君子危うき学生服に近寄らず

 森を流れる渓流から南へ約二キロ程離れた地点。木々の緑を割るように土の押し固められた薄暗い街道で、優美な細工の施された一台の馬車が立ち往生していた。その周囲には夥しい血と撃ち捨てられた死体、死体、死体。


 撃ち捨てられた骸は西洋甲冑を纏った騎士らしきモノが三つに、革鎧を身に着けた粗雑な身なりの男達が二十と少々。そして馬車の前では、血塗れの女の騎士が地面に押さえつけられている。


 パッと見る限り騎士達は馬車の護衛であり、革鎧の一団はそれを襲撃した賊といったところか。


 騎士側の生き残りは拘束されている女騎士だけのようだが、賊(仮称)側の一団はまだ十人程が残っているよう。


「どんな小細工を弄した下衆共が!」


 血の気の失せた顔を怒りに歪め吠える女騎士を、一団の中でも高価そうな装飾品を身に着け湾刀サーベルを手にした大柄な男が蹴り飛ばした。

 

「黙ってろ、このクソアマっ。魔力を封じてるってのにうちの手下共を大量に殺りやがって。おいてめぇら、轡でも嚙ませとけ!」


「辞めろっ、その馬車に触れ、むぐ……ん゙ぅ゙っ」


 ボロ布と縄で口に轡を嚙まされながらも女騎士は唸り声をあげ必死に馬車に方へ手を伸ばすが、その腕の鎧の隙間へ容赦なく剣が突き立てられる。


 そんな様子を少し離れた林中の樹上から見下ろしながらフウは愕然と肩を落としていた。こんな近くに道があったのか、と。


 昨日渓流を見つけた時点で渡りそのまま真っすぐ進む事を選択していれば、この道は見つけられていた。つまり猿もどきに出会い半日近く追いかけまわされ、夜を明かしたのは完全に無駄骨ということ。


 今更後悔しても仕方ないけれど全く運が悪いというか何というか。


 そう落胆しているうちに、眼下では馬車の中からカジュアルドレスの少女が引きずり出されていた。どうやら意識を失っているよう。


「ガルサさん、間違いないですっ。例の男爵家の娘だ」


「よしあとは高く売れそうな物だけ回収して引き上げるぞ!そのガキは例の話が済むまで絶対に傷付けるな。代わりにこっちの女は好きに遊んで良い。アジトに帰ったら四肢を落として死ぬまで俺達の玩具だ!」


 撤収の準備を始める賊達を眺めながら、フウは脳内で現状を整理する。


 この世界にも人間社会が存在しているようで一安心だけど、ここがボクの知る地球ではないというのも確実そうだね。


 賊も騎士も馬車から引きずり出された少女も、揃って古めかしい出で立ちだ。

 地球であれば今時、発展途上国のテロリストでも銃くらいは所持している。鎧を着込み剣や槍で切り合う戦いなんて現代の地球じゃあ映画か何かの撮影現場くらいなモノだろう。


 それにしても彼らが話しているのは知らない言語なのに何故か理解が出来るね。


 騎士や賊が口にしている言葉は地球で習得したどんな言語とも別物。しかしフウの脳はそれらの言葉をまるで慣れ親しんだ母語のように理解していた。


 こっちの言葉も通じるのかな?何にせよコミュニケーションを取って情報を得たいところだけど、まともに話を聞いてくれるようには思えないよなぁ。


 彼らが馬車を襲った賊だとするのなら、それはつまり社会からのはみ出し者の集団ということ。社会のルールから外れた弱肉強食の世界では、基本的に舐められた時点で話など聞いて貰えないのが常だ。

 そして今のフウの容姿は少女のモノであり防具などの類は身に着けておらず、彼らに銃火器への理解があるとも思えない。


 うーん一人だけ残して他は全員処理してから話を聞けばいけるかな……


 現状で未だ戦闘能力を有しているのは生き残りの賊のうち十二人、手元の消音狙撃銃VSSには装填し直した銃弾が十発。フウの存在はまだ気付かれておらずこの距離なら狙撃を外す心配もない。残り二人まで減らせれば制圧は難しくない筈だ。


 この世界が地球でない場合、物理法則が根底から異なっているかもしれないという点。もし万が一にでも狙撃銃が通用しなかった場合、フウのアドバンテージは途端に失われる。


 とはいえずっと悩んでても仕方ないし、とりあえず一人撃ってみてから判断しようか。


 それで標的を処理出来たなら続行、通用しなかったら全力で離脱。そう指針を定め賊達の纏め役らしき大柄な男に照準を合わせたそんな時、街道を挟んだ反対側の森から馬車の前に人影が飛び出した。

 それは半袖のワイシャツにスラックスと革靴を履いた少年。歳は十代後半といったところか。


 学、生?


 服装はいわゆる地球における学生服と呼ばれるものに酷似しているがあちこちに血の跡らしき汚れが付着しており、手には不釣り合いな白金色の美しい片手剣を携えている。


 少年は勢いそのままにフウが照準を向けていた大柄な男の目の前まで踏み込むと、その胴を袈裟掛けに斬り下した。


「ガ、ガルサさん!?」「なんだこのガキっ」「囲んで殺せ!」


 すぐに賊達が怒号を上げ武器を突き付けるが、同時に少年の持つ剣が眩い光を放ち彼の前に立っていた賊達が真っ二つに寸断される。

 光の刃は消えることなくそのまま飛翔し、狙撃銃を抱え木から飛び降りたフウの頭上を通り過ぎた。直径一メートル以上あろう木が容易く寸断され、倒れてきた幹を転がるように避ける。

 

 あっ…ぶない!何だ今の、危険にもほどがあるよ。

 

 倒れた木の影から恐る恐る様子を伺うと、今の一撃にとても敵わないと判断した残りの賊達は二手に森の中へ逃げ出していた。

 少年は一瞬それを追おうとする仕草を見せるが、すぐに立ち止まってふらりと膝を付き、誰かと会話をするように一人でぶつぶつと話し始める。


 誰と話してるんだ?無線通信機でも持ってるのかな。それとも…何にせよ、彼の素性もその手の打ちも全く予想が付かない。接触は避けたいね。


 フウは少年から気付かれる前に、気配を潜め森の奥へと姿を消した。

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