第52話
ナモナキは空を隠すほどの大樹が生い茂っていたはず、リュウガは言っていた。
「大樹がなくなったから、人間が来て奴隷商売を始めたのか……!?」
「人間が来たのが先だ。大陸統一の直後、ストワードの南、フートテチの北……人間と魔族の境目のナモナキを人間のものにしようとする人間たちが現れ、木々を伐採した。そのせいでここに住んでいた多くの魔族が逃げ出し、人間体になってソクジュやブンテイに身を隠した」
「……」
「だが、ナモナキに住む多くの魔族は呪いのせいで人間に紛れ込むことができない。ここに残るしかないんだ。人間の手から逃げることもできずに、奴隷になってしまった」
ザックとテリーナは言葉が出ないほどに驚いていた。たった20年前まではなかった話だ。
「助けなきゃ、なのだわ」
テリーナが低い声で言う。
「私が助けるのだわ。ザック、魔族の子たちをストワードへ連れて行くのだわ!ここにいても奴隷にされるだけなんて、酷いのだわ……」
「テリーナサン……」
テリーナは涙を流していた。
「お父様にお願いすれば、ナモナキを変えることだってできるのだわ……。私もいっぱい手伝うから、だから……」
「無駄なことをあれこれと考えるのはやめなさいな」
知らない男の声がした。ザックがテリーナの前に立つ。
「あんたがヨウユウサンだな」
「おや、よくご存知で」
「奴隷商をしていると聞いていたからね。その子を離してくれないか?」
ヨウユウが片耳兎の少女の手を握っている。
(……最悪実力行使で助けることも考えなきゃだ。テリーナサンの案は現実的とは言えないが、目の前の魔族を見殺しにするわけにはいかないという気持ちは俺も同じだからな)
「……」
ヨウユウが目を細める。
「……所長がお世話になったようですな」
「所長?」
「あなたを見つけ、地下牢へ運んだのは私です。えぇ、大変でしたがね。全くあの人も面倒な性格をしてらっしゃる。直近で必要だったのはあの人の息子の体だけだったというのに。我が主は大変お怒りだ。粗末な施設のせいで純粋な龍族も逃がしてしまわれる。えぇ、えぇ……私が全て罪を被るのですよ。よよよ……」
涙を拭うような仕草。目元に指を当てて擦る動作を繰り返す。
「地下牢!?あのとき俺たちを襲ったのはあんたか!」
「全てが試作品でしたが、上手くいきました。やはり奇襲は良いものですな」
と、いうことは。アントワーヌとは関係がない。ザックはやっと敵の正体を知ることができて少しだけ気が楽になった。少しだけ。
「しかし、まぁ……奴隷商売というのは興味深いものでしてね。こんな使えないゴミにも値段がついたり、たまにするもので。えぇ……ははは、ありえないでしょう」
ヨウユウが片兎耳の少女に包み紙を渡す。少女はそれを手のひらに広げ、ニコニコと笑っている。
「この子に買い手がついたんですよ。喜ばしいですな」
「ダメ!お金なら私が出せるのだわ!その子は渡さないのだわ!」
テリーナがヨウユウを睨む。
「お金、ですか。残念ながら我が主はアントワーヌ様のことを毛嫌いしていましてな。その娘であるあなたからは受け取れないんです。残念でしょう」
「私が娘だからなんて関係ないのだわ!」
「関係ありますなぁ。だって、もうすぐ選挙でしょう?」
選挙。その言葉にテリーナがかたまる。
「ま、まさか、あなたの主って……」
「次に大統領になるお方ですが?」
「っ……」
テリーナが目を泳がせる。敵は、そうだったのか。あの勢力か、と。
「そろそろ行きましょうか。あなたは選ばれたんですよ」
白い菓子を舐めていた少女が頷く。目の焦点があっていない。眠そうに歩き出す動作も不自然だ。
「待てよ!さっきから黙って聞いてれば、また人間の都合じゃないか!」
黙っていたソンリフがヨウユウに向かって怒声を飛ばす。
「俺にはその『選挙』がなんなのかは分からないが……それはその女の子の命よりも大切なことなのか!?」
「私たちの目的は『選挙』に勝った先にある。だから……」
「だから、なんだよ……」
「……」
「目的を果たしたら、満足するのか?」
「……」
ヨウユウは黙ってしまった。あんなに饒舌だったのが嘘のように。
「なぁ、ヨウユウ。もう人間にヘラヘラするのはやめよう」
ソンリフがヨウユウに近づく。
「俺もあんたも、同じ魔族だろ」
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