第2話 まいったなぁ
駅から伸びる三本の通り。
レトロな街並み続く南の通りに、ジョニーの職場。
昭和初期開業の写真館。となりの建物に自転車乗り付ける。
一階は駐車スペースと備品倉庫。
急勾配の階段を登る。
「おはようございまーす」
「おはよー、ジョニー」
ここでもあだ名が浸透。
社員は三人。
社長のコウイチと先輩の
事務机は十人分。
社長の後ろにホワイトボード。
仕事依頼のスケジュール。
真っ白だ。
サイ先輩は、通販で買ったメガネ型ルーペで爪切り中。
「ああ、クソッ。中指が長過ぎる」
サイはいつも何かに怒っている。
「今朝も犬の散歩、行ってきました」
「ご苦労さま」
笑顔。
コウイチの声音は、妙に心地良い。
「早速だけど、今日の仕事・・・・」
手帳を広げる。
「サイはお得意様の近藤さん家。ジョニーは、例の田辺さん。よろしくね」
不満が顔に出る。
「オレ、田辺さんっすか?」
「うん」
「近藤さんがいいけどなぁ」
近藤さんは老夫婦の家。
たいていおやつと昼食付きで、家の雑用全般。草刈り、荷物整理、清掃。
田辺さんは庭の手入れ。
専属の庭師が亡くなり、次が見つかるまでの穴埋め。
すぐそばで監視され、細かい指示が飛ぶ、面倒くさい家。
「まあまあ。サイが出禁になったからね。よろしく頼むよ、ジョニー」
サイを睨む。
「よろしくな、ジョニー」
目線を合わせないサイ先輩。
悪いと思っていない。
固定電話が鳴る。
「じゃ、今日も一日頑張ろう」
二、三度咳払い。
受話器を取る。
「いつもあなたのお側に。毎度ありがとうございます。真田便利店でございます・・・・」
夕方。
社用車(軽トラック)を一階に停めて、ひと息つく。庭の剪定は難しくないが、主の監視と細かい指示が重労働。
短気なサイ先輩がキレるのは、仕方ないことだと納得する。
「戻りましたぁ」
「お疲れ様、ジョニー」
サイ先輩はすでに帰宅。
「どうだった?」
「まあ、何とか。今日の分は出来ました」
「さすがジョニーだね」
どの「さすが」だろう。
業務日報を書く。
社長に名前を呼ばれた。
「そう言えば、君をご指名で仕事が入ったよ。明日は引っ越しのお手伝いね」
笑顔。
嫌な予感。
「クルミちゃん」
予感的中。
コウイチ行きつけの店員。
ニューハーフの男の
クルミはジョニーにぞっこんLOVE♡
「クルミちゃんのアパートに九時着でよろしくね」
今日はもう上がっていいよ。
お疲れ様〜
もう憂鬱なジョニー。
自転車で約五分。
駐輪場から横を見る。
彼女の車は無い。
まゆみは次の仕事の飲食店。彼女の帰宅は十時頃。
シングルマザーは身体が資本。
支えてあげたい、ヤングマンジョニー。
そのまま再び高級住宅街。
ゴンザレスの散歩と食事の用意。
『明日もよろしく頼む』
ゴンザレスに手を振り、アパートへ向かう。
紅く染まった空。
便利屋で働き始めて半年。
まだ未来の自分が浮かばない。
部屋のカギが開いている。
不法侵入は常習犯。
「おかえり、助仁」
茶々が夕食の準備。
エプロン姿が普通に可愛い。
何度も変えたスペアキーの隠し場所。
常夜灯の裏に、まだ張り付いていた。
「ウソ泣きしたら、ヨウイチが開けてくれた」
女の涙に弱いオーナー。
末恐ろしい小学生。
今日の料理は、サバの味噌煮と豚汁、海藻サラダ。
ご飯は間もなく炊き上がる。
完璧過ぎる小学生。
味付けまで完璧だ。
食器は二人で洗う。
「夫婦みたいだね」
茶々は嬉しそう。
リアクションに困る。
将来きっと良いお嫁さんになる。
でも、オレなんかでいいのか?
オレのどこがいいのだろう。
聞いてみた。
?
何だよ。
その、人生を悟ったかのような笑顔は。
「人を好きになることに理由がいる?」
悟られた。
胸のあたりがキュンってなりそうだった。
まゆみを好きなった理由なんか無い。
好きなものは好きなのだ。
ドアをノックする音。
静かに立ち上がる。
「あ、お疲れ様です」
まゆみさん、帰宅。
「ちーちゃん、寝ちゃった?」
「はい。ついさっき」
茶々を抱きかかえて運ぶ。
部屋に入って、ベッドにゆっくり下ろす。
まゆみの家はひと部屋多い。
下着のかかった洗濯物が目に入ったが、見なかったことにする。
「いつもありがとね」
「いえ。子供好きですから、大丈夫です」
あなたのことが、一番好きですが
「おやすみなさい」
名残惜しいが、ゆっくりドアを閉める。
ため息。
まゆみさんは、いつも良い匂いがする。
翌朝。
少し寝坊した。
散歩から帰ってくると、まゆみさんの車は無かった。
少し残念。
いや、かなり残念。
朝食を「七色」ですませてアパートへ向かう。
神様と出くわす。
「おはようございます」
良い天気なのに傘を持っている。
ビニール袋と六枚切りの食パン。
一切れを持ったまま、じっとジョニーの顔を見ている。
「どうかしました?」
「お主、女難の相が出ておる」
「え?」
「気をつけるがよい」
立ち去る神様。
神様の助言はよく当たる。
クルミは女にカウントするのだろうか。
色々考え事をしながら階段登る。
まゆみの家のドアが少し開いていて、小さな顔がこちら見ていた。
登校時間は過ぎている。
「お前、学校は?」
「今日は創立記念日で休み」
茶々の学校は、創立記念日が何回もある。
「今日は風邪じゃないのか」
「風邪だと、助仁の会社に連れてってくれないでしょ?」
笑顔。
小学生も女にカウントするのだろうか。
まいったなぁ。
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