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「あの……あなたは魔法使いなんですか?」


 呆然とした様子で殺害現場を目撃していたガキは、口を開くと突拍子もない質問をぶつけてきた。


「魔法使いだと? なに寝ぼけたこと言ってやがる。俺が拳銃チャカでクズどもをバラすのをお前も見ていただろう」

「チャカって、その手に持っている魔法道具マジックアイテムのことですか?」


 ガキがグロックを指差しながら耳馴染みのない単語を口にした。そういや、燃えて灰となった手紙に、この世界は日本の常識ぎ通用しないと記されていた。本物の拳銃をみたことがないのはわかるが、存在を知らないというのは考えられない。


「山賊を目にも留まらぬ早業で二人も死に至らしめるなんて、普通の魔法でも難しいですよ。それにみたこともない形状ですし……よほど高価なモノなんでしょうね」

「さっきからワケわかんねえこと言ってんじゃねぇ。俺はヤクザだ、そんでこれは人間を殺すことを目的に造られた道具にすぎん。その魔法とやらは無関係だ」

「ヤクザ、ですか? そのような職業ジョブは聞いたことがありません。でも、戦い慣れていらっしゃることだけは肌で感じました。きっと相当な修羅場を潜り抜けてきた方なんですね。人を殺すことに躊躇いがないように思いました」


 なかなかどうして、口煩いがガキのくせに目敏いなと関心をする一方――無悪の最大の関心事は休憩が可能な街が近隣にあるかどうかに移る。この世界のことを知る以前に、まずは森を抜け出さないことにはなにも始まらない。野宿など考えられないが、ガキに街の場所を問いただすと疑わしげな顔で、恐ろしい事実を告げた。


「やっぱり変ですよ。最寄りの村までの距離も知らないなんて。ここからだと、一番近い村でも徒歩で三時間はかかりますよ」

「三時間だと? なにか交通手段はないのか」

「そんな都合好く馬車だって訪れませんよ。ここは護衛をつけた行商人も山賊やモンスターを警戒して迂回路を選択するような山道ですし」

「嘘だろ……。本当にないのか」


 無悪の嘆きに首を横に振って追い打ちをかける。


「本当にないんですって。ここは国境付近にあたるのですが、頻繁に衝突を繰り返している隣国との境に設けられた緩衝地帯なんです」


 ガキの説明では、この辺り一帯にはその昔小中規模の村が多く点在していたらしい。ところが隣国との紛争が激化すると、戦禍に巻き込まれたくない住人が故郷を捨てて引っ越していったという。その代わりに居着いたのが、紛争から落ち延びてきた兵士や、戦死した兵士から甲冑等の貴金属類を剥ぎ取ったりする山賊で実質占拠されている。


 「先程お話したように、一番近い村でここから三時間ほどかかります。宿泊が可能な宿がある村ですと、さらに一時間、この道を南下すると見えてくるエペ村という宿場町が、一番近くになります」


 そういって指差す先は、当然のことだがアスファルトで舗装もされていなければ、案内標識もない。遠くでオオカミに似た遠吠えが聴こえる険しい山道が、延々と続くだけだった。


「クソッ、まさかこの無悪斬人に徒歩で三時間も歩けというのか」


 苛立ちを隠せずに煙草を取り出そうとするも、スーツのどこにも見当たらず余計に口がニコチンを求めて苛立った。伊澤に買ってこさせようと口を開きかけたが、当の伊澤も異世界にいやしない。もしも煙草が存在しなかったら――この世界に自分を招いた男に、ありったけの弾丸をプレゼントしてやりたいほどの殺意を覚えて転がっていた石ころを蹴飛ばした。


 他に選択肢がないのであれば、エペ村とやらまで向かう他ない。舌打ちをしてどこまでも続く山道を歩き始めると、ガキに声をかけられ足を止めた。無悪を見る目は、待ってくれと訴えかけている。


「なんだ、命を救ってやったというのに、まだこの俺に頼みたいことでもあるのか? なかなが欲深いガキだな」

「いえ、その……この山賊の方々を作業を手伝ってはいただけないでしょうか」

「なんだって? そいつらはお前を拐おうとしていた張本人なんだろ。どうしてお前がわざわざ葬る必要がある」

「何故と言われましても、死んでしまえば人間の魂に貴賤きせんなどありませんから。例え、僕を捕らえようとしていた悪い方であってもです」


 真っ直ぐな瞳で告げると、並の大人でもトラウマになりかねない損壊具合の死体を前に、顔色一つ変えずに辺りに散らばった肉片をいそいそと集めだした。その背中に無悪は、「一人でどうにかするんだな」と突き放してその場を離れた。


 木陰に移動すると、傍らに立つ木に背をもたれながら腕を組んで作業をみつめる。待ってやる義理もないが、小さな体で道具もなしに土を掘り起こすガキを目的もなくじっと観察していた。

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