第19話

姉さんがトイレに駆けこんでから、ゆうに10分くらいが経った。

その間女性トイレの方からは、ときどきガンッとかゴソッといったような物音が僕のところまで響いてきていた。


「……姉さん、大丈夫? おなか痛いの?」


僕はおそるおそるトイレの方へ向かって声をかけてみる。

だけどなんの返事もかえってこない。


あい変わらず物音をききつづけること、およそ5分。


その後しばらく何もきこえなくなったなと思ったら、ようやく姉さんがトイレからでてきた。


「——ごめん丹波。待たせちゃったよね?」


姉さんはさっきとは全然ちがって、すごくスッキリした表情だった。

よほどお腹に溜まってたんだろうか。


「大丈夫だよ。じゃあそろそろ来た道もどる?」


「うーん、もうちょっと歩いてみない?」


「わかった。じゃあ行こうか」


姉さんがふたたび隣を歩く。

だけどさっきより、すこし僕との間隔が遠ざかっているような気がした。


「姉さんそんな端っこ歩いてたら、自転車にひかれるよ?」


「大丈夫……じゃないかな」


よくみると、姉さんの顔には汗が滲んでいた。

トイレがよほど熱気でこもっていたのだろうか。


「姉さん、汗拭いてあげるよ」


そう言って姉さんに近づき、ハンカチを額に添えようとした。


「だ、ダメっ―—」


突発的に姉さんはハンカチを地面にたたき落とす。

すると我にかえったかのように、両手で口を覆った。


「ご、ごめん丹波……」


「……姉さん、なにかあったの……?」


とても姉さんが心配になってきた。

体調が悪いのだろうか。


「ち、ちがうの。いまわたしの近くに寄らない方が、いいと思って……」


「そうかな……? 姉さん、本当に大丈夫?」


「そうだ丹波。かばん持っててくれて、ありがとう……。そのなかに香水、入ってるから……」


姉さんは鼻の下をこすりながら、こうつづけた。


「いまだと変なにおいとか、ついちゃうかもしれない……し」

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