第15話 漆黒の森
部屋に戻ってから本を読み漁った。
どこかによく似た内容があったはずだ。
必死に本をめくる私はレイモンが部屋に入ってきたことすら気がつかなかった。
「どうしたんだ?」
床に座り込んで本をめくっていた手が止まる。
振り返るとレイモンとオリビアが部屋の入口に立っていた。
「レイモン」
「走っていくリコを見て呼んだが気がつかなかったようだ」
「王の病が分かりそうなの」
「本当か?」
レイモンが飛んできて私の前に跪く。
確証はないが、レイモンには言ってもいいような気がした。
「王の身体を覆っていた黒い影は別のところからきているの。この間はその黒い影と同じ影を追って漆黒の森まで行ってきたけど、見つけられなかったの。でも、これを見て」
見つけたページをレイモンに見せる。
手に取って読み始めたレイモンは神妙な顔をしている。
「これからどうするつもりだ?」
「ハミルトン様と相談してみます。おそらく、もう一度漆黒の森へ行くことになると思う」
「分かった。護衛はこちらで用意する。日時が決まったら連絡してくれ」
「ありがとう」
リコとレイモンは一緒に部屋を出て王宮へ行く。
途中で分かれてレイモンは執務室へ、リコは図書館へ向かった。図書館で更に詳細を調べていくつかの仮説を立てた。
「やはり、もう一度行かなければ」
二日後、リコはハミルトンと馬車に乗っていた。
「あの地にいる魔物が原因でしょうか」
「おそらく」
ハミルトンもエルドに聞いていたようで前回の漆黒の森で感じたものと同様だと判断したようだ。その為、レイモンも今回はかなり力を入れて警護の要員を準備してくれた。
今回の動員数は騎士と魔導士で十五人。前回よりはるかに多い。
出来れば内密に行きたかったのだが、調べれば調べるほどあの森に隠されたものが尋常でないものだと物語っている。
馬車の中で二人はそれ以上の会話が出てこなかった。
「着きました」
馬車の外からヘリオスの声がしてドアが開いた。先日来た時と同じ場所だ。馬車から降りる。
ハミルトンの顔を見ると頷いてきた。
息を大きく吸って、歩き出す。
前回と同様に数人の騎士たちが私たちを囲んで森の奥へ進む。その後ろを魔導士たちが続く。
「何か異変を感じたらすぐ言うように」
ハミルトンが騎士と魔導士たちに伝えている。
前回、魔物の気配を感じたところまでたどり着いたが、何も起こらなかった。
「どうしますか?」
「もう少し進みましょう」
先頭の騎士が聞いてきたが、ハミルトンもまだ気配すら感じていないようだったので先を進むことにした。
前回はこの辺りで既に陽の光が入ってこなかったが、今日は木漏れ日が見える程度に明るい。
ハイノバの魔物が姿を消したようにここの魔物も姿を消したのだろうかと思い始めたその時、急に悪寒がした。
「リコ」
それはハミルトンや先頭を行く騎士たちも同じだったようで、急に立ち止まる。
「何かいますか?」
「はっきりとは見えません」
リコの場所からはその先が見えなかった。
リコとハミルトンの数歩先に先頭の騎士たちがいるが、その先は真っ暗闇で陽の光が全くなかった。
この間と同じだ。
暗がりの中でハミルトンが声を上げて一斉に逃げ出したのだ。だが、今回は少し違っている。暗がりの中から僅かに音がしているのだ。
「ハミルトン様、どうですか?」
一応聞いてみるが、その表情を見れば一目瞭然だ。
リコは後ろを振り返り、魔導士たちに合図を送ると魔導士たちが戦闘態勢に入った。
少しずつ後ずさりしながらも、森の奥の様子を窺う。だんだん、音が大きくなってくるがまだ姿は見えない。
騎士と魔導士に緊張が走る。
リコが先ほどまでいた場所まで先頭の騎士が下がってきた途端、急に黒い大きな物体が覆いかぶさるように奥から出てきた。
「怯むな!」
騎士たちが出てきたものへと切り、魔導士たちも攻撃魔法で応戦するが弱まることなく大きくなったり小さくなったり形を変えながら襲い掛かってくる。
「ハミルトン様、どうすれば?」
「リコ。拙いです。騎士たちの体力が持ちません」
リコとハミルトンも氷の壁を作り防御していたが何度も破壊してこちらへ向かってくる。
「一旦引き上げましょう」
「大丈夫か?」
リコがハミルトンに伝えた直後、ネヴィル皇子とエルドが走ってきた。
その後ろから大勢の騎士と魔導士たちもいる。
「皇子!」
「危険だ。騎士と魔導士たちを引かせろ!」
リコが叫ぶと同時にネヴィル皇子が周囲の騎士たちに伝えた。
駆け付けた騎士たちと共に先頭で戦っていた騎士と魔導士たちは少しずつ後ろに下がってくる。
それと同時にネヴィル皇子とエルドが前に出ていく。
「まだ、体力と魔力は残っているか?」
ネヴィル皇子が聞いてきた。
「「大丈夫です」
リコとハミルトンが答えると手で合図が送られ、リコとハミルトンもネヴィル皇子とエルドの隣に並んだ。
「二人とも、氷は出せるな」
「はい」
「あの黒い物体を氷で覆いかぶせ!」
リコは何が何だが分からないがとりあえず言われた通りにやってみる。
ハミルトンが先に黒い物体に氷の幕を張ったがすぐに亀裂が出来始めた。慌ててリコはその上からさらに覆いかぶさるように氷を張り、ハミルトンはその上からさらに氷を張る。
リコももう一度その上から氷を張るやっと動きが止まったかのように見えたが少しずつこちらに移動してきていた。その次の瞬間、土がその氷を覆いかぶさった。ネヴィル皇子とエルドが魔法で次々と土を覆いかぶせていくと、動きが止まった。
エルドが近くまで行き、土の山に何か魔法をかけていた。
「どうしてここにいる!」
ネヴィル皇子に危険だから来るなと言われていたのを忘れていた。
今度こそ何も言わないわけにはいかない。これ以上誤解されないためにも事情を話さなければ。
「ここでは話せません」
少し離れているとは言え、大勢の騎士や魔導士たちがいる。聞かれては困る内容だ。
「帰ってからか」
「馬車で来ているので、ご一緒にどうぞ」
リコは自分たちが乗ってきた馬車に誘った。
ネヴィル皇子とエルドが馬車に乗り込み、ネヴィル皇子が連れていた騎士と魔導士たちは先に王宮に帰ってもらい、リコたちは来た時と同じ騎士と魔導士たちで王宮に戻ることになった。
馬車にはエルドとハミルトンが結界と防音魔法をかけていた。
「王の病の原因を探っていました」
「王の病だと?」
「はい。既にレイモンからお聞きになっていると思いますが、王の病を治す手助けをしています」
「王の呼吸もかなり良くなって、最近では苦しまなくなっていると聞いている」
そこまで聞いていたのなら言ってもいいか。
「王の身体を黒い影が覆っています。その原因があそこにあると思い行きました」
「黒魔術ですか?」
エルドがいち早く反応した。
「本で調べたことと先日ここに来た時にハミルトン様が感じたこと、そしてエルド様が感じたことを合わせても黒魔術であると思われます。ただ、ここまで距離があるので疑問があったので今日、もう一度確認をするために来ました」
「この間言っていた魔物の気配の事か?」
ネヴィル皇子は先日リコが質問したことを思い出したようだ。
「はい。先日、私は憎悪を感じました。感情、念です。ウォルター様とハミルトン様にも確認しましたが、魔物に感情はなどの気配は感じないと聞きました」
「ないな。そうか、いつもの魔物の感じがしなかったのはそのせいか」
「おそらく」
「それで、何か分かったのか?」
「先程の黒い物体の出どころが……」
「分かったのか?」
「正確にはまだ。ただ、あちらの方角からあの黒い物体の念が送られていました」
リコは馬車の窓から先ほど感じた方角を指さした。
「ネヴィル皇子。あの方角には」
「あそこだけか?」
「もう一つあるのですが、それは調べてみないと……」
「分かった。あの方角のことは私たちに任せてくれないか」
ネヴィル皇子とエルドには何か気づいたことがあるらしい。ネヴィル皇子からの提案に感謝する。
リコはもう一つ気がかりなことがあった。それを調べる時間が欲しかった。
王宮に戻るまでに間、リコとハミルトンが調べた内容と今回の事を説明した。
ネヴィル皇子からはリコが感じた念が送られてきた方角のことを調べて教えてくれると約束してくれた。
討伐で忙しいはずだが、いつも私がポーションを大量に作っておいたお礼だと言われた。
王宮に帰ったその夜、リコはハミルトンと護衛のヘリオスを連れてある場所へ向かった。
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