五節 霧中の灯と巫女の手迫る

柏手一つで火は消える。


「怨霊の炎にしてはぬるいわね、これなら妖精の子らの方が火力があったわよ」


片手で服に付いた火の粉を払いながらジャックを見る。


「おや流石の吾輩とて自然の化身たる妖精と比べられば見劣りしますかな」


目の前で肩をすくめて見せるカボチャ頭、その目は怪しく光る。


「ヤホホしかし帰り道は分かりますかなお嬢ちゃん?」


「帰り道?」


神流の瞳が一瞬だけ細くなる。


音が遠い、笛や太鼓そういった祭りの喧騒が遠くにあるのだ。


「あら。妙ね」


輪郭のぼやけた影、灯籠の並び、視界まで見えた人波が、ない。


「次は何かしら?」


気が付けばそこは霧の中、カボチャ頭はその数を増やし、手にあるランタンは怪しく光る。


「ガスね可燃性?人払いに幻影の魔術、空間を歪ませる霧の結界、時間稼ぎと言うとこかしら」


「ヤホホ、神成の巫女よ、生と死の境界の番人ジャック・オー・ランタンの悪霊スティンジー・ジャックがお相手しましょう、どうです一曲踊りませんか?」


「否定しないのね、捕まえて情報を吐かせるから覚悟しなさい」


瞬間神流の手刀から放たれる飛ぶ斬撃、カボチャ頭は咄嗟にブリッチでかわす。


「ヤッ!?ハー!!」


地面を舐めるように広がる炎を歩法一つで渡り、霧の奥から伸びる少女の手がカボチャ頭に迫る。


それは宿場町のハロウィン、穏やで騒がしい祭りの光景、人が消える。


ザワザワ


、人が消える。


スタスタ


、人が消える。


「えー買ってよ〜」「安いよ安いよ」


目の前を歩いてたはずの人がそこにはおらず、後ろに聞こえていた声や足音はそこにはない。


「……」


ぬらりくらりと気配は溶け、そこに人と異形の差異は無い。


「矢をつがえよ」


見鬼の才ある若者が同僚に声をかける。


重厚な平安鎧を纏いし見回りの侍は、機械の馬を落ち着かせ簡易の陣より和弓を召喚し周囲を見渡すも、後ろを歩く同僚の姿はそこにはない。


「攻撃か?この身を守りし身代わ──」


懐から紙人形を取り出すもその声は続かず闇に溶ける。


神流の不在に不穏の影が迫る。


嵐の王、亡霊の群れ、ワイルドハント、今極東の大陸にて、冬の季節を告げる新たなる王の名が星に刻まれようとしていた。


「ヤ、ヤホホ恐ろしい方だ、己の霧を恐怖する日が来ようとは」


気配を感じない、当たり前の様にそこにあるからこそ気が付けな。


ヌーっと飛び出す腕が、カボチャ頭へと迫る。


「ウィルオウィスプ!!」


吾輩の炎が彼女を包んだが――効いていない。


炎の中から伸びる腕が、真っ直ぐ吾輩のカボチャ頭へと迫ってくる。


「ヤホホ……これは」


慌てて後ろへ飛び退こうとするが間に合わない──、だが吾輩には幻実体は無い。


白い指が、吾輩の頭に触れた瞬間、全身に雷が走るような痛みが襲った。


いや、痛みではない。これは――


「祓い」だ。


「まさか、吾輩を浄化するつもりか!?」


情報を吐かせると言うのはこちらを油断させる欺瞞!?思考がまとまらぬ、あり得ぬ状況に理解する事を拒みたくなる。


恐怖にかられ、ランタンを増やし分身を作る。


一つ、二つ、十も二十も、霧の中にカボチャの灯りがぽつぽつと浮かんだ。


だが、彼女の瞳は迷わない。


薄闇の中、巫女の瞳だけが異様に光っている。それは人のものではない――獣の、否、神の瞳。


「そこね」


静かな声と共に、分身の一つが掴まれた。


「ギャアアア!」


偽物のはずのカボチャ頭が、本体と同じ痛みを吾輩に送り返してくる。なぜだ、分身は幻影のはず――


「驚く事があるかしら?あなたの分身は『迷わせるための実体』でしょう、縁を繋げすぎたのよ」


笑った様に見えた、彼女の手がカボチャを握り潰す音が、骨の軋む音にしか聞こえない。


次々と分身が消され、吾輩の視界が狭まっていく。


霧も薄れ始めた。


結界を維持する力が削がれているのだ。


「待て待て、吾輩はただの案内役――」


「……」


彼女が一歩踏み出すたび、地面が軽く震える。その歩みは重く、まるで山そのものが歩いているかのように感じた。


吾輩は気が付く。


この巫女は、初めから吾輩を獲物だなどと見ていなかった。


「吾輩は怨霊スティンジー・ジャック、果実貪り食う笑うペテン師、吾輩には天国も地獄も無く地上彷徨うジャック・オー・ランタン!!」


吾輩は叫ぶ、誇示する。


「なめるなよカンナの巫女」


吾輩は手を伸ばす、ランタンを構え炎を操り、ガスを吸わせる。


吾輩では、彼女と踊るには力の差があり過ぎた――


「ヤホホ…こりゃあ、ブラド卿に怒られそうだ……」


最後の分身が握り潰される音を聞きながら、吾輩は本体を隠した霧の奥へと逃げ込もうとした。


だが――


「そこかしら?」


振り返ると、彼女はもう真後ろにいた。


その手に、吾輩の本体のカボチャ頭が握られている。


いつの間に?


「捕まえた」


最後に見えたのは、微笑む巫女の顔だった。


それはマリア様の慈悲深い表情の様にも見えたが、吾輩にとってはそれがとても恐ろしい物に見えた。



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