Chapter26
―怜二―
家具が運び出されてすっきりした部屋を眺めていると、開け放していた玄関のドアを叩く音がした。
「怜二さん、荷物あとこれだけ?」
「ああ、自分で持って行くからええよ。」
玄関先に置かれた小さめの段ボール箱を持とうとしたら、先に三浦がさっと手に取った。
「持ちます。」
「…ええのに。」
「せっかく来たんだから手伝わせてください。」
「ん、ありがと。」
三浦が出て行った後、もう一度部屋を振り返って見てから、玄関の戸を閉めた。
車のトランクに荷物を詰め、ドアを閉める。
「今日、天気良いですね。」
空を見上げる三浦につられて、俺も同じように顔を上げる。
「あれ?」
白いものが視界に入る。
「雪や。」
「え、晴れてるのに…。」
「寒いなとは思ったけど…。」
呟く俺の隣で三浦は、舞い落ちてきた雪を一粒、人差し指に載せた。
あっという間に溶けて消えて消えていく雪を見ながら、あの、と三浦が口を開く。
「ん?」
「週末、会いに行っても良いですか。」
「ええよ、部屋片付いとるか分らんけど。」
「じゃあホテル予約しますから、一緒に泊まるのはどうですか。」
「あ…そうやね、その方がいいかも知らんな…。」
赤らんだ頬を隠すように顔を背けたけれど、すぐに三浦の手が伸びてきて、両頬を挟まれた。
目を瞑る。優しく唇が重ねられる感触がした。
「…気を付けて。」
「うん。着いたら連絡するわ。」
「待ってます。」
名残惜しく思いながら離れ、車のドアに手をかける。
後ろを振り返る。目が合うと、どうかしたのか、と言いたげに三浦が微かに首を傾げた。
「…忘れ物したわ。」
「何ですか、俺取ってきますよ。」
慌ててマンションへ駆け戻ろうとする背中に、匠海、と呼びかけた。
「はい。」
反射的に返事をして立ち止まった三浦が、え、と驚いた顔をした。
近づく。俺よりずっと高い位置にある首元に両手を回し、少し背伸びして耳元に唇を寄せた。
「好きやで。」
目を合わせる。こっちからするより早く、結局先に唇を奪われた。
「…ずるいですよ、こんな別れ際に。」
「言うの忘れとったなあ、思ってな。」
「離したくなくなるじゃないですか。」
「ん、すぐ会いに来てくれるんやろ?」
返事の代わりにもう一度口づけられ、きつく抱きしめられる。
「すぐ行きます。浮気しないでくださいよ。」
「こっちのセリフやわ。」
「しません。怜二さんしか好きになりませんから。」
言われ、そういえば付き合った相手に『好き』って言うたこと、一度も無いって言ってたな…と思い出し、胸が熱くなった。
「…もう行くわ。」
そっと胸を押す。これ以上いたら泣いてしまいそうだった。
「じゃあ、ええと…」
別れのセリフが上手く思い浮かばず、「行ってくるわ。」と、言うと、三浦も笑って、「行ってらっしゃい。」と手を振ってくれた。
車に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏む。バックミラーを見ると、まだこちらに向かって手を振っている恋人の姿が見えた。
いつの間にか、雪はやんでいた。
―fin―
想いの名残は淡雪に溶けて 叶けい @kei97
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