第26話 深淵へと向かうもの

 エルスたちが〝なぎさかんどりてい〟で、遅めの昼食を楽しんでいる頃。カルビヨン近海をおおう〝霧〟にひそむかのように、円形をした巨大な船が波間を揺蕩たゆたっていた。


 平たい円盤状の船体に、半円のドームをかぶせたようなは、あたかも皿に載せられた高級料理を思わせる。銀色のドーム部分にはごろしのまるまどが横一列に並んでおり、それらのいくつかからはうっすらとした、白い光がている。


 その船内。机や作業台、本棚やガラス製のカプセルが設置された一室にて。ボルモンクさんせいが手元の魔導盤タブレットりながら、なにかをブツブツとつぶやいていた。


「ふぅむ。まだ演算処理能力に不足がありますね。さらにエルフ族マナリエンの脳を追加したいところですが。ギルド制度の施行以降、供給源ランベルトスもアテにはなりませんし」


 ボルモンクが神経質そうに、魔水晶クリスタルばんめんを指で叩く。その時、空気が抜けるような音と共に入口扉がスライドし、彼の助手であるゼニファーが姿をみせた。



博士センセ、エルスたちが動きはじめたわん。彼ら、海にもぐる船を造るみたいよん」


「ほう、せんすいていというわけですか。もちろん、わがはいも真っ先に思いついた方法なのですが。好き好んで〝あんなもの〟に乗りたくはありませんからね」


「どうするのん? 海底の異形変異体クリーチャーたち。退避させましょうか?」


 ゼニファーの言葉を受け、ボルモンクが魔導盤タブレットを静かに置く。そして、自身の眼鏡を額へと押し上げ、りょうがんのマッサージをしはじめた。


ほうっておきなさい。は廃棄予定のタイプです。むしろ好都合ですよ」


「その魔導盤タブレット、やっぱり魔法王国リーゼルタからってきちゃったのねん?」


「厳重にされていましたからね。我輩が所持した方が有意義というものです」


 あるじの言葉に小さなためいきをつき、机に置かれた大型の魔導盤タブレットへと視線をる。魔法王国リーゼルタにおいて、歴代の女王や理事長にのみ携帯が許されていた特別な神聖遺物アーティファクトはどういうわけか、ゼニファーの視線を離さない。


「それよりも――。よくも、〝妙なもの〟を持ち込んでくれましたね。このじょうせん〝クライテリオン〟を、実験場にするつもりはないのですが」


「あらん? そうだったかしらん? だって、勝手に入ってきちゃったんだもの」


 ゼニファーは魔導盤タブレットに視線を向け続けたまま、長く垂れ下がった前髪を右手ではらう。そんな彼女の視界の隅で、ボルモンクが〝お手上げ〟のジェスチャをする。


「それに、アイエルだって。オトコれで帰ってくるとは思わなかったわぁ」


「あの魔人族が手に入ったのはぎょうこうです。――まったく、しんがた変異弾メタモライザの臨床実験を船内ここで行なうとは。とにかく、ペットを飼うなら管理は徹底するように」


「はぁい。それじゃ、そろそろマーカスちゃんに〝エサ〟でもあげようかしらん」


 教師の小言から逃れるかのように、ゼニファーがその場できびすを返し、鉄製のドアにてのひらを押し当てる。そして、最後に魔導盤タブレットいちべつし、素早くろうへと出ていった。


             *


 浮上船クライテリオンの下層区画。その片隅にある小部屋にて。ひとりじょうえたゲルセイルが、深い溜息をついていた。


「俺っちは……。いったいナニをヤッテンダ……」


 せまい室内には金属製のテーブルとだな、ベッドのみが設置されており、彼の目の前には、〝アイエルだったもの〟が横たわっている。すでに〝処置〟は済んでいるのか、薄布を掛けられたからだは、どうだにもしていない。


「フゥ……。少し風に当たってクルカ。外に出られりゃイイガ」


 ゲルセイルは軽く身だしなみを整え、スライド扉から廊下へと出る。そこには左右に向かって薄暗い通路が伸びており、時おり獣のようなうなごえや人類らしき存在ものの悲鳴、金属同士がう音などがひびいてくる。


「なにが〝新しい仲間〟ダヨ。牢屋じゃネェカ。アイエルは、どこダ?」


 迫る金属音からのがれるように、ゲルセイルは通路を右方向へと進む。そこにはいくつものてつごうが並んでおり、中で〝なにか〟がうごめいている。


「これぞ、においってヤツカ? マッタク、ゾクゾクしてクルゼ」


 自身に流れる〝魔〟の血の影響か、思わずゲルセイルが舌なめずりをする。通路を進みゆく途中、彼は何度も、全身を黒い鎧で包んだ〝奇妙な衛兵〟とすれ違う。


「警備。警戒。警備。警戒。警備。警戒。警備……」


「オイ、オマエラ。さっきからナニ言ってんダヨ?」


「異常物品を発見。収容ステータス確認。……コンテインド。問題なし」


 ゲルセイルに話しかけられた衛兵が彼の方へと頭部を回し、かぶとすきから赤い光をのぞかせる。そして、再び金属音を響かせながら、何事もなく通り過ぎていった。


「ナンダヨ、アイツラ。なんとなく〝しん殿でん〟に似ちゃイルガ」


 げんそうに首をかしげ、なおもゲルセイルが薄暗い通路を進む。すると、いくの不快音に混じり、わずかに少女のすすり泣くような声が流れてきた。


「んあ? 誰かインノカ? アイエルじゃなさそうダガ」


 独り言を呟きながら、ゲルセイルが小走りで駆ける。やがて、通路は突き当たりとなり、進行方向左手側の鉄格子の中で、水色の髪をした少女の姿を発見した。



「ひっ!? 来るな、まわしきどうへいっ!……あれ? あんたは、魔人族タークスレイン?」


「俺っちは、ゲルセイル。見てのとおり冒険者――いや、もうも言えネェカ」


「なんだよ、あんたも捕まったのか? あたしはイムニカだ。……ねぇ、ゲルセイル。あたしもここから出たいんだけど。手伝ってくんないかな?」


 そう言ってイムニカが笑顔を見せるものの、すぐにゲルセイルは左右に首を振る。そして、自身の首と両腕に取り付けられた黒い〝かせ〟を彼女に示してみせた。


わりィ……。俺っちがオカシナ真似すっと、コッカラ〝毒針〟が出るんダトヨ。どうやっても取れやしネェシ。スマネェが、オマエを助けちゃヤレネェナ」


「それ、あたしにもついてる……。うーん。いまは、おとなしくするしかないか」


 右手の親指で自身の首元を指しながら、イムニカが大きくたんそくする。その両手は長いくさりで繋がれているらしく、彼女が動くたびに重く鈍い金属音が鳴る。


「いまは、ッテ。まさか逃げる気か? ヤメといた方がイイゼ」


「やだよ、絶対にあきらめるもんか! きっと、ママが助けてくれる。……ついでに、あの〝勇者エルス〟ってヤツも来てくれるっぽいし……」


「ママ? エルス? それジャア、オマエが〝例の人質〟ってヤツカ。たしカニ、オマエを助けるっていきいてたナ。……そうか、いつかはアイツとも……」


 自身のあごきながら、ゲルセイルが呟くように言う。そんな彼の方へと向かって、イムニカが目一杯まで身を乗りだす。


「ほんとっ!? ねぇ、いつ!? いつ助けにくる!?」


「サァナ。今ごろ作戦会議してんじゃネェカ? そんなコト言ってた気がスルゼ」


「ううっ……。そっか……。お願い、早く助けにきて……」


 冷たい金属床にうずくまり、イムニカが小さなからだふるわせる。すると、ゲルセイルは彼女かららし、元来た通路を引き返しはじめた。



「俺っちは……。いったい、ナニモノなんだろウナ」


 不気味なうめきが響き続ける中、薄暗い闇を一人で進む。そんなゲルセイルの問いは誰に届くでもなく、周囲の雑音へと吸い込まれていった。



             *



 港町カルビヨン。渚と閑古鳥亭にて。食事を終えたエルスたちは食後のこうちゃすすりながら、今後の方針について話し合っていた。


「まッ、そうは言っても、いまはみんなに任せるしかねェか」


「でも、決めておいて正解だったと思う。それで、アリサちゃん――」


 ティアナの言葉につられるように、エルスとミーファもアリサへと視線を向ける。店には相変わらず客の姿はなく、エルスたちの貸切状態となっている。


「うん? あっ、アイエルさんのこと?」


「そうなのだ! いったい、アリサは〝なに〟を見たのだ?」


「えっと、ほんとに大したことじゃないんだけど」


 アリサは〝海賊島〟にてアイエルのかいほうをしていた際、彼女の首に、神聖文字の彫り込まれた〝りの守護符アミュレット〟が掛かっていたことを話した。



「神聖文字か。オーウェルさんや、ディークスの守護符アミュレットにも入ってたよな。じゃあ、あのアイエルってやつもてんせいしゃッてことか?」


「なのかなぁ? たしか、こんな感じのだった」


 そう言いながら、アリサが宙に三回、指を走らせてみせる。


「それは、たぶんアイエルだね。オーウェルさんの守護符アミュレットにはエル、そして、あの人のはディクス……。なんだか、私たちの名前とは〝なにか〟が違うような」


「別の世界から来たみてェだしなぁ。いろいろ違ってても無理ねェさ」


「そういえば。なんで、みんな〝おまじない〟してるんだろ?」


 アリサからの問いに、三人はそろってカップを置き、それぞれに首を傾げてみせる。そして、しばしの沈黙が流れたあと、エルスが再び口を開く。


「なんッか、俺も〝引っかかってること〟があンだよなぁ。うーん……」


「この件が落ち着いたら、オーウェルさんとも話してみましょっか」


「だな……。まずは〝秘宝〟を手に入れて、イムニカさんを助けるぜッ!」


 自らをするように言い、エルスは冷めた香茶を一気に飲み干す。


 着実に動きはじめた世界において、再び姿を見せはじめた転世者たち。――だが、それらの意味するところを知る者は、まだこの場にはいなかった。

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