第9話 光華の少女

「う……っっ」リベルは鈍い痛みを体から感じて目を開ける。

 すると目の前が光と風に満ちていた。

 それは白く美しい、狼の姿をしていた。

 しかし、それが狼でないことは明らかだった。


 狼を思わせる部分は頭部の耳、鋭い爪が生えた獣のような足のみ。

 その気高い立ち姿——霧が厚く薄暗い中で放たれる光、夜空に浮かぶ月のような存在感がそう思わせた。

 その耳や爪は魔力が凝縮され、そこに発現しているようだ。


 魔獣たちの姿と違い、その魔力はガラスのように透き通っている。まるで実体が無いかのように見えた。

 髪は白銀の光彩を浴びているように輝き、頭部からは光のヴェールが風になびく。

 魔力が辺りに満ちていく。温かい。ピリピリと肌に当たる感じがするが、痛くはない。


「その姿はクレアなのか……?」

 声に気づいた人物はこちらを振り返る。

「びっくりさせちゃったかな……ごめんね」

クレアは僕を見てしばらく言葉を失っていたが、すぐに目を逸らしてそれだけを言った。


「うわあ、すごい魔力だ!」

 大量の魔力にエリサは驚いた声を上げる。

「ふうーっ……。それじゃあ、いくよ」

 短剣の周囲を強い光が包み始める。短剣に沿って魔力が集まっていく。


 クレアはヒュンと短剣を振るう。空を斬った剣から疾風と共に魔力が放たれる。

「くっ、重い」

 剣撃で大槌の魔獣がよろめく。

「これは……私が守るわ。後ろへ下がって!」

 水球の魔獣は氷塊を生成しようとしていたが、表情を変え声を張り上げる。


「わかったよ、姉さん」

 大槌の魔獣は湖の方向へと引き返す。そこへ氷塊の壁が作られていく。

「なるべく、早く、決着を。一気に……吹き飛ばす!」

 クレアは魔獣へと剣先を向ける。そこから魔力が噴き出す。


「穿て!!」

 放出された滝のような魔力は一直線に相手へと向かい氷壁に当たる。

 氷壁の前でバチバチと閃光が荒れ狂う。

 氷塊の壁にはいくつも亀裂が走り、崩れていく。しかし水球の魔獣はすぐさま壁を生成していく。

「これ以上は魔力が……それでも、もう二度とこの場所を渡しはしない!!」


「っ、それなら! 今度は!」

 クレアは灯火の魔導具をばらまいた。炎は風に煽られ、勢いを増し相手の懐へと届く。

「そんな……私の守りが削られている!」


 氷は温度変化によって強度を保つことが難しくなっていく。そこへもう一度、集まった風が突き抜く。

「やあっっ!!」「きゃああぁァァ」

 風、蒸気、魔力がぶつかり、近くをものすごい勢いで流れていく。

 激流が去った後に残ったのは魔獣の残滓だった。湖畔は元の静寂を取り戻していた。


「ふぅ……ッ」クレアが地面に崩れ落ちる。光る粒子は傍らの本へと吸い込まれていく。

「終わった……のか」

 頭痛が弱まってきた。何とか立ち上がれそうだ。そうだ、クレアが倒れている。手当てをしないと。


「う、う」

 声がした方を見ると大槌の魔族が倒れていた。傷を負っているように見えるが、姿がそのままだった。

「え、何故? 封印できたはずじゃ……」では最初に遭遇した1体目だけが……?

「姉さん、あれ姉さんは……?」大槌の魔獣は辺りを見回している。


 漂う魔力の粒子を見た瞬間、顔色を変えた。

「よくも姉さんを、またあんなところへ閉じ込めたな! ゆるさない!!」

 よろめきながら、こちらを睨みつけて言い放つ。


 かなり錯乱している。一心不乱に武器を振り回してこちらを追ってくるが、狙いが定まっていない。周囲の地面が打撃でガンガンと削れていく。

 こちらにしか興味が無いようだ。気を失っているクレアのことは認識していないらしい。


 それなら、ここから離れた場所で、僕が、何とかして大槌の魔獣の動きを止めるんだ。

「喰らえ!!」手近にあった石を投げつける。カツン、と軽い音を立てて相手に当たる。

 魔獣は迷いなくこちらを追いかけてきた。


 すぐさま方向転換し、走る。人が居ない方は——鉱山だ。

 走りながら後ろへ魔道具を放り投げる。魔獣の足元で火が灯る。

「この程度なら、効かない!」

 しかし、追ってくる相手の速度は落ちない。


 木々の間から鉱山の入り口が見えてきた。坑道へ逃げる? いや、駄目だ。道順が分からない。行き止まりに入ってしまったら……

 程なくして、開けた場所へ出た。小屋がある。ここは地図に載っていた資材置き場だ。


「はあ、はあ。もう、逃がさない。絶対に」

 先へ進む道は鉱山への入り口を残して、険しい斜面のみ。引き返す道は通らせまいと魔獣は迎え撃つ構えを見せる。


 この場所でなら何とかできるはず……

 周りには積まれたままの魔石や資材。小屋の中には発掘に使う道具があるはずだ。

 小屋へ急ぎ、扉から中へ。あの大槌に対抗できそうなものを……


「そんなところへ逃げても無駄」

 魔獣は小屋へ近づいてくる。扉の鍵を閉め、置かれている物を見渡す。

 ガンガンという衝撃が響き小屋が揺れている。ミシミシと木が割れていく音がする。

「あった、これなら」

 バンッ!バリバリ!! 壁に穴が空いた。外の空間と室内が繋がる。



「もう、大人しく潰されて」裂けた壁から魔獣が入ってきた。大槌が振るわれる。

 狭い空間で避ける場所は何処にも無い。


 手に持った金属の棒で打撃を受け止める。重さで手首が痺れる。掘削の道具なだけあって頑丈な棒だ。

「くっ、何とか防げそうだ!」


「……その棒ごと潰すまで」魔獣は武器を大きく振り上げる。

「今だ!」再び魔道具を魔獣に向かって投げる。

 魔獣は顔へ飛んできた物を反射的に見る。途端、激しい光が魔道具から飛び出す。


「うっ、眩しい……!」

 光で動きを止めた魔獣の横をすり抜け、小屋の外へ出て走り出した。


 小屋には無かった。それならここに、アレがあるはずだ。今のうちに探すんだ。

「魔石が入っている箱だ。早く中を」

一つ一つ箱の中を見ていく。魔獣に対抗できるものが、このどれかに入っているはず。


「ぐっ!」背中が重たい物で打ちつけられた。

「……まだよく見えないけど、当たった。」魔獣がふらつきながらも岩石を飛ばしてくる。


「これだああッ!!」

同じ箱に入っていた石をあるだけ魔獣の体に投げつける。コツンと音を鳴らしては弾かれていく。

「こんな石、何個投げられても……ッッ! 力が抜けてる!」



「これは魔力を吸収する魔石だ。お前たちは魔力を大量に失えば封印されるんだ!」

「ああああぁぁ!!」魔獣の姿が薄れて光に変わっていく。

「はあ、良かった……」魔石を投げていた腕を下ろした。


「これは……リベルがやったの?」林の向こうから、息を切らしているクレアが現れた。

「ま、まあね。それよりも急に倒れてたのに、もう平気なの?」

「今はもう大丈夫。さっきは魔力切れだったの。……使い過ぎちゃったから」

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