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「あんたら……見たところ冒険者じゃないようだな。一応忠告しておくが、今カウンターに立ち寄るのだけは避けといたほうが賢明だぜ」
酔いどれの冒険者間で飛び交う猥談に紛れて無悪に話かけてきたのは、呂律が怪しい中年男だった。視界に入れるのも煩わしく無視して横を通り過ぎようとすると、慌てたように正面に回り込んできた。
「ちょっとちょっと待てって! なにも無視するこたぁないだろ」
「目障りだ。今すぐ退くか、それとも死ぬかどちらか一つを選べ」
絡んでくる
「えっと、何があったんですか?」
アイリスの勘の良さに舌打ちをしてグリップから手を離すと、運良く助かった男がよくぞ聞いたと言わんばかりに答えた。
「あいつらが原因だよ。〝三つ
「三つ首竜ですか? おじいちゃん知ってる?」
話を振られたガランドも知らないようで、首を横に振っていた。当然無悪が知るはずもなく、三つ首竜とやらに微塵も興味がわかなかった。
「実力があるから余計に厄介な連中だよ」
つまらなそうに男が顎で指した先には、他の冒険者とは明らかに装備の質や佇まいが異なる三人組の冒険者が、カウンター越しに受け付け嬢相手にしつこく絡んでいた。
「ほう……外見は申し分ない女じゃないか」
エレーナの見てくれは伊澤に任せている会員制クラブでも十分即戦力として働けるほどの美貌だったが、粘着質な客の対応に手をこまねいていたようだった。
三つ首竜の中の一人――目測で優に二メートルを超える巨体の男は、鼻息荒く
日本国内どころか、世界中見渡しても見つけられないような体躯の男は、背中に人力では到底扱えないほどの大きさの
「三つ首竜は三人兄弟でな、あの巨体は末っ子のロンドレットだ。只人には扱えぬ
頼んでもいないのに勝手に隣で紹介を始めた中年男は、その後もつらつらと残りのメンバーの紹介を続けた。
「あいつは
ボリュームを落とした声で語るのは、自分が件の被害者の二の舞いになりたくないからなのだろ。いつの間にか無悪を盾に話していた。
男の言う通り、三男のロンドレットとは対象的な華奢な体格なのは間違いない。鼻まで覆い隠した布から覗く眼は嗜虐心に満ち、いざとなれば腰から提げた二本の短刀で、躊躇なく獲物の急所を掻き切る画が容易に浮かぶ。
「曲者で間違い無しの二人の弟を束ねているのは、輪をかけて厄介な長兄――ユースタスだ」
そのユースタスとやらは、次男と三男から距離を取る形で一人テーブルにつくと取り出した手鏡を眺めては恍惚の表情で溜息を吐いていた。装備は腰から下げたレイピアのようで、無駄に綺羅びやかな装飾がなされいるところが持ち主の気質を表している。
「なんだ、重度のナルシストか」
ユースタスは片肘をつきながら、肩まで伸びるウェーブがかった髪を指先で弄びながら口を開いた。
「エレーナよ。この三つ首竜のリーダーたるユースタスが直々に誘ってるというのに、何故断わる必要がある」
「で、ですから……何度も申し上げておりますが就業中の飲酒は禁止されてますので……」
「規則なんて知るか。お前ら受け付け嬢はな、冒険者様の言うことを素直に聞いていれば良いんだよ。今日こそは約束通りに俺等全員をベッドの上で労ってもらうからな」
三兄弟の下卑た笑いが、エレーナの顔を羞恥に染めあげる。周囲の冒険者はナンパが上手くいくかどうか賭けをしたり、はたまた成り行きを見守ってりして酒の肴にしていた。
ナンパだろうが猥褻行為だろうが無悪の知ったことではないが、ギルドマスターと約束がある旨を女に伝える必要があるというのに、三つ首竜が邪魔でならない。
「あんな奴らでも、このイステンブールじゃ一番
十指でも五指でも構わないが、とっと要件を済ませるにはやることは一つ――邪魔物を排除するのみだ。
「受付のお姉さん……大丈夫でしょうか。何も起きなきゃいいんですけど、ってサカナシさん? あの、一体なにをするつもりですか? ギルド内で問題を起こされると困るんですけど……」
「アイリスよ、放っておけ。どうせわしらにあやつの手綱を握ることはできんよ」
✽✽✽
ほんとなんなのよ、コイツらのしつこさときたら! いくら私が美しいからって、身分相応って言葉くらい知ってなさいな。
「あの、本当に困ります。あんまりしつこいとギルドマスターを呼びますよ」
「ギャハハ。呼べるもんなら呼んでみろよ。あの妖精姫をよ! 滅多に姿を見せないアイツに声をかけたところで解決してくれるとも思えないけどな」
「う……ですが、これ以上当ギルドで問題行動を起こすつもりなら、銀級からの降格申請も辞さないですよ」
冒険者全員が面倒くさいとは言わないけれど、こうして中途半端に実力を兼ね備えた冒険者は総じて増長しやすく、その対応にはいつも頭を悩ませている。
ただでさえ少ない職員数でやりくりしているというのに、上司は突然「寿退社」を宣言して辞めていくし、貴重な部下は軟派な冒険者のセクハラ紛いの行為が原因で辞めていくし、ギルドマスターなんて部屋に籠もりっきりで職員にすら滅多に顔を見せないし。
いっそのこと私も辞表を叩きつけて辞めてやろうかと、思い悩んでいたところにこの男共は……。
「あのですね!」
カウンターを両手で思い切り叩いて、宣言してやった。後は野となれ山となれだ。
「アンタ達みたいな冒険者の看板を汚すような面汚しの相手なんて、死んでもあり得ないませんから」
「な、なんだとッ! このアマ調子に乗りやがって……そんなに相手をするのが嫌だったらとっとと死にやがれッ!」
振り下ろされる刃がスローモーションに見える。死を前に人は本当に走馬灯を見るんだなぁ、なんてつまらない人生を回想しながら恋人の一人も出来ずじまいだった人生を後悔した――どうか、来世こそは理想の男性と出会えますように。
覚悟を決めて目を閉じたのだが、一向に死神が迎えに来ることはなく恐る恐る瞼を開けると、ザインとロンドレットが何故か呻き声をあげて倒れているではないか。代わりに見知らぬ男性が立っていたものの、この街で見たことがない顔である。それに、結構イケメンじゃない。
「ギルドマスターに呼び出された。妖精姫とやらはどこにいる」
「えっと、ギルドマスターとのお約束ですか? 失礼ですが冒険者の
「冒険者の登録はしていない。それよりさっさと要件を伝えろ」
「は、はい! 少々お待ちを!」
急いでギルドマスターを呼び出しにいった私は、先程の男性が冒険者ではないというセリフを
――だって、三つ首竜は腐っても銀級の冒険者よ。どんな手を使ったのかは皆目検討がつかないけれど、一人であの次男三男を転倒させるなんて……少なくとも
「あのお方は一体誰なんだろう……」
そういえば、あの男性の顔が限りなく理想に近い造形であることに気がついたエレーナの
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