第26話
〜地下 研究所廊下〜
「あった!出口だ!」
地上から差している光に目を細める。
「ザックたちは無事かな。怪我をして苦しんでいるかもしれない。僕の白魔法で怪我を治さなきゃ」
一人で大きく頷いて、出口への階段に足をかける。
「待って!所長!」
女の声がした。思わず振り返ると、長い銀髪の少女が白衣を着て立っていた。
「やっと……。歩けるようになったんだ……」
(お兄ちゃんの知り合いかな。下手なことを言ったら僕が所長じゃないってバレちゃう)
もう一度出口の方に顔を向ける。
「良かった……。あたし、すごく心配してた」
「……」
(優しい女の人みたいだけど、無視して行かなきゃ)
「所長?まだ声が出せないの?」
「!」
(それだ!)
デヴォンは振り返って激しく首を縦に振った。
「そうだったんだ。まだ馴染んでないんだね。はぁ……でも、なんか、不思議だな。所長がベッドで人工呼吸器に繋がれてないなんて」
(お兄ちゃん、そんなに体が悪いんだ。っていうか、鉢合わせないのってもしかして動けないから?……ラッキー、だよね)
「ねぇ、もっと顔を見せてよ」
「!?」
少女がデヴォンの顔を掴んで無理やり首の向きを少女の方に固定した。
「あっはは!初めて見た。所長の顔!瞳はずっと綺麗な緑色だね」
「……」
地上の光に照らされ、デヴォンにもその少女の顔が見えた。
色白な自分よりも青白い肌、美しい長い銀髪、そして、水色の瞳。
(本で見た、太陽に照らされた海みたいな瞳だ……)
思わず見とれていると、少女が「ごめん」と手を離した。
「地上に出るの?」
デヴォンは曖昧な表情を浮かべる。
「行くんでしょ。あたしを置いて」
「行かないでよ。あたし、一緒に行きたいよ」
「所長、あたしも外に行ってみたいよ。お願い」
少女の声は震えていた。
「……」
(所長とこの女の子はどんな関係なんだ?僕とあまり歳が離れていないように見えるけど、恋人?……ダメだ。正体がバレる前に行かないと)
デヴォンは首を横に振って、再び階段に足をかける。
「待ってよ!所長……!せめて名前だけでも教えてよ」
(名前?)
「あ、あたし、名前を覚えられないから……。だから所長は何度もあたしを殴ったけど、でもね、1時間なら覚えていられるから、今度は……ちゃんと、帰ってきても顔と名前を覚えるから……」
(なに、この子。人の顔と名前を1時間で忘れるの?)
何かの病気なのだろうか。外に出られない理由もそうだとしたら説明はつく。
「あたしの名前と、所長の名前を教えて」
「……!」
「……ごめん、声が出るようになったらでいい。そしたら、教えてよ」
水色の瞳に、涙が浮かんだ。デヴォンはその美しい青を振り切って走り出す。
(ごめん!僕がお兄ちゃんじゃないから)
(今は君を救えない!!!)
〜ストワード東の街〜
『間もなく〜。ストワード中央行きの機関車が発車致します〜。ストワード中央まで二日の旅をされるお客様は〜ご乗車ください〜』
「やばいやばいやばい!」
叫びながら走っているのはザックだ。
ラビーも息を切らして後ろを走っている。
「お、おにいちゃぁん!横腹が痛いよぉ!」
「あぁ仕方ない!抱っこしてやる!」
「で、でも火傷が……」
「これくらい大丈夫だ!手と背中が少し痛むだけさ!ほらっ」
ラビーがザックの体に掴まった。
「よし、全速力!あの機関車に乗るぜ!」
「はあっ……はあっ……」
駆け込み乗車。2人が乗った瞬間に目の前でドアが閉まった。
「ふうっ。危ないところだったぜ」
「はぁ〜疲れたっ」
「あんたは俺に抱っこされていただけだろう。お、氷があるぜ。よいしょっと」
ザックが車内に置いてあった氷で肘を冷やす。
「……改めて見ると、酷い火傷をしちまったな」
右手首から肘にかけて、真っ赤に爛れている。
「……」
痛みからして、背中は酷くなさそうだ。左手も咄嗟にロープから抜いたおかげで爛れることはなかった。
地下から脱出した直後、ラビーがザックの火傷を治療したが、少し時間が経っていたのと炎を直接肌に浴びたせいで完全には治らなかったのだ。
(信じすぎちまったねェ……)
ザックが下唇を噛む。デヴォンならば、すぐにロープを解いてくれる。そう思ったのだ。
(本当にあの男はデヴォンじゃあなかった。だから気にする必要は無い。デヴォンの兄か弟だったんだ)
(しかし、レア……なんて言ってた?アイツ……。ザッカリーという本名はデヴォンに言っていないはずだ。アイツの兄弟は何故俺の本名を知っていて、わざわざころそうとしたんだ?)
(……デヴォン、無事だろうな?先にストワード中央に行っていてくれよ。もし見つからなかったら、ゾナリスたちと合流した後にもう一度地下に行ってみるからさ……)
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