第18話
どうやら僕たちはおなじ静岡県の三島市に降りたったらしい。
出口をでた途端、あたたかい街並みがパッと視界に花を咲かせた。
「ねえ丹波。このあとどうする?」
「知らないよ、姉さん。とにかく頭を冷やさなきゃ」
僕はまだ、手足の感覚がふわふわとしていた。
本当に現実世界を生きているのだろうか?
そんな疑問さえも持ちはじめるぐらい、信じられない体験をしたんだから。
――とにかく歩こう。
そう思った。
歩道の斜め前をボーっと目線でなぞりながら進む。さっきの出来ごとを思いかえしていた。
――姉さんとキスした、ってことだよな?
唇のねっとりとした感じが身体から離れない。
隣を歩く姉さんをちらっと横目でみた。
「どうしたの? 丹波」
まるで当然かのように、姉さんと目があった。
ずっと僕をみながら歩いてたんだろうか。
「きちんと前みないとつまずくよ、姉さん」
親が小さい子どもを諭すかのように注意する。
ひうち姉さんは僕の右腕にそっと手をからめてきた。
「じゃあ丹波の腕、きちんとつかんでおくね」
ホーム上のときのような恐怖心はない。
ふだん通り? の姉さんに戻っていた。
熱海とはまた違った、地元感あふれる香り。
空気をすうたびに、さっきの一件でパンパンに膨れあがった脳細胞は回復していくのが感じとれる。
もう何十分歩いただろうか。姉さんの手が汗ばみだした。
すこし暑いのかもしれない。
「姉さん、疲れた?」
「うんん、大丈夫。なんか楽しい。丹波の香り、ずっと感じつづけられるんだもん」
「僕の香りというか、洗剤の香りじゃないかな」
それなら姉さんからもおなじ香りがするはずだ。
「ちがうよ? 洗剤の香りと丹波の身体からでてるにおい……合わさったのがとっても幸せなの」
そうは言っても、僕とひうち姉さんは血のつながった仲だ。
きっと僕たちはおなじようなにおいを放っているんだろう。
そう思って、何気なく姉さんの首元に顔をうずめる。
そのままやさしくすすってみた。
僕と姉さんが共用で使っているシャンプーの香りと、洗剤の香り。
それに加えて、姉さんの肌からしみ出る生物としての本能的なにおい。
――たぶんこの香りが僕の放っている香りでもあるんだろうな。
「きゃっ――た、丹波……!?」
まるで路の角から猫が飛びだしてきたかのような姉さんの声に、びっくりした。
よくみると、姉さんの眼にはすこし涙が浮かんでいた。
「ご、ごめん姉さん……」
姉さんを不快にさせてしまったかもしれない。
一瞬姉さんをどうケアしたらいいのかわからなかった。
「だ、大丈夫。ぜんぜん、大丈夫……。でも……もう、我慢できないかも……」
意外にも怒ってはいないようだ。
僕たちの左前方に、公衆トイレらしいものが見えてくる。
「ちょうどよかった……。ごめん丹波……かばん持っててくれない? ちょっとトイレ、行ってくるね?」
僕の返事はたぶん姉さんには届かなかった。すかさずひうち姉さんは小走りでトイレへと駆けこんでいったからだ。
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