ep37魔神ちゃん止まって!:お前のすることは全て打ち砕いてやる


 クーラ・ミスティアは友のために走った。風よりも速く、葉が揺れるよりも疾く駆けた。

 

 音を抜いて、空気を震わせ、爆音を轟かせながらその脚は森を削っていった。

 

 邪魔な木々は腕で薙ぎ払い、蹴りで弾き飛ばした。幹の砕ける音が木霊する。枝が弾ける音が森に響く。

 山に直線が刻み込まれてゆく。


 向かう先が果たしてトレイルのいる場所なのか、それは本人ですら分かっていない。だが、直感が告げる。そして、輝石が囁く。「君の守りたい人はこっちにいる」と。


 そして目的の場所は、その人は目の前に唐突に現れる。

 「トレイル……ぁ、よかった」

 強靭な体はそれでも疲労によって息を乱させはしなかったが、その心から、息を整えねばならぬほどに呼吸を荒らしていた。


 「クゥちゃん……?よかった、最後に会うのがクゥちゃんで……」

 トレイルはやつれた顔をしていた。


 「トレイル……?」

 クゥちゃんはわからない。どうしてそんな表情をして、まるでこれが最後のようなことをいうのか。


 「あたしね、厄災ってやつになっちゃうみたい……生きてるだけでみんなに迷惑かけちゃうんだ」

 優しく幼子に語るように、そう言うトレイルの顔は安堵の表情をしていた。


 「なんで?なんでそんなことに、そんなこと言うの?もう全部終わったよ。 怖い事はもう無いよ、悪いやつは倒した。魔獣はどこにいったのかわからないけど、きっともう何も起きない。だから厄災も起きないよ」

 クゥちゃんは必死に、トレイルの言うことを否定するように訴えた。もう何も起きない。平和な一日がまた来るんだと。


 「違うよ、もうだめなの。あたしの中にいるの、厄災が……悪意が」

 トレイルのその言葉をきっかけにして、首筋から、顔を半分覆うように黒い影が現れる。

 「この子は友人思いの優しい子なんですねぇ~。色んな事をおしゃべりしちゃうなんていけない子。 でも、わたくしが教えてしまったのだから反省すべきはわたくしねぇ」

 影からあの人モドキの声が聞こえる。

 まるでキノコのように、影から子実体をのばしながら、トレイルとは別のもう一つの顔で話し始めた。

 

 「あなたがどこかへ走っていったのはあの二人、いえ複数人の眼から見ていましたけれど、まさか何の情報もない中で、この広大な森にいるこの子を探し当ててくるとは思いませんでした」

 「うるさい。トレイルから出て行って、出なければ消し飛ばす。あなたの役割も目的もどうでもいい」

 クゥちゃんのその言葉は脅しではなく本気だった。彼女には拳の一振りで寸分たがうことなく、トレイルの顔面に当てず黒い影だけをピンポイントで撃ち抜き、風圧だけで消し飛ばせるだけの確信があった。


 「あらあら怖い。 でもね、でもそんなに脅してもね。 仕方ないのよ?だって代わりにあなたに入ることができないんだもの。 この子から離れることはできないわ」

 「ならおまえを消し飛ばす」

 瞬間にクゥちゃんはトレイルの側へ移動し、拳を引き――。

 


 

 黒いキノコは音を立ててびちゃびちゃと飛び散った。

 そしてそこに残ったのは、黒い残滓にまみれたトレイルと、拳にべっとりこびり付かせたクゥちゃんだった……。



「けれど魔獣ですか……さっき言ってましたけど健気でかわいいですよねぇ、自分の貯めた生命力を注いで、兵士たちに蘇生を試みていて……。 でももう、心臓が貫かれて使い物にならないから、意味なんてありませんのに」

 クスリと上品に笑い、愛おしそうに語っていた。嘲笑にも、子供の行いを微笑ましく思っているようにも見えるが、そこに人としての心を感じなかった。

 

 トレイルから黒い肉は剥がれた。そのはずなのにも関わらずしかし、影の声はトレイルの口から流されていた。



「どうして……」

 クゥちゃんは驚愕にそれ以上言葉を吐けない。


「どうしても何も……わたくし、もうこの子と一身同体ですのよ?あぁそちらの残骸はあなたに上げます。せっかく剥がしたんですものね、貴重なお薬の元になりましてよ。探していたのでしょう?菌から抽出できる成分を」


「なんで知ってるの」

「ですからこの子と一身同体。心ではないけれど体は一つになりましたの」


「つまり、記憶もトレイルから……」

「そういうことですわ、ようやくお分かりになっていただけたようで助かります」


 キッとクゥちゃんは睨みつけた。

 鋭い眼光はトレイルに刺さってしまうが、今は眠っているのか、代わりに人モドキが答える。

「そんな怖い顔して、この子に刺さってしまっていますよ? けれど愛しい友人、友愛の為せる感情ですわねぇ~」

 目を細め、舌なめずりをして感嘆に耽っている様子が少女に似つかわしくなく、クゥちゃんをさらに苛立たせた。

 

「その気持ちの悪い顔をやめろ。殺すぞ」

「やぁんそんな恐ろしいこと、かわいい口からだしてはだめよ~?」

 二の次を紡ぐ前に、クゥちゃんは拳を振りぬいた。

「わ~お、今のは本気でこの子ごと砕くつもりだったわねぇ~?いけないわぁ~お友達が死んじゃうわよ?」

 クゥちゃんの拳はすんでのところで躱される。

 余裕のある声色で、その正体も実力も、未だ読めないところが不気味さをさらに深めていた。


「……くっ」

 人には到底躱せないはずの拳だ。それなのにトレイルは難なく躱す。

 無理な態勢、異常な速度で身体を動かしている。筋肉が悲鳴を上げぶちぶちと切れているのが聞こえた。

 至る所から血が噴き出すのを見てトレイルの体が心配になり、これ以上の攻撃はやめるべきと判断せざるを得なくなってしまった。

 

 せめて尊厳を守るために、魂の形代を砕くことすら叶わないのか。悔しさから唇をかみ、端から血を流した。


「ふふふ~やっと攻撃する意思を捨ててくれたみたいで嬉しいわぁ、これ以上無理に動かせばこうすることができなくなるところでした」

 トレイルは自身の剣を鞘から抜いて、自らの胸に突き立てた。

「……なんの、つもり」

「みてわからないかしらぁ?あなたの拳では彼女を解放してあげられないかもしれないから、わたくしがきちんと解放させてあげるのよぉ~」

「殺すつもり?」

「そうよぉ?本当は街に行くつもりでしたけれど、あなたがいると邪魔されてしまうでしょうし……思い直し?というものかしらぁ」

 そういいながらゆっくり胸に差していく。

「やめろ!!」

 クゥちゃんが駆けだしたが間に合わず、トレイルの刃は勢いよく胸を貫いた――。



 

 筈だった。

 

 トレイルの体からじゅくじゅくとした脈動する黒が生え、剣が突き刺さろうとするのを受け止めていた。

「こいつ、は……」

 クゥちゃんはあり得ない光景に言葉を失った。それは、まぎれもなく、仕留めそこなった魔獣の一体であった。


 人モドキの言った半信半疑の言葉が、偽りでないことの証左。その一片が、今目の前で行われている。

 

「魂のないただの構造体。再生機能と防衛機能の役割でしかないおまえが……わたくし達の下位存在でしかないお前如きが邪魔をするのか?」

 黒く肉肉しい触手の魔獣は、トレイルが突き立てる剣に抵抗し、自害を止めようとしていた。

 

 「どこに行ったのかと思っていたが、既に服に擬態していたのか……通りで気付けなかったわけだ。 だが、わたくしの崇高な目的をお前如きが邪魔できるはずがないだろう」

 トレイルの構えた剣から、炎が迸る。そして彼女の言葉の端々から冷徹さが垣間見えた。先ほどとは打って変わり、明らかな憎悪を向けているような。そんな威圧感が発せられていた。

 

 自らの胸に向けて突き立てられる刃が、それを止めようと足掻く魔獣を焦がし、燃やし尽くさんと炎が覆う。

 

 悲鳴を上げ、煤と涙を飛ばしながら、トレイルの腕から剣を外さんと触手を伸ばし、悉くを灰にされる。


 そのわずかな時間、稼いでくれた時間をクゥちゃんは察して駆けだした。


 ガキンっ!

 

 「クッ!」

 瞬時に近づき剣を弾き飛ばされ、トレイルは敵意の眼をクゥに向けた。

 

 「何度も何度も邪魔をしてくれますわね、あなた……」

 「これでもう、おまえはトレイルを傷つけることはできない」

 

 「魔獣さん、ありがと」

 燃え尽き、徐々に消滅していく魔獣に感謝を囁き、トレイルの方を向き直る。


 「そろそろ話してもらう、お前の目的を」


 「いいでしょう……すこしだけ、お話ししてあげますわ――」


 

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