杏梨ちゃんは変わりたい

環境を変えてみる

 杏梨は無理やりに準備を整えていた。


 金田さんには

 ちょっと旅に出てきます。お土産渡したいので帰ってきたら、ご飯に誘わせてください。


 仁美には

 言いにくいことをちゃんと言ってくれて、本当にありがとう。実はあのあとすぐ振られたけど、また頑張る予定!一旦ちょっと旅に出て、元気で帰ってくるからまた会えたら嬉しいな♩


 そうたには

 散々そうたに癒してもらったのに、私がダメダメで別れた。本当にごめんなさい!我が儘に付き合ってくれてありがとう!

 ちょっと1人でタイに行って来る!



 土日明けに出社し、少し先にはなったけど会社に迷惑をかけない日程で連休を確定させて航空券だけ予約して、杏梨が送ったのがこれらのメッセージだ。


 すぐにそうたから返事が来た。


 そうた:

 微笑みの国?杏梨は危ないから、可愛いのもその色気も全部隠していけよ。


 杏梨:

 そう!微笑みの国!流石そうた!よくわかってる~


 そうた:

 1人でなんて行ったことないだろ?旅行。

 この旅は前向きなやつ?

 タイまで追っかけて行くのは俺でも大変だよ


 杏梨:

 前向き~の上向き!

 別れて寂しいけど、寂しいままじゃ一緒にいてもらえないからね。

 家にいたら、そうたにまた甘えちゃうかもだし、なら環境変えればそんなことできないから1人で行ってくる~

 出発日までお土産のリクエスト受け付けてます!


 そうた:

 お土産は俺の分は大丈夫だから。

 金田さんによいもの探して、無事に元気に帰ってきな。

 ちゃんと待ってるから。気が変わったら行かなくてもいいから俺呼んで。


 杏梨:

 は~い



 送信ボタンを押し、杏梨はスマホをソファーの上に投げた。

 そうたはわかってる。

 本当は旅行に行きたい気持ちとそうでない気持ちが半々なのに、外堀から埋めて自分で逃げられないようにしたことを。


 わんわん泣いて、甘えたら楽で、そうしたいのにしないように仕向けたことを。


 環境を変えないと自分を甘やかしてしまう、ダメ人間だってことを。


 全部なかったことにして、休みも旅行もキャンセルして、そうたに連絡して甘えたい。


 きっと私の好きな甘いものをいっぱい持って、駆けつけてくれる。


 泣き止むまで、そばにいて頭を撫でてくれるだろう。

 欲しい言葉をくれるだろう。

 何度も癒してくれるだろう。


 ズブズブに脱け出せなくなりそうな位、甘い沼で幸せにしてくれるだろう。


 自分がそこにはまっているのに気づかない位、盲目に癒してくれるだろう。



 本当は甘えたい。癒されたい。頑張って傷つきたくない。

 その一方で、金田さんを癒せる位に強くなりたい。


 変わりたい気持ちはあっても、美容院で自分にかけた魔法は長く続かなかった。


 気をゆるめると涙が出そうになる。

 鏡を見るたび、髪が短い自分にびっくりする。会社でも驚かれたけど、指摘されるたび自分でも慣れずに驚いた。


 そっと腕を回して、寂しい自分を抱き締める。


 ぎゅーっと。


 涙が乾くまで。


 1人で旅行したら何か変わるだろうか?

 パンフレットのキャッチフレーズと今までの旅行先とは違う雰囲気に引かれて選んだ、タイ。


 全然、物も何も準備はまだだ。

 物価は?言葉は?治安は?宿は?食べ物は?

 何をしに行くの?


 パクチーは苦手だ。何もかもパクチー味だったらどうしよう……


 頭の中をぐるぐると色んな声が駆け巡る。


 ……とりあえず、無事に帰って来られればいいか!


 ハイテンションも、落ち込みも、考えるのも、悩むのも、楽しむのも、準備も、何もかも面倒に思えたので、とりあえず杏梨は寝ることにした。


 何にも考えずに寝るのは気持ちが良くて、翌朝の目覚めはスッキリしていた。

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