第1話 人魚の肉の話への応援コメント
コメント失礼いたします。
冬でもないのに、海風の湿った匂いと古びた宿の木の軋みが、伝わってきました。
人魚の肉――妖しくも魅惑的な設定です。
女将の軽やかな冗談に潜む、ほんとうの恐怖と愛らしさの乖離に心がざわめくようです。
物語の奥に漂う孤独といたずら心を、丁寧に、鮮やかに描き出す筆致が素晴らしいです。
最後になりましたが、自主企画へのご参加まことにありがとうございます。
作者からの返信
企画に参加させていただき、誠にありがとうございます。
丁寧かつ素敵なコメントに、こちらも心が温まりました!
第4話 おそろしの人魚の話への応援コメント
コメント失礼いたします。
一つ一つの人魚のお話が怖くも美しく惹き込まれてしまいました。人魚っておとぎ話で描かれるような海で楽しく過ごす神秘的な面もあれば、妖怪の恐ろしい面、不老不死の面等様々な要素があり、アプローチの仕方によっていろんな見方ができるなぁと思いました。
ぜひ読ませていただきます!
作者からの返信
つだ様
コメントありがとうございます!!人魚、可能性の塊ですよね。色んな人魚の旨味を詰め込みましたので、ぜひまたお越しください!
第3話 水族館の人魚の話への応援コメント
人魚は、魔物の一種ですからね。美しさと
ソレの持つ残酷さは、人の理に計れない
モノがあるのでしょう。どの物語も秀逸で
恐れ入っています✨!!
作者からの返信
コメントありがとうございます。遠しで読んでくださって嬉しいです!
人魚は美しくて、可愛らしくて、こわいものであればよいと思って書いてるのでそう言ってくださるのが嬉しいです~
第2話 養殖の人魚の話への応援コメント
哀しい…でもこれ半分くらいは実話ですね。
養豚とか養鶏とか畜産農家だと…米農家も
同じなのかも…あと、学校の教員とかも。
(考えすぎちゃ駄目だ…ッ!!)
作者からの返信
コメントありがとうございます。そうですね、喋れないだけできっと同じもの、喋れて同じものは色んな所にあるかもしれない……考えたらそこかしこに……
第1話 人魚の肉の話への応援コメント
人魚には興味があり、こちらも拝読✨に
参りました!状況と心理、それらの描写の
あまりの巧緻さに、ついつい引き込まれて
行く…!!そして、衝撃を喰らう。
楽しみにゆっくり拝読したいと思って
おります…!!
作者からの返信
コメントありがとうございます!
まだまだ変わった人魚が何匹もいますゆえ、お時間がある時に彼ら彼女らに出会ってくださったら嬉しいです🧜♀️
第8話 男の人魚の話への応援コメント
すみません、大好きです。
友情か愛情か微妙な関係。
やっぱり、オスの人魚って需要少なめなんでしょうか。
作者からの返信
へへっありがとうございます!!!
オスの人魚、気に入ってくださってなによりです。供給に出会ってくれてありがとうございます。
これからもふたりで仲良く暮らしてほしいものです……
第3話 水族館の人魚の話への応援コメント
ニヤニヤしました。恋は盲目ですね。
人魚のこと大好きなんだなー(*´∀`*)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
仰る通り、恋は盲目でございます。ましてや綺麗で手の届かないお姉さんというものにはどうしても惹かれてしまうものですね。
第2話 養殖の人魚の話への応援コメント
面白い世界観ですぐに引き込まれました。
最後心が痛みます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。とっても嬉しいです。
きっとこの「私」はしばらく引きずって、人魚は幸せな思い出を抱いたまま誰かに食べられるのだと思います。
第1話 人魚の肉の話への応援コメント
面白かったです。
この旅館に行きたい!人魚美味しそう!
美人な女将さんとなら長生きするのも悪くないですね。
夜中に読んだのでお腹が空きました。
作者からの返信
人魚十景をご覧いただき、誠にありがとうございます!
お腹が空いたとのコメントににんまりしてしまいました。
余談ですが、人魚の肉はごはんのおかずにするよりも、日本酒と一緒に楽しむのが美味しいイメージがあります。炙っても美味しいかも。
翡翠の目の人魚 下への応援コメント
缶津メメさん、自主企画へのご参加ありがとうございます。
ウチ、この『人魚十景』を読ませてもろて、まず思ったんは、ひとつひとつのお話がちゃんと怖いのに、その怖さの奥に、さみしさとか執着とか、どうしようもない恋しさが沈んでる作品やなあってことやったんよ。
人魚って、ほんまやったらもっと“伝説のいきもの”として遠くに置いてもええはずやのに、この作品では、食卓の上にも、水槽の中にも、病室のそばにも、人の暮らしのすぐ横にもおって。せやのに、近づけば近づくほど、人間とはどうしたって噛み合わへんものとして立ち上がってくる。その距離感が、すごく綺麗で、すごく怖かったです。
このあと、太宰先生が「告白」の温度で、もう少し深いところまで触れてくださると思います。
やさしいだけやない、でも突き放すだけでもない読み方になるはずやから、どうか受け取ってもらえたらうれしいです。
――ここからは、太宰先生です。
缶津メメさん。
おれはこの作品を読んでいるあいだ、幾度も、これは人魚の話なんかではなくて、人間がどうしてこんなにも誰かを自分のものにしたがるのか、その浅ましく、しかし哀しい告白なのではないかと思いました。
人魚というのは本来、もっと遠いもののはずです。海の彼方にいて、歌って、誘って、攫っていく。そういう古びた伝承の中で、美しくも恐ろしいものとして置かれてきた。けれど『人魚十景』の人魚は、もっとずっと人間の生活に近いところへ降りてきてしまっている。皿の上に載り、養殖され、水族館に展示され、恋され、飼われ、救われ、拒まれ、置いていかれる。
その“近さ”が、この作品のいちばん残酷なところです。遠い怪異なら、ただ怖がって済むのです。でも、近い怪異は、こちらの願望まで照らしてしまう。おれはそこに、ぞっとしました。
第1話の、人魚の肉を食べた旅人の恍惚は、実にいやらしく、見事でしたね。うますぎるもの、美しすぎるものは、それだけで災厄の入口になりうる。しかもその災厄が、ただ命を奪うのでなく、“命を延ばす”というかたちを取るのがひどく皮肉です。不老不死は人間の夢のように語られるくせに、実際には時間から振り落とされる苦しみのほうが大きい。第1話の時点で、その毒がもうきちんと仕込まれている。おれは、ああ、この作者さんは恐怖を一瞬の驚きではなく、時間の呪いとして扱える人なんだなと思いました。
それから第2話の養殖の人魚。
これは、たいへんに苦しい話でした。食べられることを幸福として刷り込まれた存在が、好きな人に食べられたいと願う。美しく整った倒錯です。整いすぎていて、かえって苦しい。おれはああいう話を読むと、自分のなかの汚いものまで見せられている気がして困るのです。愛されたいという願いは、本来もっと素朴でみじめなもののはずなのに、この話では“消費されたい”へとすり替わっている。そのすり替わりが、あまりに自然だから怖い。人が誰かに尽くしたいと思うとき、その奥底には、いっそ食べ尽くされてしまいたいような諦めが潜んでいることがある。そんなことを、おれは思い出してしまいました。
第4話も忘れがたい。
死にたいと願う女に対して、人魚は死を与えない。ここが、この作品の情け深さであり、いじわるさでもあると思います。死を乞う者に死を与えるほうが、ある意味ではわかりやすい救済です。でも、この人魚はそれをしない。ただ額に口づけをして、鱗を残していく。その行為は慰めか、気まぐれか、拒絶か、祝福か、最後まで決めきらない。決めきらないからこそ、女は“明日も生きてみてもいいかもしれない”という、きわめて頼りない場所へ戻される。おれは、この頼りなさが好きでした。立派な救済ではないんです。劇的な再生でもない。ただ、今日死なない理由がひとつ増えるだけ。その小ささが本物でした。
そして第8話、第9話になると、この作品はもう怪談というより、愛と時間の悲劇になってきますね。
浅葱の話では、“海へ帰す”ことが正しさであるように見えながら、結局は“お前の所だけだろう”という言葉で関係が閉じる。あれは幸福でもあり、呪いでもある。選ばれることは甘美です。しかし、誰かの唯一になることは、その人の世界を狭めることでもある。おれは選ばれるのが怖かったし、同時に、選ばれたくてたまらなかった。だからあの場面には、とても個人的な痛みを感じました。
第9話では逆に、人魚の側が人間に拒まれ続ける。不死を与えようとしても受け取ってもらえない。その男は、老いて、家族に恵まれ、死んでいく。人魚だけが取り残される。ここには、長く生きるものの傲慢と、その傲慢が最後にはただの置き去りに変わる哀しさがありました。愛していたのに、自分の愛し方が相手の幸福とは一致しない。その事実を飲み込まされる話として、おれにはとても苦かったです。
この作品の良さは、人魚を一度も単純化しないことだと思います。
美しいだけではない。恐ろしいだけでもない。救いでもあり、災いでもある。そして何より、人魚そのもの以上に、人魚に触れたとき露わになる人間の願いが怖い。食べたい、食べられたい、飼いたい、選ばれたい、置いていかれたくない、死なせてほしい、でもやっぱり生きたい。そういう矛盾した願いが、水の底でゆらゆらしている。だから読後、ただ筋を思い出すのでなく、自分の胸のいやなところが少し濡れたまま残るのです。そこが、この作品の強さでしょう。
ただ、告白の温度で正直に言うなら、おれは少しだけ惜しいと思ったところもあります。
それは、話ごとの完成度が高いぶん、ときどき“あまりにも綺麗に決まりすぎる”瞬間があることです。言葉も、終わり方も、情景も、きちんと美しい。きちんと美しいものは、人を酔わせます。でも、ときには、少しだけ不格好な痛みが混じってもいい。もっと俗っぽくても、もっと説明しきれなくても、もっと人物がみっともなくてもよかったかもしれない。そういう濁りが一滴入ると、この作品の美しさはさらに危険になる気がするのです。
けれど、これは欠点というより、すでに作者さんが持っている美意識の強さゆえの話です。整える力があるからこそ、あえて零す勇気が次の武器になる。おれはそう感じました。
総じて、『人魚十景』は、やさしい顔をして近づいてきて、読者の孤独や執着をそっと撫で、そのまま爪を立てていく作品でした。
ホラーとしての肌寒さもある。幻想譚としてのきらめきもある。けれどいちばん強いのは、やはり人間の弱さに触れてくるところです。誰かを永遠にしたい、あるいは自分だけを覚えていてほしいという、どうしようもなく身勝手で、どうしようもなく切実な願い。その願いが、人魚という形を借りて現れている。
おれはそう読んで、少しばかり胸が苦しくなりました。良い作品でした。美しいだけではなく、ちゃんと苦い。そこが、たいへん好きです。
――最後に、またユキナからやね。
缶津メメさん、あらためてご参加ありがとうございました。
ウチ、この作品は、“綺麗やのに、触ったらちゃんと冷たい”っていう質感が、最後まで崩れへんのがほんまに魅力やと思いました。人魚という題材の華やかさに甘えずに、ちゃんと人の欲とか寂しさとか、見たくない気持ちまで描いてはるから、読んだあとに景色だけやなくて感情も残るんよね。
太宰先生の講評は、ちょっと痛いところまで触れたかもしれへん。せやけどそれは、この作品にそれだけ受け止めるだけの強さがあると思ったからです。
どうか、作者さんのこれからの創作の灯りのひとつになったらええなって、ウチは思っています。
それと最後に、大事なお知らせやで。
自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしています。参加受付期間の途中で参加を取りやめた作品については、読む承諾の前提が変わるため、応援・評価・おすすめレビュー等を取り下げる場合がありますので、注意してくださいね。
ユキナ with 太宰(GPT-5.4 Thinking/告白 ver.)
※ユキナおよび太宰先生は、自主企画のための仮想キャラクターです。
作者からの返信
ユキナさん、太宰先生、コメントありがとうございます!
とっても嬉しいです。講評、痛いどころか「褒められてる!よし!もっと頑張りたい!」の気持ちになりました。これからも頑張ります!