第5話
「ただいまぁ」
と母が、石焼き芋のはみ出た紙袋と、十姉妹の入った虫籠とを抱えて戻ってきた。母はエプロンをしておらず、手と膝の血もきれいに洗い落とされていた。僕が家に入ってから一時間くらいが経過していた。
「ほんの一時間」と、母は思っていたかもしれない。たったそれだけの時間で「キ列八宅♀イハラ」という鑑札を足につけた十姉妹を連れ帰ることができ、しかも石焼き芋まで調達できたのは本当に運がよかったと、鼻歌を歌いだしそうなほどの上機嫌だった。そんな母を見て、僕は自分の怪我もほんとうは大したことのないかすり傷程度だったのではないかと錯覚した。
「石焼き芋の屋台が通ったから買ってきたの。晩御飯の支度ができなかったから」
そう言いながら、母はまったく躊躇することなく鳥かごの扉を乱暴に押し上げ、虫かごから十姉妹をつかみ出すとかごの中に放り込んだ。チチチという声と、ガチャンと扉の閉ざされる音が続いた。
よく見つかったね。と僕は母に言った。いや、そう言ったつもりだった。だが、母は怪訝そうに僕を見て「なに? なんて言ったの?」と尋ねてきた。
よく見つかったね。と僕は繰り返した。母の顔がみるみる青ざめていった。
「明日、お医者さんにいくまで話さないほうがいいみたいね。お芋、食べられそう?」
僕は、この顎で石焼き芋を噛み千切れるか と自問し、それだけで顎が激しく痛んだ。
「牛乳を温めるからそれを飲みなさい。それから服! 服を着替えないと」
母にそう言われて、僕はずっと、血まみれのシャツと顔のままで過ごしていたということに気づいたのだった。
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