第6話 瞼の裏に見える幻影

いつもの代わり映えしない駅までの路、少し先を歩くあの子に気づいたのは駅の改札に入る時だった。

目の前を歩く、か細いあの子に何故か不思議と目がいった。

今思えば少し…いや、かなり印象的だった。

ゆらゆらと揺れる様に歩く姿に、少しの風でもなびくサラサラの長い髪。

あまりに華奢な後ろ姿と、何も入っていないような薄っぺらい鞄。

簡単に折れそうな手脚は真っ白で、まるで血を抜かれた様な、体温を全て奪われた様な冷たい色をしていた。

手に持っていたICカードは裸のままで、今時の子にしては珍しいと思った。


もしかしたら彼女は、ゆらゆらと揺れる様に歩いていたわけじゃなく、痛みと苦しみに耐えフラつきながら歩いていたのかもしれない。

華奢な身体で抱えきれないほどの傷みと言う名の荷物を背負って、空っぽに近い軽い鞄をやっとの思いで持っていたのかもしれない。


憶測に過ぎないけれど、今思えば記憶の中の彼女はあまりに弱々しく淀んだ陰を潜ませていた気がする。


改札を抜けて少しすると、駅構内に電車が近づくアナウンスが流れた。

そのアナウンスを聞いて、小さく彼女は微笑んで足を弾ませるように走り出した。

「えっ!あっ、危ないっ!!」

電車の到着を知らせる汽笛を合図にするように、彼女は空に手を伸ばし線路に向かって大きくジャンプした。

咄嗟に叫んだ声は、電車の急ブレーキの音とホームにいた人達の叫び声にかき消された。

彼女に伸ばした手は、彼女の手には届かず空気を掴んだだけだった。


サラサラの長い焦茶色の髪が、太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。

そのせいか、一瞬彼女が真っ白な翼を大きく広げて飛ぶ様に見えた。

その時の姿は、まるで一枚の絵の様に輝いて見えた。

でも、それは本当に一瞬で次の瞬間には大きな鈍い衝突音と電車の急ブレーキの音、ホームにいた人達の叫び声が響き渡り僕の耳を貫いた。

そして同時に、彼女の血液と肉片が飛び散り辺りは騒然とした。


瞬きを許さないとでも言う様な彼女の行動が、スローモーションの様に瞼の上に焼き付いた。


フラフラとホーム下が見えるところまで、震える足で近づいた。

彼女の真っ白な腕が見えた瞬間、「見ない方がいいです。下がりましょう。」と駅員に身体を支えられながら言われた。


「危険ですので下がってください。」

「ただ今、人身事故が発生しました。今後の電車の運行状況…。」

ホームのベンチまで歩きながら聞こえてくるのは、駅員の叫び声と構内に響き渡るアナウンス…でも遠くからボンヤリと聞こえるようで、まるで別の場所で聞いているみたいな感覚だった。


駅員に支えられながらベンチに腰掛ける寸前で、僕はギリギリ保っていた意識を手放した。

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明日にかかる燻んだ虹 @SayuHinaki

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