第28話 三日目・帰り道の告白

バスを降りた後、夜の空気がひんやりと肌を撫でた。

湿ったアスファルトの匂いと、タイヤの焼けた匂いが少し混ざる。


「……起実くん」


小さな声。

振り返ると、眠桐さんが数歩後ろに立っていた。


「少しだけ……歩かない?」


『うん。』


 


靴が、アスファルトをすこし擦る音──コッ…コッ…

二人分の足音が、夜道に溶けていく。


何も話さないまま、ただ風が頬を撫でる音。

眠桐さんのマフラーが、さらりと揺れる。


隣にいる気配が、鼓膜をくすぐる。

風が吹くたび、髪がかすかに頬に触れそうになって──


 


『……眠桐さん』


「……うん?」


 


ふいに立ち止まる。

草むらの間から、**ジ……ジ……**と鳴く虫の声が聴こえる。


ゆっくりと彼女の方を向いて、

彼女も、ほんの一歩、こっちに寄った。


 


『……俺、眠桐さんのことが──』


声がかすれて、思わず喉を鳴らす。


ゴクリ。


『……好きです。』


 


一瞬、風が止まった気がした。

夜の音だけが残る。


心臓の音が、耳の奥でドクン、ドクンと鳴っている。


 


眠桐さんは、恥ずかしそうに笑って、ほんの少し目をそらしてから──

小さく、でも確かに言った。


「……私も、起実くんのことが好き」


 


トクン


その言葉が、胸に落ちて広がっていく。


彼女の声は、そっと耳元で囁かれるみたいに柔らかくて、

その響きだけで、身体がじんわりと温かくなる。


 


少しずつ、距離が縮まる。


 


手と手が、指先だけ、**かすっ……**とふれる。

その音がしたかのように敏感になって──


でも、今度はもう離さなかった。


 


『……ありがとう。』


「……ふふっ、どういたしまして」


 


彼女の声が、耳の奥に小さく反響する。

囁くような、くすぐったいトーン。


肩がふわっと触れ合う。

呼吸の音すら聴こえてくる気がするほど、近い距離。


 


『……ずっと、こうしてたいね』


「……ん。わたしも……」


──夜の静けさに溶ける、ささやき。


それはまるで、耳の奥にそっと触れる愛だった。

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クラスメイトの眠桐さんが全力で寝かせようとしてくる~頼むから眠らせないでくれ~ 桜ヶ丘都冨 @sakuragaoka

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