3
サヤと同じように闇に腕を奪われた魑魅は、膝を地面につけることこそはないが、怒りが胸を覆う。
「さあ、今君には選択肢などない」
闇が当然かのように言い払う。
魑魅はそんな黒いモノを見ながら、自身の剣がないということに今頃気づく。
いつも宙に浮いているそれは、まるで世界から一つのピーマンがなくなったくらいの影響しか普通の人にしか与えない。
「…………お前は必ず殺す」
「威勢がいいな、それはどちらだ」
拳を振り翳す闇。
そしてどうしようもない腕を抱えた魑魅。
武器がない彼にとっては最大のピンチ。場所が鏡花水月ということもあって、壊しにくいのか頬には汗が滲んでいる。
と、そんな顔をした彼女に、闇は不意に問うた。
「その前に、君は自然を殺したことがあるか?」
その姿からは想像もできない言葉が湖に反射して魑魅の耳に届く。
「…………は?」
「…………答えは?」
………
もはや話が通じない。
答えるしかないか。
「ある」
「ハッ」
失笑。
それと共に伸びてきたのは、悪魔の手。
それは彼の心臓を狙った一撃。
長く伸びたそれは、ドスッと魑魅の胸に突き刺さる。
だが今度は、彼から仕掛けていった。
「舐めすぎなんだよ、創りモノ(ヒト)を!」
そう叫んで、思いっきり伸びた黒い腕を力一杯殴った。
伸びたことで耐久性が落ちていたのか腕は直ぐに壊れて崩れる。
「ほう」
だがそれだけのこと。
闇が脆くした部分を壊したのみ。
そんなモノで、悪魔は止まらない。
「では、こんなのはどうだ?」
え、そう言う間も無く、
ドドドドドドドドドド!!!!!!
無数の拳が彼に命中する。
手数が圧倒的に足りない彼にとって逃げるは悪手。
だが攻撃することもできない。
ドドドドドドドドドド!!!!!!!
傷がどんどん増えていく。
あざ、切り傷、無数の痛々しさが彼の心を覆う。
だがまだ心にあるのは勝利の思い。
ある一つの策を思い浮かべながら、彼は不敵な笑みを浮かべた。
それはどこまでも深く、恐ろしい。
その一種の怖ろしさを感じとった闇は攻撃をやめ、後手へとまわる。
「……………そこまで傷付けてもなお、屈しないか」
「もちろん」
心まで屈するつもりはない。
自分は一人じゃないから。
ドスッ!
感じられないほどの速さ。
何かが背中に刺さったことは明らか。
闇が背中を見て分かったのは、自身の敗北、それだけだった。
「…………クソが…………!」
グググと
精が闇の真ん中に集まっていく。
これぞ最後の技というようなオーラを放ちながら、何やらイヤな予感を魑魅は感じる。
自身の友が危うい。
「知っているか?」
「やめろ………」
散る
「」
バァン!!!!!
湖の上で波紋が広がるが、傷がつくことはない。
最大限の配慮を湖に向けたことで、剣に対しての驕りの一寸も捨てた一発。
もちろん剣は粉々。
黄色のソレはかなり小さいサイズに爆発されたのか空中に粉が舞う。
やがてそれは自然へと溶け込み、黄色の世界を作った。
「牒剣?」
ふと魑魅が口にする。
これまで一緒に戦ってきた盟友の名を。
牒剣。
それは彼にとって唯一使えた武器。
通常時ならば主人の感情によって色を変え、命令通りに形を変える万能さを持つ。
だが悲しくもそれは、壊されてしまった。
悲しさは確実に感じているはず。
だというのに、魑魅はその場を立ち、空を見る。
あるのはどこまでも感じれそうな空。
怒る相手がいない。
ただそれだけだった。
今も、昔も。
「フー」
白い息を吸い、すぐさま吐き出す。
彼の悲しみは、美しい景色と共に永遠に残された。
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