第8話 霧の正体 後編
クレアは辺りの気配を探りながら霧の原因を考えていた。魔力の強い霧……地形によるもの、それとも魔道具の異常?
もし魔獣の仕業として、正気を失っている魔獣に人間を追い返すなんて器用なことができるの?
湖に近づくと霧の中から声がした。リベルがそれに応えると突如、霧はすうっと向こう側へと引いていった。
隠されていた湖が姿を現す。
そのほとりには女性が一人。ドレスを着ているように見える。足元で風を受けた裾がひらひらと揺れている。
女性の腕に魔力が集中していく。両腕の表面を魚の鱗のような光沢が覆っていく。 後ろに垂らされた髪からも尾ヒレのような形状の凝縮した魔力が発生した。
「魔獣の気配……!」前へ踏み出し身構える。
「私たちには最初から戦うしかなかったの」
魔獣の周りに水球が浮かび上がる。冷たい風が吹き始め、辺りの気温が下がる。水球はパリパリと凍っていく。
これでこの騒ぎは魔獣が原因だとはっきりした。他に被害が出る前に封印しないと。
「交渉中で悪いけど、通り抜けるだけっていう約束はできなくなっちゃったから!!」
素早く走り出し、魔獣へと斬りかかる。
「かまわないわ、もう人間を信じることはないもの。私はこの場所を守るだけ」
氷となった水球がこちらを目掛けて飛んでくる。
向かってくる氷の球体を短剣で斬り伏せ、自分の間合いまで近づく。
短剣を振り魔力で発生している力の流れを断ち切る。すると氷は動く力を失くし、その場に落ちていく。
前方から次々と氷による攻撃が飛んでくる。
勢いを止めることなく、氷を切り捨てながら魔獣との距離を一気に詰める。
「はあっ!」相手の側面へ回り込み短剣を振るう。
しかし、剣撃は受け止められた。——刃先は手元の水球に閉じ込められていた。
「あら……貴方、人間ではないのね」魔獣は短剣を止める手を保ったまま、こちらを覗き込むように言う。
「……っ!」受け止められている短剣を大きく振り上げる。無理に動かした反動か、上げた腕がすぐに振り下ろせなかった。
魔獣はその間にふわりと後ろへ下がる。
「できれば同族は傷つけたくないわ。ねえ、どうしてあの人間の味方をするの? 貴方も私達をここから追い出そうとするの?」
彼女は不思議そうに尋ねる。
「そんなこと……僕はするつもりはないのに!」リベルが声を張り上げる。
「うるさい! 人間のお前には聞いてない!! ……50年前にした事を忘れたのか! 私たちの故郷を燃やし、滅ぼし、この場所を奪い取った事を!」
魔獣はリベルに向かって糾弾するかの様に叫んだ。
近距離で戦えば、相手には氷塊を生成する時間が無い。
とにかく、もう一度近づいて攻撃を当てにいく。今度は手元にある水球さえ気を付ければ……
「もう誰にも私たちの生活の邪魔はさせない!どんな理由があろうとも!」
魔獣の周りに再び凍りついた水球が現れる。
「消えろ! 人間!」弓形に並んだ氷塊が一斉に向かってくる。
「来る……!」氷を斬り払う為に短剣を構える。そして次の攻撃までの間に……
しかし氷塊は目の前で左右に広がり、その遥か後方にいたリベルへ飛んでいく。
——マズイ!そっちを狙うのか!
とっさに横へ走り出し、氷の射線へ飛んだ。
腕を伸ばし氷塊の数個を弾き落とす。
「うわっ!」
止めきれなかった残りが流星のように降り注ぎ、リベルの周りに土煙を上げていく。
「リベル、怪我は!?」
次が放たれる前に急いで彼の元へ駆け寄る。
「直接当たってはいないよ。少しかすり傷だけだ」
「リベルはここから離れて!」
戦う前に彼を逃がさないと……
「邪魔をする人間は逃がさない!!」次の氷が降り注いできた。
「ねえ、攻撃がこっちにばかり降ってきてるよ。今、リベルがクレアから離れる方が危ないよ!」
エリサは強く光りながら警告する。
降ってくる、あるいは飛んでくる氷塊を斬りはらいながら思考する。
どうして、リベルに攻撃が集中するようになったのか。
魔獣は近くの生物を狙うはず……それなのに、この魔獣は人間への憎悪が強いから?
目の前の敵対者を無視して特定の相手に執着するなんて……
向かってくる数が明らかに増えた。弾き落とすだけで精一杯みたい。
つうぅ……これでは相手との距離が縮まらない。反撃のしようがない。
「あら……いつもと魔力の調子が違うわ。どうしてかしら?」
不意に相手の動きが止まり、氷の弾数が減る。今のうちに仕留める。最短距離で一直線に魔獣の元へ。
「今度は止められないよ!」
魔獣は剣を防御しようと水球を構える。
それを魔力を乗せた剣圧で外側へ打ち払い、振り戻しざまに魔獣へと短剣を突き立てる。
「——そうはさせない」
ところが剣先は魔獣との間に割って入った大槌に防がれる。小柄な少女が大槌を携えて行く手を塞ぐ。
両腕、胸元の部分の魔力が特に厚い。防具のようなプレート状の魔力に覆われている。
「私が姉さんを守る。2人で戦えば負けない」
「助かったわ。なぜか魔力の集まりが悪いのよ」
「大丈夫だよ。私が姉さんには近づけさせない」
まさか魔獣が連携を……
大槌の魔獣は身の丈もある鈍器を軽々と振るう。
相手の大振りな動作は避けれないこともないが、湖までの進路を最優先で塞いでくる動きをしてくる。
このままだと後ろにいる水球の魔獣のところへは行けない。
それならば先に、この相手から封印する。まずは相手の武器の魔力を断ち切る。
そう思い、魔力の流れを探るが見つからない。
「魔力の流れが無い? これはただの石……!」
相手の武器に見えていたそれは、魔力の流れを切っても形を保ったままだった。
単純な岩石と短剣ではこちらが打ち負けてしまう。
「それなら……」大槌の攻撃は連続で振り回す際、最大でも3回までで一度、動きが止まる。
その隙に向こう側へ
——1、2、3、今!!
「しまっ——」目の前に水球が現れ、弾け飛ぶ。
衝撃で後ろへ飛ばされる。「っうぁ」
「諦めて。もう誰も来て欲しくない」大槌の魔獣は力なく、そう言った。
遠距離の水球を止めようとすれば前の大槌が、前から倒そうにも後ろから水球で援護される。このままの状態では、攻撃を当てること自体がかなり難しい。
さらに後ろを、リベルたちを守りながら2種類の攻撃を凌ぐのはもうじき持たなくなる。どうしようか……
後ろに視線を送ると、視界の隅に走り出すリベルが映った。
「何をしてるの! 早く私の後ろに戻って!」
「駄目だ!! このままだと、反撃出来ずにやられてしまう。僕がここから離れれば……!」
制止するがリベルは止まらない。
「危ないっ!」
「うわぁァァ!」
リベルの真横で水球が弾け飛び、体を横へ大きく吹き飛ばす。
「リベル、リベル!!」
すぐさま駆け寄ろうと向きを変える——が魔獣が大槌を打ち振り、行く手を阻む。
「姉さんの邪魔はさせない」
「早く、どうにかしないと……」
リベルは倒れたまま。頭を打ったのだろうか、ぐったりしている……
早く決着をつけないと。たとえ一緒に居れなくなっても。
「……こうするしかない、よね。先に話しておきたかったなあ……」
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