く。それと同時に船内の照明が暗い赤色へと変化し、小刻みな振動が走りはじめた。



「うおッ!? 潜ってる……? ンだよな? これ……」


「ああ、問題なく潜航中さね。海ん中を見せてやりたかったんだけども。あいにく、急ごしらえじゃ、水圧に耐えられる窓を準備できなくてね」


「シシッ! 外の様子は、このとおり。観測者の魔導盤タブレットを応用した深海用魔探知機ソナーレーダーで、バッチリ把握できるのぜ」


 そう言ったザグドが目の前にある計器を指さすも、魔水晶クリスタルの盤面には、神聖文字の羅列と数字、いくつかの光点が確認できるのみだ。


「おー! さすがはドミナ、あらゆる技術が折り込み済みなのだ!」


「ああ、なにがなんだかサッパリだけど、ものすげェってことはわかるぜ!」


「お褒めにあずかり光栄です。ミーファさま。……まっ。あたしらは、戦えないからね。こういう時くらいは、役に立たせてもらうよ。見直したかい?」


 声を弾ませるドミナの後頭部に向かい、エルスが力いっぱいにしゅこうしてみせる。船内には時おり状況確認の音声が流れはするものの、ノーティラス号は順調に潜航を続け、ついに目標である、異界迷宮ダンジョンの入口付近へと差し掛かる。



「そろそろ到着ですのぜ。……シシッ! 海底には、魔海獣らしき反応が確認できますが。排除しておきますかい?」


高圧式射出銛パイルアンカーの射程は、そう長くない。魔導砲ブラスターも極力温存したい。こっちからの攻撃は、ギリギリまで我慢だ。連中を刺激しないよう、ゆっくりと近づくよ」


「かしこまったのぜ」


 ザグドが深海用魔探知機ソナーレーダーを確認しつつ、素早く的確に針路を割りだす。そんな彼のナビゲートに従い、魔銃を握るドミナが、極めて慎重な操縦を行なう。



「だッ、大丈夫そうか……?」


「しーっ。エルス、静かにしよ?」


「ははっ、あんたたちは力を抜いとくれ。……さあ、もう着くよ」


 死者の〝霧〟と海水とにさえぎられ、太陽ソル陽光ひかりも届かぬ暗黒の世界。そのしんえんにて開かれた〝異界の口〟へと向かい、エルスたちが進みゆく。


 その後、しばらくの間――。小刻みな振動と緊張感がノーティラス号を包み込み、船内には各種の制御機器が発する、信号音だけが流れていた。

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