2-COLOR、2-FACE

久河央理

第1話 アタシを誰だと思ってるの?

 曇天の下。


 とある探偵事務所から、一人の女性が出てきた。


 ロングの黒髪を揺らしながら振り返り、彼女はペコリと頭を下げる。にっこりと微笑んだ視線の先には、背丈の高い二つの人影があった。


「よろしくお願いしますね、お二人さん!」


「…………」


 無邪気な笑みを向けられ、黒髪高身長の男は表情を硬くした。反応に困って黙ったまま、とりあえず軽く頭を下げておく。


 彼の名は、祐川龍也。


 短髪に加えて、アップバングという前髪を上げた髪型によって、漢らしい印象が嵩増しされていた。その左頬には刃物の傷跡が残っており、荒々しさも気前よく演出されている。加えて、目尻がつり気味で目つきも悪いため、威圧感は十分にあった。

 しかし、体格だけはスラリとしていて、長身にスーツ姿という絵面は雑誌のモデルにも引けを取らない。


「ええ、仕事だもの」


 もう一方の人物が女性に答えながら、龍也を庇うようにして彼女の正面に立つ。鎖骨まで届く明るいカラーの茶髪が揺れた。


 その名は、佐伯律という。


 丁寧にハーフアップで整えられたヘアスタイル。そして、化粧で飾られた艶やかな顔――その外見は、一見しただけでは性別の判断が付かない。

 しかし、ひとたび声に焦点を当てれば、なんとなくでも男の声帯から発されていると分かるものだ。とはいっても、中性的なその容姿は性別を超えて美しいものだった。


「頼もしいですね! では、私は失礼します!」


 ふふふ、と上品に笑う女性と律の二人。律の背後に佇む龍也は、そんな様子をただ静かに見つめた。


 それから足早に去っていく彼女を見送り、その姿が気になりながらも意味なく空を見上げてみる。


 そこに広がっていたのは、今にも雨が降り出しそうな濃い灰色の景色だった。



  **



 龍也はソファに腰掛けて、事務所の天井を仰ぐ。


「ふぅ……やっと帰った……」


 先程の女性は強面の類いに分類される龍也に対して、怖がる反応を見せなかった。それどころか、一般人と変わらない接し方をしてきたのである。その態度がなんだか恐ろしくて、どうにも落ち着かなかった。


 しかも、最近の龍也はスッキリとした髪型をしているため、刀傷付きの顔という印象が余計に押し出されており、溢れる物騒感でよく職務質問だってされる。そんな龍也に対してあまりにも無反応すぎて、まるでこちらのことは調べ済みとでも言うようだった。依頼以外に目的があるとは思えないが、いったい何が狙いだろうか。


 ちなみに彼は毎度、苦々しく心外だなとは思いつつも、警察に対しては至極丁寧に対応している。彼の根が温厚な性格ゆえ、解放されるのはとても早かった。


「なーに? 溜め息なんて吐いちゃって」


「……別に。大したことねぇよ」


「そう? ならいいけど――」


 明るい調子で言いながら、律は龍也との距離を一方的に詰める。ソファの縁に手を置いて、ぐいっと相方の顔を覗き込んだ。


「あんな顔はよくないわよ、リュウ。普通に考えて、お客様に失礼でしょう?」


「……すいません」


「傷跡以外の顔は綺麗なんだから、その印象を掻き消すつもりで笑いなさいな。それとも、メイクで傷跡消してみる? きっとモテるわよ。スタイルもいいし、モデルとしてスカウトされちゃうかも?」


「あんたに言われても説得力ないし、余計なお世話だ」


 律を押しのけて、龍也は清掃作業のためにジャケットを脱ぎ、シャツの袖口をまくり上げた。そこから、程よい筋肉のついた腕が姿を現わす。


 事実、龍也はものすごく着痩せをするタイプだ。スーツを着てもなぜだか細身に見える。そもそも、元から筋肉が付きづらいこともあって、なかなか大きく目立っちゃくれない。これは龍也にとって長年の悩みだった。


 いっそ体格にも威圧感があれば、いろいろと諦めがつくのに……と。


「つーか、律さん。どうしてあんなにあっさり依頼を受けたんだ?」


「あら、アタシを誰だと思ってるの?」


「ん? そりゃ、佐伯律だろ?」


「はぁ、つまんなーい」


「何なんだよ、一体……」


 困惑する龍也は放っておき、と律は思い立ったようにキッチンへと向かう。冷蔵庫の中からプリンを迷いなく取り出して、その蓋をゆっくりと開けた。


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