2話 記憶

 紫陽花が咲き始めた入梅の頃。小百合は不思議な体験以来、毎日のように溢れ出てくる疑問に頭を悩ませる日々が続いていた。


「痛っ。」

 時間が経つ度に痛みが増してきた頭痛に顔を顰めた。

 

 一年半前の十四歳の春。小百合は箏のコンクールが終わった後、ステージ裏で倒れた。そして、会場に居合わせた医師の友達の勧めで、病院に行き、精密な検査を受けた。すると案の定、神経系の疾患が見つかったのだ。

 

 それ以後、小百合はほとんど寝たきりで入退院の繰り返しの日々が続いた。

毎日、毎日気絶するほどの痛みが小百合を襲った。

 ごはんも口に出来ず、食べては吐いての繰り返し、腕には注射の痕や点滴の針のあとが残り、紫がかっていた。

家族や友達にもまともに会えず、打ち明けても、きっとこの辛さを理解してくれる人はいないだろうと思い込み、誰にも心を開こうとはしなかった。

それは、小百合が幼少期から天才と持て囃され、国内を駆け回り、自立を余儀なくされていたせいで甘え方を知らなかった犠牲である。

その辛さは病気だけではなく、孤独との闘いでもあったのだ。

小百合の心と体はもうボロボロだった。

その間、唯一の拠り所だった箏にも思うように触れられなかった。


 まるで空っぽのコップの中に閉じ込められ、蓋をされている様なそんな気分だった。

 

 ある程度病状が安定し、退院してすぐ高校に進学した小百合は、箏曲部に入り、新しい仲間と青春を謳歌する気満々でいた。だが、小百合の体はそれを良しとはしなかった。そして、精神的にも肉体的にも徐々に苦しんでいった。

 

 高校生になって、少しコップの蓋が開き、今なら誰かに私の声が届きそうな気がして浮かれていたのかもしれない。みんなと同じ、当たり前の高校生活が続くと期待していた私が馬鹿だった。


 ――コップの蓋は閉まりかけていたのだ。

 

 学校に通えなくなれば、今までの苦しみや痛みが、頑丈な鎖に変わり、私をまた閉じ込めようとする気がして小百合は恐怖を感じた。


「私はもう耐えれない。」

「二度とあんな思いはしたくない。」

 

 いつしかトラウマになっていた過去が小百合を縛る。


 次の日もその次の日も学校に通う。

 自分の中で少しずつ崩れていくのを知りながら。

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奏春へ 堂園みこと @hakuu_ka

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