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 誰が言ってたか、「俺の人生、虎舞竜でいえば、いま何章目だ」っつうジョークがある。確か売れねえ芸人が深夜にやってた、しょうもないネタだ。そんな糞つまんねえネタが俺の人生にはしっくりハマる。俺は虎舞竜の世代じゃねえし、趣味でもねえから、一章目のサビしか歌えないけど。

(♪なんでもないようなことが)

 俺が調子はずれに歌ってると、イズミがよく「JASRACが来るよ」なんつって茶化してきた。そっちはちょっと面白くて、けどいまは笑えない。あの頃みたいにGLAYを口ずさんでても、イズミは何も言わねえし、もちろんJASRACなんて来ない。俺は何を待ってんだ。うんざりする。売れてたんだよ、あの頃、GLAYは。ロックバンド・ブームの全盛期で、そのてっぺんにいたのがGLAYだった。カッコよかったな。みんな、いかした黒服に身を包んでてね。ボーカルはTERU。ベースはJIRO。ギターはTAKUROとHISASHI。誰でも知ってるのに、何故か誰もドラムの名前を知らねえ。俺もイズミもGLAYが大好きだった。ふたりで東京に出てきたときも、GLAYの上京を思わせてわくわくしたな。

 おい、イズミ。いま、何章目だ? GLAYはもう流行ってねえし、俺は三十八歳になっちまったよ。年収六五○万っつうのは、まあこのご時世にしちゃ頑張ってる方だろ。褒めてくれ。けど、金が無えんだ。車は十五年落ちの軽自動車だし、家は町外れの鄙びたUR住宅だし、パチンコやら賭け麻雀やらギャンブルにも手ぇ出してないし、酒も煙草も女も、やってねえ。どうすりゃいいんだ。毎月二十五日、通帳の残高はだんだん目減りしてって、夏と冬のボーナスでやっと肥溜んなか息継ぎしてるみてえな生活を。

「幸せなんかじゃねえよ」

 右足だけがうたってる。終電の阪神電車は疲れ果ててる。単線の鉄道のどん詰まりにはバカでかい団地があるが、人はほとんど乗ってなくて、満員の倦怠感だけが運ばれてく。海沿いの広い埋立地に立ち並ぶ浜かもめ団地は、バブルん前は団塊ジュニア世代がこぞって居を重ね、関西有数のマンモス住宅に育ったらしい。で、バブルが弾けた後は、お察し、ってやつだ。今では浜かもめ団地は絶えず腹を空かせたガキみてえに住人を欲してるし、家賃もクソ安い。そのうえ飛び降り自殺のメッカで、日本中を賑わした監禁殺人事件の舞台にもなった。まあ、何でも限度を知るべきってことだな。浜かもめ団地は日本の抱える負債でもあるけど、勉強代とも考えりゃ安いほうだろ。もちろん、俺もしっかり勉強しなくちゃいけない。

 右足が俺に言うんだ。オマエハノゾミスギタンダゼって。イズミと東京でふたり暮らししてた頃はよかった。金も車も夢も希望も、ついでに愛も無かったけど。それで良かった。俺はあの平凡なふたり暮らしで満足しておくべきだったんだ。なんで「子どもが欲しい」って思っちゃったんだろうな。分かってる。俺はきっと「家族」が欲しかったんだ。養子を取ってすぐ、イズミは蒸発した。書き置きはなかったけど、イズミの荷物はきれいさっぱり無くなってたし、ふたりで貯めてた銀行口座も印鑑と通帳ごと消えてたから、理解はできなかったが納得した。

 右足が俺を叱ってる。カゾクヲノゾミスギタバツナンダゼって。狭いと思ってたアパートはイズミの荷物がないと異様に広くって、訳も分からずギャン泣きしてる赤子を下手糞に抱きしめたまま、俺は不安でゲロ吐きそうだった。なんで逃げんかったんだろう。俺は今となっちゃあの頃のことを覚えてない。覚えてないのに、信じてる。ほんと馬鹿だよな。俺はこの子どもを育ててりゃ、またいつかイズミに会えるんだって、そう信じたんだ。

 クソ、震えんな、右足!

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