30. 魔性の女(18)

「501の大河原紗耶香といううちの社員が今日急病で休んだので、ちょっと様子を見に来ました」

管理室の小窓を叩き、椅子にもたれて居眠りする老人に名刺を差し出した。

「でも、501にはフェルナンドさんが住んでいるようですが・・・」

作り笑いを浮かべてたずねると、

「ああ、フェルナンドさんの奥さんのことですか?」

質問の意味がつかみかねたのか、老人は首をひねった。

「あっ、そうそう」

「最近見かけませんね」

これにはちょっと驚いた。

老人は何も考えずに、事実だけをいっているのはよく分かった。

「このマンションは賃貸?・・・それとも分譲?」

「ああ、両方です。501はフェルナンドさんが所有者です」

「ずっとフェルナンドさんが住んでいる?」

「そうです。フェルナンドさんはかなり前から、・・・たぶんこのマンションが出来た時から住んでいるはずです」


古納戸ムハマドとムハマド・フェルナンドは、おそらく同一人物だろう。

紗耶香は、このスリランカ人の宝石商と国際結婚をしたということか?

マンションの所有者は、紗耶香ではなくフェルナンドだ。

「マンションを売ったお金の半分をあげて夫を追い出して、離婚が成立した」

紗耶香はそういったが、所有してもいないマンションを売ることはできない。

家を出たのは、夫のフェルナンドではなく紗耶香の方にちがいない。

「紗耶香は、どうして嘘をついたのだろう?」

地下鉄の麻布十番駅に向かって歩きながら考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る