ep33魔神ちゃん止まって!:違和感の糸が錯綜し重なる。信じられるのはいかなるものか。
クゥちゃんはマネコリスの代わりに、ノクスマリが向かった方に走っていた。
(それほど時間は経っていない。そろそろ追いつけるはず)
急いで逃げる必要があったのか、ノクスマリが進んだ道なき道は、木々や草が鬱蒼と生えていて走りにくかった。
だが追っ手を巻くためにも、動きにくく方角すら見失いやすいこの道は、都合が良いことだろう。
しかしそれゆえに、どうにも存外、理性を失って逃げただけではなさそうに思えた。
ただの人なら、今からノクスマリに追いつくことなど出来ないであろう。しかし、クゥちゃんは身体能力、索敵能力が高かった。
凄まじい速度で走りながら、痕跡を
(人の足ならもうすぐ追いつけるはず、それに複数人を率いているなら尚の事、歩みは遅くなる……きっともうそろそろだ)
ズザッ
すかさず走るのをやめ、茂みに隠れる。そして聞き耳を立て、様子を伺った。
ノクスマリが何かを護衛と話していた。
「もうだいぶ、距離を離したでしょう。ノクスマリさん、そろそろ体を休めては……」
「いえ、まだです……。まだ、落ち着いていられません。マネコリスが乗っ取られてしまったと考えれば、まだ休んではいられない!」
「しかしもうこれ以上はあなたの体が持ちませんよ!」
心配した護衛がノクスマリの体を労わっていた。その身は護衛よりはるかにボロボロで、マネコリスと同じように痛ましかった。きっとマネコリスと同様に、錯乱した者の攻撃に巻き込まれていたのだろう。
(どういうこと……おかしい)
クゥちゃんは違和感を抱いた。
(マネコリスの情報と噛み合わない)
マネコリスの言葉は、ノクスマリと護衛が意識を奪われ、何かの目的のため向かっていったのだと、そういう意味だったはずだ。しかし、聞く限りではマネコリスから逃げているような口ぶり……。
クゥちゃんは、一つの恐ろしい仮説に行き着いてしまった。
(まさか、あの場にいた全員……既に?)
そんなはずはない、そう思った。何故ならどちらも攻撃するような素振りもなく、むしろ互いに恐れて逃げているように見え……。
(いや、マネコリスはなんて、言ってた……?『記憶に潜み、魂に、絡みつく……』)
まだ、確証が持てない。それがどういう意味なのか、理由が……動機が見えない。
ひとまず、ノクスマリからはこちらを攻撃するような意思は感じられない。それだけはわかった。ならば――。
ガサ。
クゥちゃんは、草陰から姿を現した――。
「誰っ!」
ノクスマリは音の方を振り向く。緊迫し、鬼気迫る表情だった。今にも脅威を排除せんと杖を構え、術を放たんとしている。
クゥちゃんは両手を見せて、敵意がないことを示していた。それに気づいたのか、ノクスマリは杖を構えながらも、ほんの少しだけ警戒を緩めたように見えた。
「詳しい話が聞きたい、ただそれだけ。攻撃の意志はない」
クゥちゃんはその場を動かず、ただ淡々と言い、相手の返答を待った。
「何の話……?あなたさっきの子よね、こんなところまで来ていいとは言ってないはずよ」
(強く警戒されている。聞くに聞けない……)
そのうえ、護衛が武器を突き付けている。
(仕方がない、こうなった経緯をすべて話そう)
クゥちゃんはここまでに至った経緯を詳細に語った。
トレイルが怯えた表情で逃げてきたこと。それを受けて向かい、異質な存在を倒したこと。その後マネコリスに言われたこと、そして代わりに追いかけてきたこと。
警戒を解かぬまま、ノクスマリはその話を聞いていた。そして少し考え込むように目を伏せて口を開いた。
「あの人が、言ったのね……。つまり私を敵だと思っていると、そして『記憶に潜み、魂に絡みつく』ね……」
そして護衛は、クゥちゃんの話を聞いて武器を収めていた。それは、この世界にない概念故だった。『惡が無ければ、陥れる嘘はない』のだ。
しかし、ノクスマリは警戒を解かなかった。そこには疑心の闇が燻っていて、同じ轍を踏むまいと、か弱い人の身であるのを理解してのことだった。
その様子をみて、クゥちゃんも違和感に気付いた。
(護衛とノクスマリの対応に差異がある。どちらかがおかしい)
もしも操るような能力であるのなら、油断を誘うために護衛は警戒を解くフリをするだろう。しかし、ノクスマリが操られているとすれば、不自然に見られないような偽装をする。つまり異常に対する警戒。異常の中の非異常だ。
何をどうしているのかはわからないが、その差異を見過ごすことはできない。
どちらかが操られていて、どちらかが操られていないのであれば、守る対象がこの中にいることになる。
だが、よそ者であるクゥちゃんがどう動こうと、不自然であることに変わりはない。ここは様子をみるしかなかった。
「まだ信用はできない。 私たちと来たいのだったら、あなた自身が脅威でないことを証明するか、あるいは攻撃の手段を潰すしかないわ」
毅然とした態度でノクスマリは言い放った。
「それはさすがに……やり過ぎでは」
護衛は狼狽え、ノクスマリを諌めようとするが、「あなたたちは黙っていなさい」と冷たくあしらわれてしまった。
「その必要はない、わたしは一度マネコリスのところへ戻るつもりだから。もう一度、話を聞くべきと判断した」
クゥちゃんは首を振って断る。
「そう……なら、もう去りなさい。わたしたちは先を急ぐから。……用事が済んだらすぐ帰るようにね」
背を向けたノクスマリは首だけ横に向け、冷たさを抑えるようにクゥちゃんに最後言い聞かせると、「行きましょう」と護衛を引き連れ、森の奥へ消えていった。その姿は一瞬、子供を案じ心配するかのように見えた。
クゥちゃんは「わたしも、戻ろう」と独り言ちると、踵を返し、マネコリスのもとへ戻るのだった――。
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