Chapter15

―怜二―

地下鉄の改札を抜け、階段を昇って行く。東京駅の構内は、すっかりクリスマスムードで華やいでいた。

出張用の小さなスーツケースを引いて歩きながら三浦の姿を探す。新幹線の改札口近くに、黒いコート姿を見つけて近寄った。

「おはよ。」

スマホを触っていた三浦が、気づいて顔を上げる。

「あ、おはようございます。今日はお願いします。」

「ん、行こか。」

「はい。」

スマホを改札にかざして通り、大阪方面のホームへ上がる。自販機でコーヒーを買っていると、三浦も隣で買っていたので何となく缶を見た。

「いつも無糖なん?」

微糖の缶の蓋を開けながら聞くと、三浦は頷いた。

「甘いコーヒーって、なんか違う気がして。」

「そおか?」

「…あ、前に頂いたコーヒーは飲みましたよ?」

「え、何やったっけ。」

コーヒーなんかあげた覚えは…と思いかけ、ふと記憶がよみがえる。

「ああ、前に始末書を書いとった時か。」

「…忘れてたんですか。」

「ごめん、てか結構前の話やん。」

「俺はちゃんと覚えてましたよ。」

言い方が少し拗ね気味だった。

「優しい人だなって、あの時…」

不自然に言葉を切り、ちらりと俺の方を見たかと思えば視線を逸らす。

「…ま、誰にでも優しいんですよね佐伯さんは。」

「何やの、なんか引っかかる物言いやなあ。」

「あ、もう行きましょ。来ますよ。」

勝手に話を切り上げ、スーツケースを引いて行ってしまう三浦の背中を、慌てて追いかけた。


ホームに滑り込んできた新幹線に乗り、座席に着いてコートを脱ぐ。

「はー、外寒かったな。」

冷えた手を擦り合わせる。

「佐伯さん、手、カサカサ。」

頭上の荷物置きにスーツケースを収めた三浦が、通路側の席に座りながら俺の手を見る。

「ハンドクリームとか無いんですか。」

「そんなん無いなぁ。女の子なら必ず持っとるんやろけど。」

買った方がええかなあ、と呟きながら、さっき買ったコーヒーに口をつける。

ドアが閉まる気配がして、しばらくして新幹線が動き出す。だんだん遠ざかっていく東京駅のホーム。

「…もうすぐ、クリスマスですね。」

不意に言われ、窓の外を見たまま、ああ…うん、と曖昧に頷いてしまう。新幹線に乗る前に見た、駅前の巨大なツリーが眼下にそびえ立っていた。

「人恋しくなる季節ですよね。佐伯さん、彼女とかいないんですか。」

急に大真面目なトーンで質問を投げかけられ、「彼女なんかおったことないて。」と咄嗟に言い返す。

「てか、この話前にもしたやろ。」

「でも佐伯さん、モテるじゃないですか。」

「何やそれ。自分こそどうなん。」

「いません。」

「三浦こそモテるやろ。」

「俺は今、片思い中です。」

三浦を見た。真っ黒な瞳が、じっと見つめてくる。その視線の真意がわからず困惑する。急にどうしたのか。―それに。

誰も好きになった事なんか、ないって言ったくせに。

「片思い…」

―誰。どんな子。

会話を広げる為に投げかける言葉は、いくつも浮かんだ。…でも。

「…そうなん。」

素っ気なく、それだけ言って俯く。

知りたくない。聞きたくない。

三浦が初めて好きになった子がどんな子かなんて、俺は知りたくない。

「…今日、天気良くなりそうやね。」

白々しくそう言って、窓の外を見た。

「そうですね。」

三浦もそう言ったきり話を続けず、鞄から取引先の資料を取り出して眺めはじめる。

それから京都駅に着くまで、仕事に関する事以外は特に会話が無くなった。

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