十二章



 北の泉外人の女が旅に出て四月よつき経った。季節は移ろいゆくがここ九泉においてはそれも曖昧なもの、終年晩春めいた薫風が吹く国では歳月の感覚すら遠い。それでも、彼女の身を案じる者にとっては途方もなく長い時間だった。


「食糧は二月ふたつき程度しか持たなかったはずだ。シン、あの子はまだ?」

 窓辺に腕を預けて小鳥を眺めていた童女は無視する。

「どうしたことか。もしや族領くにに戻っているのか。……いや、それは考えにくい。なんの手立てもなく帰るはずがない。はたまた、鉱脈が見つかったのだろうか」

 うろうろと房室へやを歩き回る主人を目障りに思い、とうとう息を吐く。

「そんなにやきもきしたって死ぬときゃ死ぬわ。とにかくまだ生きてるのは確かなのよ。落ち着いてよ」

「しかし白蛤うむきがなにも伝えてこない。もしや虫の息で助けを呼ぶことも出来ないのでは」

「あたしの泉主。これは命を懸けた誓いなの。自分で決めたのでしょ。これ以上介入すれば成り立たなくなるわ」

 分かっているが、となおもせわしなくうろつき、疲れたのかようやく凳子いすに腰を下ろした。やれやれ、とシンシンは身を起こす。

「それより、孳孳は?」

「姿を見ない。今はまだ寝ているのではないか」

「あれだけ連れ回したらね」

 あたしも疲れた、となじったのにもおざなりで主は指をもてあそびながら幼子のようにぼんやりと頼りなげにしている。

「……もう!しっかりして。あなた、あの女に引きが強いって言ったけど、あなただって相当なものよ。自分を信じてどっしり構えてなさい!」

 ぺしりと額を叩くと、うう、と謎の悲鳴をあげる。「……だって、心配だ。ああ、やっぱり教えるだなんて約束しなければよかったかもしれない……」

「まあ、仮令たとい帰ってこれて内容を聞いてもどれが真実で嘘かなんて判断つかないじゃない。適当に言っておうちに帰したら?」

「そんなことをしたら嫌われるだろう!」

「すでに好かれてもないようじゃない。無理もないわあ、だって気持ち悪いもの」

「シンまでそんなことを言う」


 いじけた顔を鼻で笑った。彼は己でさえ、一応は人であるという認識がにぶいのだ。まして他人に対して同じ立場でものを見ることなど不可能なのかもしれない。

 小石と同じ。稀有な色を見つけて揃えてはしゃぐ。その石がどこでれたのか、どういった由来の石なのかはまったく興味がない。石は、石だから。


「……どうしてこんな性格になっちゃったんだか」

 それでも、自分の主はいっとう大事で唯一まもらなければならない者だ。困った顔も悲しむ声もすべてが愛おしい。

「ねえ、あたしの泉主。食糧が尽きても由歩ならある程度霧界のものを食べられるわ。気がこわいから意地で助けを呼ばないとも考えられるけど、ここで死んだら元も子もないのは分かってるはず。なら、きっと大丈夫」

「シン……」


 主は瞳をうるめかせた。…………ああ、中身が小児にかえっている。そう悟って姿を成長させ、伸ばしてくる腕を抱きとめた。


をいつも支えてくれるのはシンだけだ」

「あたりまえ。あなたはあたしのものだもの。誰にもあげない」

 優しく言い置き、広い背を撫でる。しかし、突如として襲った悪寒に総毛立ち、逆にすがりついた。

 あまりのおぞましさに悲鳴を叫ぶ。


「シン⁉」


 嘘だ、と全身を震えさせた。――――近づいてくる。どんどん。


「せ……泉主」

 干上がった喉で必死に声を絞り出し、衣を握り締める。闇が。闇が来る。

「あ、あたし……かたちを保って、いられない」

「どうした……?いったい何が」

「…………あれが、来る」


 やっとのことでそう言うと、金の少女は崩れて融解した。目の前で半双かたわれが跡形もなく霧消したのを呆気にとられながら反芻し、慌てて周囲を見回した。房室を出る。内院にわ素足はだしで駆け下りた。地鳴りを聞いた。

 ふいに突風が打ちつけて顔を庇う。激しさに膝をつく。咲き乱れていた種々の花弁が嵐に巻き上げられ、軒先の綵帳たれまくはもみくしゃになびき、吊るした鈴がけたたましく鳴った。香炉の火は吹き消え回廊には恐ろしげな唸りが渦巻き、――ふっ、と、それは来た時と同じように突然おさまった。


 ごつ、と固い長靴の音。静かに近づく跫音あしおとに胸を刺されたように硬直した。まさか。ありえない。

 知らないうちに汗が噴き出していた。こんなことはいつぶりか、長らく忘れていた感覚に震えて顔が上げられない。


畏怖しておそれている…………?この寡人が?)


 やっと己の状況を把握しかけたが、射した影で我に返る。すぐ前までやってきた見えない何かに、されたように頭が持ち上がらなかった。


 ――――どうした、と呼びかけが降る。


「そんなにちぢこまって」

 静かに、悠々とさえ聞こえる声は至極落ち着き払い、しかし戸惑ってさえいた。長く、長く息を吐いた。覚悟を決めて目を合わせる。


 すぐに飛び込んできたのは鮮烈な赤。炎の赫髪かくはつは結わないままでゆるく風にそよぐ。砕けた皮甲よろいの残骸が肩から落ちそうになっている。衣は泥と血にまみれほつれて元の色は定かではない。同じく擦り傷だらけで所々破けた靴。


「無事に帰れたら抱擁してやると言ったのを忘れたのか、九泉主」

「…………忘れるはずもない」


 胸の奥から歓喜が溢れ、座り込んだまま、待ち侘びていた彼女の手を引く。従って片膝をついた相手は気配に反して穏やかな笑みを浮かべた。

「おかえり。麗春花ひなげし

 蒼白の顔をごまかして両腕に迎え入れる。

「麗春花?」

「ずっと、考えていたのだ。どう呼ぼうかと」

 なんだそれは、と苦笑するのを耳の後ろで聴き、愛しい赤い髪を撫でる。今は埃まみれでくすんでいたが、そんなもの、彼女の美しさを損なう根拠となろうか。

「……まさか。まさかだ。よもやこんなことになろうとは」

 呟き、瞼を開く。いつの間にか真横に立っていた小童わらべに目をみはり息を止めた。指一本分の距離でじっと凝視してくる金の瞳。彼女と同じく、燃え盛る赤い髪を振り乱して穴のあくほどこちらを眺めている。



「…………饕餮とうてつ…………」



 小童は細い首を傾げ、次いで主を見上げた。そちらはそのまま床に胡座あぐらをかいた。

「ひどく疲れた」

「……賜器しきもないのに、どうやって下したのだ?」

「正直、おぼえていない。途中までサイを追っていた。だが崖から落ちてしまい、気づけば何も見えない暗闇に迷い、そうしてこいつにった」

「遇った?」

「ああ。はじめは鹿のような姿をしていた」

 なるほど、と腕を組む。依然立ち尽くしている妖には視線を合わせず、顎に指を当てた。

「俗に呼ぶ、麅鴞ホウキョウとなっていたのなら頷ける。寿命を終える間際まぎわの古いものか」

「麅鴞?」

「水神からはじめにかれたものは『神気かげ』だった。ゆえに本来、饕餮に実体すがたはない。弱っていたり自らの死期を悟ると獣型をようになる。そうして獲物をおびき寄せて食べるのだ」

「……そうか。お前は麅鴞と言うのか」

 幼子は頭を撫でられても顔色ひとつ変えない。「これは人型になるが、話さない。椒図とはやはり違うのか」

「……いや。それはその個体だけだろう」

 おそらく本当に天寿を全うする刹那に下されたのだ。もうすでに取り込んだかてを外界に顕現させる力がなく、ながい時の中で蓄えたもの一切を使い果たし、ただ人型を真似るだけで精一杯か、と抱き上げられる小さな背を見た。肌は細かい網目のような透過の鱗に薄く覆われている。

「たとえ死に際のものでも九子は九子だ。なれと契約した以上は寿命で生が尽きることはない……賜器は、得なかったのか?」

「言っていたような武具はもらえなかった…………それに、不可思議な夢をた」

 遠い目をしたのに微笑む。

「それは憶えている?」

「ああ」

「では、やはり汝は特別に力が強いのだろう」

 そうなのか、となおも頭が働かず茫洋と空に浮かぶ雲を目で追った。「ひと月は過ぎてしまったようだな。長らく闇にいて時の感覚が乱れて分からない」

「汝が出ていってもう四月と少しだよ。今は夏だ」

 驚きで目を剥いた。「…………は?」

「汝はずいぶん麅鴞の結界の中で過ごしたらしい。結界とは異界だ。時の流れは歪み感じ方も違う。昇黎も同じようなものだ。うつつよりも時が過ぎるのが遅い……いや、こちらが速いと言うべきか」

 だがおかげで飢えも渇きもせずに九子を下せた。

「良かった。汝は寡人の予想のとんでもなく斜め上を突き進み心が休まらないが、間違いなく誓いを果たして帰って来てくれた」

 教えよう、と手を差し伸べる。

「天門についてを」







「麗春花。前にも言ったが、この大泉地とは閉じられた殻の中だ」


 場所を移していつぞやの花咲き乱れる宮、内院を眼前に臨みながら九泉主は世話ばなしよろしく明かし始めた。


「言うなればもうひとつ大きな『世界』があり、その一隅、ずれた大気の彼方もしくは裏側と考えて良い」

「……大泉地以外にもこのような場所があると?」

「でなければ、砂人や波人が紛れ込んでくるのに説明がつかないだろう?彼らは外からやってくるから」

「外には行けないのか」

「残念ながら、彼らも分からないようだ。寡人とてそのすべは知らない。この地を由霧ごと取り囲む天衝壁てんしょうへきの向こう側に何があるのか、誰も見たことはないし、見られたとしても報告しに戻った者はいない。伝聞は全く無い」

「そうか。それで、天門とは何で、雄常樹ゆうじょうじゅの実とは何で、どうやって使う。私が得たこの天啓を活用するのは確かなのだろう?」

 泉主は胸の前に両手を挙げた。

かないでくれ。まず、おさらいだ。この地は天帝が封じたもうた神泉、水神の末裔が水と共に生きる。しかしそもそも、なぜ天帝はこの地を封じたのか」

「洪水が起きたからだ」

「はたしてそれだけなのか。天帝は水神をしてこの地をしずめしめた。その源、黎泉におわすという。封じるとはじること、ふさぐこと。封じられた地の天帝ならば、それそのものもそうであると考えるのは自然なこと」

「そのものもそうである?天帝も封じられている?」

「御自らを封じたと言ったほうが正しいやもしれない。……古く、まだ人がこの地上に存在しなかった頃、渾沌こんとんの天地は精気で満ちており、一万一千五百二十の神々がいた。そして幾度となく戦いが起きた。多くの神々が暴れ、たおれ、滅した。我々の天帝とはそんな神世の大戦のおりに傷つき、この地へ逃れ、そして眠りについたとわれる」

「外敵から身を守るために自らを封じたということか」

「そう。つまり黎泉には封神ほうしんが眠る。定められた時、え終わりふたたび目覚めるその時まで英気を蓄えている」

 手を顎に置いて考える。

「眠る神の……復活の為……」

「寡人はその来たるべき時を影現ようげんと呼んでいる」

「それで」

「天帝が目覚めたなら、おそらく寰宇せかいは再びひらかれる」

 確信を込めた泉主の顔はいつになく生真面目だった。

「では、天帝を起こせばこの状況は変わると言っているのか。毒霧は晴れるのか」

「麗春花。その前に、汝は整理できているかな。寡人ら泉民が誰の子孫なのかを」

「さっきから己で言っているではないか、水神の末裔だと」

「その水神とは、どの水神か?」

 問われて怪訝に訊き返した。

「どの……?」

 創世神話を思い返してみよ、と指を組む。「大多数に信じられている話とはこうだ。天帝がこの地を封域ほういきと定めたおり、ここには水しか存在せず、乾いたおかは無かった。ゆえに水神に水をよなげてくぎるようにと命じた。そうして大水は九つに分けられた。……つまりはね、この話では神とは二神いる」

 言われてみれば、と瞬いた。「ええと、ではお前たちは天帝の末裔ではなく、もう一方の神の子らだということなのだな」

「なぜ天帝は自らではなくその水神に命じて大泉地をつくらしめたのか。理由は簡単だ。自らを封じるとはつまりは仮死、外のものに影響を与えることが不可能になるからだ。外敵から攻撃を受けても対応出来ない」

 泉主は可笑おかしげに首を傾けた。

「帝陵に常に侍るのは誰か」

「……墓守」

「麗春花はほんに察しが良い。そう、墓には墓守がいなくては盗人に暴かれてしまう。となれば九つの泉は我ら墓守の宿営地というわけだ」

「ふん。泉外人が盗賊だとは言ってくれる」

「ただのたとえだ。それで、水神は九泉きゅうせんしたわけだが、同時に我らを『鍵』とした」

解鎖かいさ鎖定さてい……ここで天門が出てくるのか。だが、なぜそんなものが要る」

「確としたことは分からぬが、水神は大泉地を調ととのえた後、自らも天帝と共に在ることを望み、そのまま黎泉にいる、もしくは力を使い果たしこちらも来たるべき時に備えている、と考えれば、天帝の目覚めより早くにまず水神が起きなければならない。主より寝坊することは許されないだろう?九泉それぞれの王はその為の『鍵』なのだ」

「天帝をよみがえらせる前に、まずその水神を迎えねば、影現にはいたらない……」

 そしてその扉が天門ということなのか。

 しかしねえ、と泉主は組んだ指の上に顎を乗せた。

「本来、開扉とは外部からどうこう出来るものではないのだ。あくまで内からの号令があって初めて呼応する。その時を待つのが我らの務めであり使命。……まあ、予定の外のことがあったとするならば」

 懐古するように目を細めた。

「地に落ちたときに、人と妖にかれてしまったことかな」

「……それは想定外だったのか」

「さあ。けれど寡人はそこがせないから、きっとそうなのだと解釈している。鍵としての役割を果たすのが人なのは少々使い勝手が悪い。なぜなら人はもろい。瞬きの短い合間に次々と死んでは生まれ、多少なりとも変容してゆくから。実際にえ広がってじり、各泉の血は薄まった。そうなって、編まれた条理は形ばかりになり世界はどうしてもほころびを生み出さずにはおれなかったのだ。鍵の継承は血にるが、今では初めに半双かたわれと分離した人、その末裔でなければ天啓が降りない。つまりは王統系譜に連なる血でなければ鍵の役割を果たせない。寡人は各泉の王たちが来たるべきいつかの時まで血を繋ぎきる、なんてことはとてもではないが無理だと思ってきたし、案の定そうなった。考えれば泉外人である汝たちは圧倒的に優位だと思うぞ。幅広く天啓を得られ、天門に干渉するなどという強大な力が備わっているのだから」

「ちょっと待て」

 話し続けようとしたのを押しとどめる。

「お前はいまとんでもないことを言わなかったか??王がいなければその国の泉は涸れる。そうだな?」

「左様」

「ならば、すでに王統を断絶し、涸れている泉国があると、そう言ったのか?」

「そう。初めは三泉。続いて八泉だ」

「だが、そんな話は聞いたことがない。八泉は塩の泉があると崔遷さいせん下僕しもべたちは言っていた。嘘なんかではないだろう?」

「だから涸れていると。――ああ、涸れる、とは必ずしも水が無くなって干涸らびた土しか残らないという意味合いではないのだ。泉根せんこん……つまりその泉国の王と結びついた泉との鎖が断ち切れたという意味で涸れた、と表す。八泉とて、もともと民を育む泉が湧いていた。しかし泉根が枯れ、水も涸れた。直には飲めない塩のしかない。三泉なぞもっとひどい」

「………………」

 睨み据えた。

「………………それで、泉人の鍵の役割が泉外人の『選定』通過者にも同じく務まり、黎泉をつつくことが出来る。さあ、ではそのやり方だ。天門とは」

九重ここのえの門がある。外門と内門に分かれた二対の門が九つ、それぞれ各泉国の水門をつかさどる。天帝は閉じている内門である不徳の門の、さらにそのずっと奥におわし、外門の徳門が開いていれば泉は腐らない。影現ようげんは、外門をすべて閉ざし内門をすべて解き放つことにより成就するという」

「外門は鎖定しなければならないのか」

「徳門が開いているというのはつまりは泉主がいるという証。泉根を失えば閉じてしまい、泉の浄化は滞り腐る。肝要きもはどちらの門も定められた均衡する正しい形で在ること。崩せばどんな咎災わざわいがあるかわかったものではない」

「今世での常の形が不徳門は鎖定されていて、徳門は解鎖されているということは、逆をすれば黎泉を揺り動かせると。そして、私にはそれが可能なのだな」

 教えろ、と目で訴えれば泉主は頬を掻く。

「鍵とは、開ける力だ。もう一度言っておく。為のもの。おそらく来たる時には外門は黎泉によって閉じられる。これが号令。そして九人の泉帝が鍵となりこの地は始祖水神と天帝を迎える祝福にあずかる。泉外人の『選定』とは同じく天啓を授かり、その鍵の役割を横取りできる」

 説明を反芻して、ふ、と笑みがこぼれた。「なるほどな。墓守に扮してむろを暴く、神殺しの宿命さだめを負ったのが我々夷狄いてきというわけか……それが本懐だとすれば泉人にとってはたしかに忌むべき存在だ」


 立ち上がる。ゆっくりと卓子をまわって泉主に歩み寄った。

「では、なにか。お前を殺して外門を閉じ、私と私の麅鴞を使って内門を開けば良いというわけだな?」

 手頃だ、と腕を伸ばす。試してみるのに丁度よく目の前にいるではないか。対して彼は静かな視線を向けた。

「まあ考え方として手っ取り早くはそうなろう」

「そうして、泉国じゅうの泉主を殺して回ればいいというわけだ」

「無きにしもあらず。だが現実には即さぬと言っておこう。……それと、ここでは寡人を殺すことは出来ない」

 伸ばした手が固まった。宙で触れた空気が糊付けされたように、引っ込めようとしても身体からだが動かない。

「……麅鴞」

 呼ばわった途端、背から赤い鱗尾が巻きついて来たが、やはり動きを止めた。泉主はひたと見つめている。

「いかな饕餮とてここでは分が悪い。なぜなら、ここはシンの結界内だから」


 ぶわり、と髪が巻き上げられ、いつの間にか主人の膝に腰掛けたのは怒り顔の少女。

巫山戯ふざけるのも大概にせよ。死に損ないの饕餮を得ておごったか化外けがいのアバズレ」

「麗春花、落ち着いてほしい。話はまだ終わりではない。それに、寡人には汝に殺されるだけの理由がない。さらに重ねて確認するが、汝には万民を救う為に力を使うよう申し入れた。だからこうして天についてを暴露している。それは了解してもらえたのだと思っていた。今ここで泉主である寡人をしいせば九泉このくにの天門の均衡が崩れ、泉は腐る。そうすれば罪なき民が死ぬ。全てを分かった上での行動かな?」

「泉主、この女をあたしにちょうだい!八つ裂きにして食べてやる‼」

 異形の少女がわめく。しかし憤激しながらも麅鴞を警戒し、怯えて身を竦ませた。それもなだめ、泉主はさらにじっと見つめてくる。

 逸らすことを許さない視線に気圧けおされた。「……別に、本気で言ったわけではない」

「嘘は良くない。本気でなければシンは動かなかった」

「そうよ!」

「まあ、汝に殺されるのも一興かもしれないが……」

「気持ち悪い。やめておく」

 そうか、と泉主は名残惜しそうな雰囲気を醸し出し、すぐに下僕に噛みつかれた。

「話半分で手を出すなんて!泉主!やっぱりこんな女信じちゃだめよ!」

「お前がいる限りは安全なのだから、そう怒るでないよ」

「何を甘ちょろいこと言ってるの!だから蛮族に情けをかけるのはおやめなさいと言ったのよ‼」

 ぐるり、と大きな眼を向けた。

「饕餮なんて下すようなヒトがまともなわけないじゃないの」

「いい加減黙っていろ小娘。お前とて人の皮を被った精魅もののけではないか。人ぶってしゃべるな」

 きんきんとした叫び声が耳にわずらわしく、席に戻りながら冴えた調子で毒づいたのにシンシンはますます激昂した。が、再び主に抑えられ、ついに「知らないからね!」と吐き捨て霧となって消えた。




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